第6話 :王太子暗殺計画とユリアの賭け
夜の学院は静かだった。
星明かりだけが照らす回廊。
その中を、フードを目深に被った人物が一人、足音を立てずに歩いていた。
だが、その人物が目的の部屋――王太子の執務室の扉に手を伸ばした瞬間。
「そこまでです」
その声は、氷のように冷たかった。
フードの人物が振り向くと、そこには――
「……あなたは」
「ユリア・セレスタイン。モブ令嬢、あるいは“学院の変人”とも呼ばれてるけど」
ユリアは蝋燭の火を手に、相手の顔を照らす。
「まさか、貴女が来るとは思わなかったわ。“マリア”さん」
マリアの笑顔が、音もなく崩れた。
「ふふ……どうして、私だと?」
「密室の書庫荒らし。盗まれた文書。“ALTER”というメッセージ。そして、あなたが最近読み漁っていた“旧王政批判”の記事と、“毒薬に関する記述”」
「……偶然よ」
「偶然にしては、あなたの部屋から“毒草の成分リスト”が出てきたのは不自然ね」
マリアの手が、ゆっくりとポケットに伸びた。
「それ以上言ったら……あなたも、消すわよ?」
「それ、王太子を狙った暗殺者のセリフとしてはちょっと惜しいわね」
ユリアは微笑んだ。
「だって、あなた“王太子が部屋にいる”ってまだ言ってない」
「っ……!」
マリアが鋭く息を呑んだその瞬間、後方の扉が開き――
「そこまでだ、マリア=ローズウッド嬢」
現れたのは、銀髪の騎士――クロード・ヴァレンティアだった。
背後から数人の学院衛士が従い、王太子の命を受けて現場を包囲していた。
「……罠だったのね」
マリアはゆっくりと手を挙げる。
それでも、彼女の表情に後悔はなかった。
「ねぇ、ユリア。あなた、どうしてこんな世界に“真実”なんて求めたの?」
「……そんなもの、決まってるじゃない」
ユリアは答えた。
「“間違ってる”って、知ってるからよ」
ヒロインとして優遇される者が、影で他人を蹴落とす。
“正義”を語る王子が、根拠なく人を罰する。
“都合のいい世界”が、人の理屈を歪めていく――そんな世界に抗うために。
「私にとって、この世界は“推理ゲーム”なんかじゃない。現実よ。だから私は、論理で抗う。証拠を突きつけて、嘘を暴く」
その瞳は、まっすぐだった。
「マリア=ローズウッド。あなたは、正義を語りながら、他人の罪を被せ、王太子を“毒殺しようとした”罪に問われます」
「……ふふふ」
マリアは静かに笑った。
「いいわ。あなたがどこまでやれるか、見せてもらう」
連行される彼女の背を、ユリアは見送った。
その瞬間、肩から力が抜ける。
「……やりきったな」
クロードがそっと声をかける。
「これで全部が終わったのか?」
「いいえ。むしろここから」
ユリアは空を見上げた。
「マリアは、“誰かのために動いてた”。王太子暗殺も、記録の隠蔽も、全部“指示”を受けていた」
「つまり――まだ、“黒幕”がいる」
「ええ。たぶん、“ゲームに登場しなかった誰か”。そして……おそらく、“この世界を操っている人間”」
ユリアの指先が震えていた。
それは恐怖ではない。確信だった。
(わたしは、この世界に選ばれたんじゃない。呼ばれたんだ)
その夜。
学院の塔の上から、誰かが夜空を見下ろしていた。
「……計画が狂ったね」
「仕方ない。彼女が“目覚めた”のなら、次は“本当の物語”を見せてあげないと」
その声は、どこか楽しげで――。
そして、異常なほど冷たかった。