こびとのくつ
とある町に、小さなクツ屋がありました。
たなに並んでいるのはどれも一点物。
なめらかにとろりと光るクツ達は、まるで呼んでいるみたいにお客さんをひきつけます。
そして不思議なことに、選ばれたクツは手に取ったお客さんの足にピッタリ合うのです。
お客さんはみんな、まるで運命みたいだと喜んで買っていくのでした。
今日も、一人の男性がダークブラウンのクツを一足手にしてほほ笑みます。
「このクツで出かけるのが楽しみです」
クツ屋のおかみさんも、うれしそうに笑みを返します。
「旅行がごしゅみなのですってね」
「ええ、ええ。いいクツは、持ち主をいい場所に連れて行ってくれるというでしょう? このクツが私にどんな景色を見せてくれるか、本当に楽しみです」
男性は大事そうにクツをかかえて帰っていきました。
***
さて、このクツ屋にはある秘密がありました。
クツ屋のだんなさんは、毎日毎日せっせと働いています。
クツの木型を作り、それに合わせて材料の革を裁断して、その革をうすくけずったり水につけてやわらかくしたり。
出来上がるクツを思いうかべながら、日がのぼってからしずむまで働いて、さあ続きは明日にしようと、準備の済んだ革を作業台に並べてねむりにつきます。
ところが、次の朝には、思いうかべていた通りの、むしろそれよりももっと素晴らしいクツがちょこちょこんと作業台の上に並んでいるのでした。
もうずっと毎日こうです。
いったい何が起きているのか、だんなさんにも、おかみさんにも分かりません。
二人はそろって首をかしげていました。
***
夜、だんなさんとおかみさんがねむりに就くと、部屋の暗がりからちょこちょこと小さな人かげが二人おどり出ました。
大きさは大人の手のひらくらい。
一人は赤、一人は黄色、二人ともツギだらけの布を体にぐるりと巻きつけていて、小さな足はクツもくつしたもはいていません。
赤い小人はハンマーを持ち、黄色い小人は針を持っています。
二人はぴょんぴょんとイスやたなを足場に作業台まで登りました。
黄色い小人が、台の上、きれいに並んだ革をぐるりと見わたして、うんうんとうなずきます。
手にしている針をくるくると回すと、どこからかしゅるりと糸がのびてきて針の穴にからみました。
赤い小人が、ハンマーを横に置いて、足下の革を二枚拾いあげます。
つなぐように切り口を合わせて、黄色い小人へ差し出しました。
そうしておさえてもらいながら、黄色い小人は針と糸とで革をぬい合わせていきます。
いくつもの革をぬい合わせると、やがてクツの形に近づいてきました。
それを木型にかぶせます。
赤い小人がハンマーをふると、どこからか小さなクギが降ってきて、コロンコロンと台の上を転がりました。
かぶせた革のふちを木型の底へクギで打ち付けていきます。
ちくちく。とんとん。
ちくちく。とんとん。
ぬい終わったところから、いらなくなったクギを外したり、今度はクツ底をクギで打ち付けたり。
ぬい付けて、打ち付けて、やがてつま先の丸いチョコレート色のクツが出来上がりました。
木型をポコンと外して、二人はせっせとクツをみがきます。
黄色い小人が、ねぇ、と口を開きます。
「このクツは、どんな所に行くと思う?」
赤い小人が不思議そうに首をかしげます。
「なんの話?」
「今日、うとうとしてたら聞こえてきたんだ。いいクツはね、持ち主をいいところに連れて行ってくれるんだって。だからさ、ボク達のクツは、どんなところに行くと思う?」
黄色い小人が楽しそうにくり返します。
赤い小人はうーんと、また反対側に首をかしげました。
ピカピカになったクツの深い茶色にひらめいたのは、年をとった大樹の姿と深い穴の暗やみでした。
そうだね、とつぶやきます。
「どうくつの中」
「ふむふむ」
「暗い道を進むと、ぽっかりと広い場所に出て、上からお日様の光が差してるの」
「ふむふむ」
「せいたかのっぽの木がまっすぐまっすぐのびてて、葉のしげった枝をひろげてる」
「おおー。じゃあさ、じゃあさ、」
うなずいて聞いていた黄色い小人は、大きな目をキラキラかがやかせて話を引きつぎました。
「きっと葉っぱが光を浴びて、すけて、エメラルドみたいに光っているんでしょう? その木ではにじ色の鳥が暮らしてるんだ」
小さな手がクツのつま先を優しくなでます。
「いいね、いいね、行ってみたいね」
赤い小人はうなずいてほほ笑みました。
***
その日、出来上がったのは、つま先のつんととがったクツでした。
オレンジの強いベージュ色で、夕日を浴びているように見えました。
黄色い小人が問いかけます。
「このクツは、どんなところに行くと思う?」
赤い小人が答えます。
「湖にかかった橋の上」
「ふむふむ」
「夕方には水面がオレンジに光るの。橋は石を積んで作ってあって、不思議なほどきれいに丸くなってるの」
「じゃあさ、じゃあさ、そこから湖をのぞきこんだら、だれかいるかな?」
「きっといるよ。ニンゲンより大きい魚とか、ワタシ達より小さい人魚とか」
