第1話: わたしはモブ。でも“論破”します
「……やっぱり、この世界はゲームだったんだ」
目の前で、銀のスプーンが宙に舞った。
床に転がるそれを拾いながら、私は心の中でそっと呟いた。
昨日の夜、トラックに轢かれた……はずの私、結城優莉。
目を覚ましたら、なんと乙女ゲーム『ロゼリア・クロニクル』のモブ令嬢――ユリア・セレスタインになっていた。
貴族学院に通う名家の令嬢。
でも攻略対象とも縁がなく、原作では名前すら出てこない、ただの“背景キャラ”。
なのに。
「毒を盛った? アメリア様が?」
「アメリア様、そんな……!」
今、私の目の前で展開されているのは、“断罪イベント”のはずだった。
悪役令嬢アメリア・ローゼンベルクが、平民ヒロインへの嫌がらせや毒殺未遂で糾弾され、退学へ追い込まれる展開。
――だがそれは、全部“でっちあげ”。
プレイヤー時代に私は見抜いていた。
このゲーム、証拠が甘すぎる。
そしていま、その理不尽なイベントが現実となって目の前にある。
(だったら、私が論理でひっくり返す)
手にしていたティーカップをそっと置き、私は前に出る。
「……失礼します。少々、よろしいでしょうか」
「ユリア・セレスタイン? あなたは関係ないでしょう?」
「いいえ。私はこのティーパーティーに同席していました。そして“毒が入っていた”とされる紅茶の出された時間帯――アメリア様は教師の立ち会う授業に出席していたはずです」
会場がざわめく。
「さらに言えば、体調を崩した平民少女――いえ、ヒロインのマリアさん。彼女が倒れたのはその一時間以上後であり、体調不良の原因は紅茶ではない可能性が高い。なぜ“毒を盛った”と断言できたのか、その根拠を提示していただけますか?」
私は淡々と語る。
「この事件には、決定的証拠が存在しません。推定無罪が原則では?」
会場の空気が凍った。
「……そ、そのような屁理屈で……!」
「屁理屈ではありません。“証明されていない罪”を理由に糾弾することが正義であってはなりません」
その言葉が、全ての空気を変えた。
沈黙の中で、アメリアが初めて私に向かって微笑んだ。
私はまだ“モブ”のままだけど――たぶん、ここから少しずつ物語を変えていく。
そしてその代償に、私はこれから“事件”に巻き込まれていくのだろう。