プロローグ
飛行機の中は、思ったより静かだった。
エンジン音が一定で、眠ろうと思えば眠れそうな環境。
隣の席には、私の夫が座っている。
籍はまだ入っているけれど、一緒に暮らしてはいない人。
篠宮恒一は、前を向いたまま動かない。
話しかける気配もないし、こちらを気にしている様子もない。
それを見て、少し安心した。
「アメリカ、久しぶりだね」
言葉が必要そうな空気になったので、口にしただけだった。
深い意味はない。
「ああ」
短い返事。
それで十分。
結婚して四年。
そのうち半年は、別居している。
そもそも、結婚した理由も曖昧だった。
一緒にいて楽でもなかったけど、嫌でもなかった。
特別な何かがあったわけじゃない。
流れで付き合って、流れで結婚した。
今思えば、それだけの話。
彼が恋人を作って家を出たときも、
驚きはしたけれど、ショックはなかった。
「そういうこともあるよね」
自分の中では、それくらいの出来事だった。
両親の退職パーティー。
「夫婦で来なさい」という言葉に、特に抵抗はなかった。
なんせ旅費を出してくれるというし。
多少の気まずさはあったけどね。
——この旅で何かが起きるとしても、
それはたぶん、私の感情とは関係ない。
そんなふうに思っていた。




