第3話:優等生騎士と消えた婚約指輪
学院の中庭で、青空の下に立つ少年の背筋は、まっすぐだった。
銀の髪に、軍人仕込みの鍛え抜かれた体躯。
冷たい鋼のような瞳が、ユリアの存在を見つけた瞬間だけ、わずかに緩んだ。
「君が――ユリア・セレスタイン嬢か」
「ええ。あなたが、クロード・ヴァレンティア殿?」
「正確には、“元”婚約者を探す男、だな」
静かな声だった。だが、その言葉には刃のような切実さがあった。
クロード・ヴァレンティアは、学院内でも有名な“騎士候補生”。
王国の騎士団を目指す優等生であり、名門出身、冷静沈着な完璧主義者。
そんな彼が突然、ユリアを訪ねてきた理由――それは、婚約者の失踪事件だった。
「昨日の夜、俺の婚約者・リーナ=エステル嬢が姿を消した。部屋には争った形跡はない。ただ――彼女が持っていたはずの“婚約指輪”が残っていなかった」
「誘拐……ではないの?」
「わからない。ただ一つだけ言えるのは、彼女が自ら姿を消す理由などないということだ。俺の知る限り、彼女は穏やかな性格で、人に恨まれることもなかった。だが昨日、学院内で“あの事件”の調査に関わっていたと聞いた」
「“あの事件”?」
「悪役令嬢と紅茶事件だ。……君が、その真相を探っている張本人らしいな?」
その瞬間、ユリアは静かに息を呑んだ。
(関係している……?)
指輪と、失踪。そして“紅茶事件”の真相に関わっていた少女。
だとすれば、この事件も――
「協力させていただくわ。クロード殿、私は今、学院内の“闇”に触れている最中。そこにあなたの婚約者がいたのなら、無関係とは思えない」
「……感謝する」
それが、ユリアとクロードの最初の“契約”だった。
捜査は思ったよりも早く進んだ。
学院の職員用資料室――鍵のかかっていない扉の奥に、手帳が一冊だけ落ちていた。
手帳の中には、リーナの筆跡で、こう書かれていた。
「紅茶の事件は、“上”の仕業かもしれない。マリアは正義の味方ではなく、何かを隠している……私の持つ“証拠”は、指輪に」
「……証拠が、指輪に?」
ユリアが呟いた時、クロードは明らかに驚いた顔をした。
「……まさか、あの指輪。あれには、彼女の“印章”が仕込まれていたんだ。魔導印刷用の封蝋を刻む、特殊な印。情報の封印や伝達に使えるものだった」
「つまり――それを持って誰かが隠したのなら、“証拠隠滅”か“偽造”のどちらか」
「……くっ」
クロードが拳を握りしめる。
「リーナは何かを見てしまった。だから、消された……」
「まだ決まったわけじゃない。彼女が生きていて、助けを待っている可能性もある」
そう――これもまた、“論理”で導くべき事件だった。
その夜。
ユリアはアメリアの部屋を訪れていた。
机の上には、例の手帳のコピー。香水と、紅茶と、記された“指輪”の文字。
「なるほど……事件は繋がっているようね」
アメリアは紅茶を淹れながら呟く。
「犯人は、私を退学させたいだけじゃなかった。“誰か”を黙らせ、証拠を隠そうとしている。問題は、それが“誰のため”なのか、よ」
「そして……マリアも、ただのヒロインじゃない」
ユリアは言った。
「この世界では、ヒロインが絶対善っていう“思い込み”がある。でも、現実にはそんなことない」
「ふふ、あなたの考え方、好きよ。どこか他人とは違う視点を持っている」
アメリアの瞳が静かに細められる。
「……まるで、異世界から来たように」
ユリアは微笑んだ。
「そう思う?」
アメリアは答えなかった。だが、その目には確かな“共犯”の光が宿っていた。