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夫は恋人を作って出て行ったはずなのに。執着してきた  作者: Carrie


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第10話 完結

恒一が家に戻ってくると連絡してきたのは、アメリカから帰ってきて一か月半ほど経った頃だった。


「今の部屋、今月で出ることにした」


それだけの短いメッセージ。

理由も、謝罪も、説明もない。


私はスマホを見ながら、ふうん、と心の中で思った。

驚きも、動揺も、特にはなかった。


健太との関係は、その少し前に終わっていた。

きっかけは些細なことだったと思う。


彼は相変わらず感情的で、私に答えを求め続けていた。

好きなのか、どうしたいのか、将来を考えているのか。


私はそのたびに、曖昧に笑うしかなかった。

考えていないわけじゃない。

ただ、言葉にするほどの熱量が、いつもなかった。


「真紀って、俺のこと本当に好き?」


最後にそう聞かれたとき、少しだけ困った。

嫌いではなかったし、一緒にいるのも苦じゃなかった。


でも「好き」と言い切るには、何かが足りなかった。


「ごめん」


そう言った私に、健太は疲れた顔で笑った。

それで終わりだった。


恒一が出ていった理由と、よく似ている。

私は誰かにとって、いつも少し冷たい。


その自覚はあった。


恒一が戻ってくるまで、まだ二週間ほどあった。


その間に、私は体の違和感に気づいた。

最初は疲れのせいだと思った。

時差ボケの名残か、食生活の乱れか。


でも、どうもおかしい。


念のために、と軽い気持ちで検査薬を買った。

深夜、誰もいない洗面所で使ったそれに、

はっきりと線が出たとき、私はしばらく動けなかった。


妊娠。


言葉として理解するまで、少し時間がかかった。


健太との関係では、きちんと避妊していた。

それははっきり覚えている。


逆に、避妊しなかったのは——

アメリカの、あの夜だけだった。


日付も、状況も、曖昧にしようがない。

他に可能性はなかった。


「……そうなんだ」


独り言のように呟いた声は、驚くほど落ち着いていた。


パニックにはならなかった。

取り乱すこともなかった。


ただ、現実として、そこにあると理解しただけ。


恒一に、どう伝えるか。

それを考えたとき、少しだけ胸が詰まった。


喜ぶのか、戸惑うのか。

責任感から戻ってくると思われるのは、正直嫌だった。


でも、隠す理由もなかった。


恒一が荷物を持って戻ってきた日、

私はいつも通り、仕事から帰ってきた。


玄関に、見覚えのある靴が並んでいる。

それを見て、懐かしいとも、嬉しいとも思わなかった。


ただ、元に戻った、という感覚。


「おかえり」


「……ただいま」


少し間のある返事。

彼のほうが、緊張しているのがわかった。


部屋の空気は、静かだった。

気まずさはあるけれど、壊れてはいない。


私は荷物を置いて、キッチンで水を飲んだ。

恒一は、何か言いたそうにしながら、結局黙っている。


「ね」


私のほうから声をかけた。


「話しておきたいことがある」


彼は小さくうなずいた。


ソファに並んで座る。

距離は、少しだけ空いている。


「妊娠した」


その一言で、恒一の呼吸が止まったのがわかった。


驚き、戸惑い、理解しようとする気配。

感情が一気に表に出る人だ。


「……俺の?」


「たぶん。日にち的に」


しばらく、彼は何も言えなかった。

私のほうは、不思議と冷静だった。


「責任とか、そういう話じゃなくていいから」


先に言っておいた。

彼の思考が、そちらに引っ張られるのが嫌だった。


「私は、事実として伝えたかっただけ」


【――4000】


恒一は、しばらく俯いたままだった。


「……正直に言う」


やっと、そう切り出した。


「俺、真紀とやり直したくて戻ってきた。

 でも、それは子どもがどうとかじゃない」


彼の声は、少し震えていた。


「出て行ったあとも、ずっと考えてた。

 他の誰かといても、真紀と比べてた」


私は黙って聞いていた。

相変わらず、自分の感情はよくわからない。


「一緒にいると安心する理由とか、

 結婚した理由とか、

 アメリカで、やっとわかった気がした」


彼は、私を見た。


「真紀は、俺に何も求めない。

 それが寂しくて、逃げた。

 でも、今は——それが一番楽なんだって思う」


私は少し考えてから言った。


「私も、居心地はいいと思ってたよ」


大きな感情はない。

でも、嘘でもない。


「好きかどうかは、正直よくわからない」


恒一は、少しだけ笑った。


「それでもいい」


そう言われて、胸の奥が、わずかに動いた。


条件を出されない関係。

期待されすぎない距離。


それは、私にとって、とても楽だった。


その夜、私たちは同じベッドで眠った。

触れ合うわけでもなく、ただ並んで。


恒一の呼吸が、隣で規則正しく続いている。

私は天井を見ながら、ゆっくり考えていた。


結婚前から、私は彼に強い興味があったわけじゃない。

それでも四年、一緒に暮らした。


出て行かれても、壊れなかった。

戻ってきても、拒否しなかった。


それが、答えなのかもしれない。


お腹に手を当てる。

まだ、何も感じない。


でも確かに、始まっている。


「……まあ、なるようになるか」


小さく呟いて、目を閉じた。


—完—

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