第8話:偽りのエンディングと選ばれた者たち
それは突然、学院に届けられた一通の招待状から始まった。
「貴族学院代表として、王都にて開かれる“王太子戴冠記念祝賀会”にご出席願います。なお、アメリア=ローゼンベルク嬢、およびユリア=セレスタイン嬢には、特別観覧席をご用意しております」
王太子・レオンハルトの戴冠。それは、ゲーム『ロゼリア・クロニクル』において“最終章”のイベントだった。
ユリアはその知らせを受けた瞬間、胸の奥がざわついた。
(おかしい。このタイミングで戴冠式? 原作では、もっと後の話だったはず……)
「つまり、“終わらせようとしてる”のね。この物語を」
アメリアは鋭く言った。
「これ、誰かが“エンディングの強制発動”を仕掛けてる。マリアが排除されて、代役として動かされている誰かが、ルートを勝手に修正しているのよ」
「ルート修正……」
「その証拠に、“本来のエンディングヒロイン”が今回の戴冠式で“王太子妃に指名される”らしいわ」
「……代役のヒロイン?」
ユリアは瞬時に察した。
「新たに編入した“貴族令嬢”――クロエ=ブランシュ嬢」
「彼女、見覚えある?」
「ええ。マリアと同じ、“主人公用スキル”持ち。……でも、ゲームのデータベースには載ってない“例外キャラ”」
それはつまり、“誰かが生み出した新たな駒”。
──誰かが、“ゲームの結末”を無理やり書き換えようとしている。
そして、戴冠式当日。
王都の中央宮殿。
荘厳な式典の会場で、ユリアは異様な空気を感じていた。
装飾が過剰で、警備が異様に厳重。
貴族たちは表情を張り付けたまま笑い、どこか“誰かに見られている”ような緊張感を纏っていた。
(これは……ただの祝賀会じゃない)
そのとき、場内に響いた声。
「皆の者に告げる。我が妃として、クロエ=ブランシュを迎えることとする」
ざわめき。歓声。
そして、クロエの表情――どこか陶酔したような、虚ろな笑み。
(これは違う。彼女、操られてる)
ユリアが一歩踏み出そうとした、その瞬間だった。
「……セレスタイン嬢。少し、お時間をいただけますか?」
現れたのは、宮廷魔導院の研究官――
そして、ハルが探っていた“第三のプレイヤー”の一人。
「君には、この世界の構造を見抜く才覚がある。だからこそ、提案しよう」
彼は静かに言った。
「この世界は“書き換え”られている。君も気づいているだろう?」
「……ええ。だから、私は正しいものを残したい」
「だが、何をもって“正しい”とする? 君が守ろうとしているアメリア嬢も、もとは“破滅ルートの存在”だった。君の干渉がなければ、とっくに消されていた」
「それでも、私は彼女を守る。彼女は“生きてる”。誰かのルート上の駒じゃない」
「ならば――君自身はどうだ?」
その問いに、ユリアは言葉を失う。
「君もまた、“特例ルートのキャラクター”。本来存在しない存在だ。君がこの世界に来たのは偶然ではない。“必要とされた”から、呼ばれた」
「……誰に?」
「世界そのものに、だよ。あるいは、“世界を創った作者”に」
(“作者”? この世界の?)
「君には選択肢がある。“この世界を閉じて、綺麗に終わらせる”か、“混沌を引き受けて、物語を創り直す”か」
「私は、物語を終わらせない。生きている誰かを犠牲にするくらいなら、物語ごとぶち壊してでも、“新しい真実”を選ぶわ」
その瞬間、ユリアの足元に魔法陣が浮かぶ。
「時空の干渉反応……!?」
「……来るわよ、“次の選択”が!」
アメリアが駆け寄り、ユリアと手を取り合う。
そして、次の瞬間――
彼女たちの足元が、崩れた。
暗転。
光も音もない空間。
そこに響いたのは、一つの声。
「ようこそ、“本当の選別”へ」
次なる舞台、それは“ゲーム外の空間”。
プレイヤーでも、キャラでもない、“意志”だけが集う場所。
そして、ユリアたちはそこで――
“運命を超えた、最後のゲーム”を始めることになる。