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夫は恋人を作って出て行ったはずなのに。執着してきた  作者: Carrie


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第2話

一人暮らしは、驚くほど快適だった。


朝は目覚ましが鳴る前に起きてもいいし、起きなくてもいい。

洗濯は溜まったら回せばいいし、回さなくても誰にも文句は言われない。

冷蔵庫の中身は、全部自分のものだ。


結婚していた頃、生活に大きな不満があったわけじゃない。

ただ、「一人でいいな」と思う瞬間が、思っていたより多かっただけだ。


恒一が出ていってから、部屋は静かになった。

でも、それは嫌な静けさじゃない。


夜にテレビをつけなくても落ち着くし、

スマホを見ながらベッドでいつの間にか眠ってしまっても、

誰かに注意されることもない。


「向いてるかも」


一人暮らしを始めて一ヶ月くらいで、そう思った。

誰かに「別居中」と言うと、

だいたい少し気まずそうな顔をされる。

でも、その反応も含めて、私にはどうでもよかった。


気を遣われるほど、繊細な出来事だとは思っていなかった。


仕事から帰ってきて、靴を脱ぎ、そのままソファに倒れ込む。

テレビをつけなくてもいいし、無音が気にならない。


寂しいかと聞かれたら、たぶん首を傾げる。

寂しさよりも、「余白ができた」という感覚のほうが強かった。


恒一の癖を思い出すことはあっても、それは単なる記憶の反射みたいなものだった。

感情はついてこない。


半年も経つと、「別居中」という言葉にも慣れた。

説明が必要な場面では淡々と事実だけ言って、それ以上は話さない。


事情を深掘りされない距離感が、ありがたかった。


そんなある日、友人から飲み会に誘われた。

断る理由もなかったので、特に考えずに参加した。


そこで会ったのが、元カレの健太だった。

大学時代に付き合って、自然消滅みたいに終わった相手。


「久しぶり」


向こうは少し驚いた顔をしたけれど、私は特に何も感じなかった。

懐かしさも、気まずさも、薄い。


近況を聞かれて、正直に別居中だと話すと、健太は少し間を置いてから言った。


「実はさ、俺も半年前に別れたんだよね」


彼女と同棲していたこと。

結婚の話が出て、温度差で終わったこと。


その話を聞いても、私は同情も共感もあまり湧かなかった。


「真紀はさ、戻りたいとか思わないの?」


健太はそう聞いてきた。

その目が、少しだけ期待を含んでいることには気づいた。


「別に」


正直な答えだった。


でも健太は引かなかった。

むしろそこから急に距離を詰めてきた。


頻繁に連絡が来て、食事に誘われて、

「今度こそちゃんと付き合いたい」と何度も言われた。


断る理由を考えるのが、少しずつ面倒になっていった。

嫌いじゃないし、一緒にいて不快でもない。


ある意味、無難な選択だった。


気づいたら、私たちは恋人みたいな関係になっていた。

明確に「付き合おう」と言われた記憶はない。


でも、週末を一緒に過ごして、

連絡を取り合って、

それを否定もしなかった。


健太は熱心だった。

「今度こそ大事にする」と言い、

「真紀は一人で抱え込みすぎだ」とも言った。


私はその言葉を、右から左に流していた。

何かを期待するほど、彼に興味を持てなかったから。


ただ、断るより楽だったので流れのままに彼の家行ったり、彼がうちに来たりして関係は深くなっていった。


彼はそろそろ離婚しないの?と言われたこともあるが、離婚することの面倒くささの方が先に立つ。


正直、離婚した殻と言って健太と再婚すること予定もないし、というかそう言う話になっても面倒なので現状維持が楽そう。


まあそのうち流れにまかせれば、離婚してましたって感じになりそうだしな。


現状、私の生活は何も変わらない。


一人で暮らして、

時々誰かと会って、

それだけ。


夜、ベッドに横になりながら思う。

この関係が続いても、終わっても、

私はたぶん同じように眠る。


そう考えると、

結婚も、恋愛も、

私にとっては生活の一部でしかないんだと思った。


数週間——。


珍しく、アメリカに住む両親から連絡がきた。


年末に六十五歳になる父が、ついに定年退職することになり、そのパーティーを開くから来ないか、という内容だった。

旅費は出すから夫婦で来なさい、とのこと。兄夫婦も来るらしい。


年末年始か、もしくは四か月後くらい。

まだ先だけど、予約は早めにしないといけない時期だ。


しばらく海外にも行っていないし、正直ちょっと行きたい。

ただ、両親にはまだ別居の話をしていない。


恒一は忙しいとか、適当に理由をつけて一人で行こうかな。

まあでも、両親から恒一に直接連絡が行く可能性もあるし、話を合わせておかないと面倒だ。


そう思って、恒一に連絡を入れた。


——ん?


返ってきたメッセージを見て、少しだけ間が空いた。


「一緒に行きたいんだけど、ダメ?」


正直、どっちでもいい。

ただ、できれば一人で行きたいな、とは思った。


「無理しなくていいよ。

 一人で行けるし、両親には適当に言っておくから大丈夫」


これで察してくれるだろう。

そう思って送った。


……のに。


「行きたい」


短い一文が返ってきた。


なんだか、やり取りするのが急に面倒になった。

まあ、いいか。


そういうわけで、

別居中で、それぞれ恋人もいる夫婦が、なぜか年末年始にアメリカ旅行へ行くことになった。


楽しめるかな……。


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