「いいね、いいね、行ってみたいね」
***
その日、出来上がったのは、星のない夜空みたいに真っ黒なクツでした。
四角いバックルでベルトがきゅっとしめられています。
「このクツは、どんなところに行くと思う?」
「ガラスの教会」
「ふむ? コップみたいにツルンとして、とうめいなの?」
「ううん。かべや天井に、きれいにカットしたガラスがタイルみたいにしきつめられてるの。シャンデリアを灯すと、全部全部キラキラ光って、部屋が光でいっぱいになるの」
「わぁ。いいね、いいね、行ってみたいね」
***
その日、出来上がったのは、積もったばかりの雪みたいに真っ白なクツでした。
かかとがグッと上がっていて、横から見る形はすべり台のようです。
「このクツは、どんなところに行くと思う?」
「花いっぱいの散歩道」
「ふむふむ」
「ポンポンみたいな丸い赤むらさきの花が、道の右にも左にもたくさんさいてるの。上からもブドウみたいなふさの黄色い花が、カーテンみたいに垂れてるの」
「ようせいがいたりして。ボク達とどっちが大きいかな?」
「ワタシの方が大きい」
「ふふっ。いいね、いいね、行ってみたいね」
黄色い小人が楽しそうに笑いながら、小さな手で白いクツのつま先をなでました。
赤い小人もほほ笑んでいましたが、ふと視線を下に落とすと、その楽しさはしぼんでしまいました。
自分達の小さな足が視界に入ったからです。
クツもくつしたもはいていない足は、最近の寒さで指先が赤くなっていました。
***
その日は、年の終わりも近いひどく寒い日でした。
夜になると、部屋の暗がりからちょこちょこと小さなかげが二人おどり出ました。
赤い小人はハンマーを持ち、黄色い小人は針を持っています。
二人はぴょんぴょんとイスやたなを足場に作業台まで登りました。
「あれ?」
台の上を見わたして、二人は首をかしげます。
いつもはきれいに並んでいる、クツを作るための革がないのです。
代わりにきちんとたたまれたシャツとチョッキとズボン、そしてピカピカのクツがそろえてありました。
二人分。小人の大きさで。
二人はおそるおそる近づいて、それらを確認すると顔を見合わせました。
先に動いたのは黄色い小人です。
今までまとっていたツギハギだらけの布をさっとぬぎ捨てました。
ごろんと転げるようにしてズボンをはき、ボタンをかけちがえながらシャツを着ます。
それを横目に赤い小人も着がえ始めます。
チョッキまで着こんでとなりを見ると、黄色い小人がまだボタンに苦戦していたので手伝ってやりました。
クツもはいて、二人は向かい合わせに立ちます。
シャツとズボンはそっくりそろいのものでしたが、チョッキは赤と黄色の色ちがいでした。
昨日まで、いいえ、さっきまでの自分達とは全く見ちがえていました。
「わぁ。すごい、すごいねぇ。これ、ボク達もらっていいんだよね?」
黄色い小人は自分の姿を見下ろして、くるくる回ってはしゃいでいます。
赤い小人もチョッキへ、ズボンへ、と視線を下げていき、そしてクツをみつめました。
そのクツは、いつか作った、チョコレート色の丸いクツによく似ていました。
みがかれて、ピカピカしています。
赤い小人ははっと顔を上げると、黄色い小人の手をとりました。
いきなり回転を止められた黄色い小人はつんのめって、目をぱちぱちさせました。
「行こう!」
赤い小人が声をあげます。
「こんなにピカピカのクツをはいてるんだもん、ワタシ達もうどこだって行ける!」
おどろきに目を丸くしていた黄色い小人の顔に、じわじわと喜びが広がっていきます。
「どこでも?」
「うん!」
「どうくつも?」
「うん!」
「湖の橋も?」
「うん!」
「ガラスの教会も?」
「うん!」
「花の散歩道も?」
「うんっ!」
黄色い小人はにっこりと笑います。
夜にしずんだ暗い部屋を照らすような笑顔でした。
「いいね、いいね、行こう! 全部見に行こう! 全部全部、探しに行こう!」
二人は手をつないだままかけ出しました。
ぴょんっぴょんっとたなをわたって、窓にたどり着くと、力を合わせて開きました。
ぴょんっと店の外へ飛び降りて、月の光の下に出ます。
通りをたかたかと軽快にかけていく小さな二つのかげは、やがて見えなくなりました。
***
とある町に、小さなクツ屋がありました。
たなに並んでいるのはどれも一点物。
なめらかにとろりと光るクツ達は、まるで呼んでいるみたいにお客さんをひきつけます。
クツ屋のだんなさんは、毎日毎日せっせと働いています。
出来上がるクツを思いうかべながら、日がのぼってからしずむまで働いて、さあ続きは明日にしようと、後はぬうばかりになった革を作業台に並べます。
それを見て男の子が不思議そうに首をかしげました。
「ねぇお父さん。どうしてそうして並べて置くの?」
「おまじないだよ。だれでも素晴らしいところに連れて行ってくれる、素晴らしいクツが出来るようにね」
だんなさんはにこにこして、男の子の頭をなでました。
おしまい