第7話 :ゲームにいない男と運命の再会
昼下がりの学院中庭。
先日の王太子暗殺未遂事件から数日が過ぎ、表面上の騒ぎは落ち着きを見せていた。
しかし、ユリアの心の奥には静かに、決して消えぬざわめきが残っていた。
(マリアは、“誰かに”命じられて動いていた)
(その“誰か”が、ゲームに存在しない“黒幕”)
そして――
「……セレスタイン嬢、転校生が君を呼んでいる」
クロードがそう言ってきたのは、昼の授業が終わった直後だった。
「転校生?」
「ついさっき、学院に現れたばかりだ。名簿にも記録がない。“特例入学”らしい」
不審を覚えたユリアは、護衛役のクロードを連れて、学院の迎賓室へと向かった。
そこで彼女が見たのは――
「よう、ユリア。久しぶり」
その声を聞いた瞬間、彼女の思考が止まった。
黒髪。日本人特有の顔立ち。見覚えのある、茶色の瞳。
そして、どこまでも自然体で、どこか不器用そうな笑み。
「…………ハル」
その名を口にした瞬間、すべての時間が巻き戻るような錯覚に襲われた。
――彼は現実世界での親友だった。
高校の生徒会で一緒に活動し、何でも語り合った。
そして、大学進学の面接へ向かう途中――事故で亡くなったはずの、春野遼。
「どうして……ここにいるの……?」
「さあ。気づいたらこっちの世界にいたんだ。しかも変な“記憶”があってな。……俺が転生したのは、貴族じゃなくて、“影の観察者”っていう……なんか、やばそうな役割らしくてさ」
ハルは苦笑しながら、懐から一冊の本を取り出した。
それは――ユリアが元いた世界で読み込んでいた、ゲーム『ロゼリア・クロニクル』の設定資料集だった。
「……なんで、これを?」
「これが“俺の記憶の核”らしいんだ。転生時に一緒に引っ張られてきたらしい。でもな、変なんだ。ゲームで語られてない登場人物が多すぎる。“マリア”も、“書庫事件”も、“ALTERの暗号”も、全部この本には載ってない」
「つまり……この世界は、ゲームから“外れて動いてる”」
「そう。そしてたぶん、それを動かしてる“本当のプレイヤー”が、どこかにいる」
夕刻。
学院塔の最上階で、ユリアとハルは静かに並んで座っていた。
「まさか、ハルとここで再会するなんて思わなかったわ……夢みたい」
「そうだな。でも夢にしちゃ、ユリアの活躍、すごかったらしいじゃん。論破で悪役救って、暗殺未遂まで止めて……完全に“主人公”だよ」
「違うわよ。私はただ、“正しいって信じた道”を進んでるだけ」
ユリアがそう言うと、ハルはどこか意味ありげに笑った。
「でも、気をつけろよ。正しすぎる人間は、時に“物語から排除される”」
「……?」
「この世界には“ルール”がある。まだ俺にも見えてないけど――この世界そのものが、“誰かのために書き換えられてる”気がしてならないんだ」
「書き換えられてる?」
「たぶん、“第三のプレイヤー”がいる。“プレイヤー”っていうのは……俺たちみたいな、外部の存在さ」
ユリアの背筋が凍った。
ゲームの登場人物でもなく、転生者でもなく――
この世界そのものの展開を“創っている”存在。
(まさか……この世界そのものが、誰かの手の内にある?)
「なあ、ユリア。俺、お前のそばにいていいか?」
ハルが不意に言った。
「この世界を解き明かすためにも……それと、単に俺が、お前のこと守りたいって思ったからさ」
ユリアは小さく頷いた。
「ええ。私も……もう一人で戦うの、ちょっと疲れてたのかも」
そして、ふたりの影が、夕日とともに塔の床に長く伸びていた。
けれどその裏で、静かに目を細める者がいた。
“彼”は塔のさらに上、誰にも見えない場所から呟く。
「役者は揃った。ならば……次は、“選別”のフェーズだ」