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第4話



人混みの中、土方は視線を四方八方に向けて宗次郎を探した。縁日だけに同じくらいの年齢の子供なら大勢いるが、たいていは友達と一緒か母に手を繋がれている。一人ぼっちで縁日に来ている子などいない。

(そうだよな…)

このくらいの年の子なら、誰かに養われて守られて生きているのが当然なのだ。誰かに寄りかかって生きていても生きていける…親も親で子を離したりはせず、ひとりで生きるということを考えたことすらなかった。

だから、ふと「そうか」と思い土方は足を止めた。

(もしかして、逃げたのか…?)

試衛館や下働きが嫌になって、家族が恋しくなって、もしかしたら逃げだして家に帰ったのかもしれない。子供のすることだから、それはありえない話ではないだろう。はぐれたのではなく、逃げ出した…なんの不思議もない。だとすればこのまま見逃してやるのも優しさかもしれない…そんな考えが過っていると、後ろの方から声が響いた。

「子ども同士で喧嘩してるぞ」

若い男の声だった。その声によって一旦思考は止まって、土方は振り返り躊躇うことなく声のする方へ駈け出した。

宗次郎は自ら喧嘩を売るような性格ではない。それはふでの所業に耐え続けていることが何よりも証明している。だから、そんなことを心配したのではなく、宗次郎が巻き込まれていないかということを確認したかったのだ。

土方は人混みの中のさらに野次馬をかき分けていく。合間を縫うように前へ進むのは困難だったが、どうにか一歩ずつ歩みを進めて野次馬の中心へ歩いていくと、喧嘩の現場になる。大騒ぎになっているだろうとそう思っているのに、何故か野次馬たちは呆然と立ち尽くして絶句し、近寄れば近寄るほどに静けさが増していた。

(なんだ…?)

野次馬たちの血の気の引いたような反応、信じられないものを見たような唖然とした表情、そして何よりも自分の中で理由もわからず鳥肌が立つ感覚。それを知っている…昨日味わったものと同じだ。

(宗次がいるのか…?)

ようやく最前列に躍り出た土方は、自分の感覚が正しかったことを知った。

「あ…」

それは単なる喧嘩の現場などではなかった。ただ、宗次郎の周りに体格の大きな子供が四・五人倒れたり泣いたりしているだけの光景だった。それはまるで、宗次郎以外の場所に嵐が通り抜けて行ったかのような。

周りもそれを感じ取っているのだろう。異質なものに怯え、誰一人として宗次郎に近寄るような真似はしない。

その静けさを破るように土方が声を発した。

「…宗次」

「歳三さん…!」

「…怪我はないか」

無傷だと分かっていながら訊ねると宗次郎は頷いた。静寂は破られ、野次馬たちは顔見知りの土方が来たことで、場が収まると判断したのかぞろぞろと去り始めた。土方は安堵した。これ以上騒ぎ立てて大事にされるよりも子供の喧嘩で片付いた方がいいだろう。

「行くぞ」

「…でも」

「いいから」

土方は無理矢理、宗次郎の手を引いて場を離れた。宗次郎は怪我をした子供達を気遣ったようだが、しょせんは子供同士の喧嘩だ。それにあんな大勢相手に宗次郎が喧嘩を嗾けるわけはないので、おそらくはあちらが宗次郎に喧嘩を売って返り討ちにあったということなのだろう。だったら子供達も自分たちのプライドを傷つけまいと他言はしないだろうし、これ以上の大ごとにはならないはずだ。

まだ屯している野次馬たちを振り切って、土方は宗次郎とともに縁日の会場を少し離れた。心配している勝太のもとへは一刻も早く戻らなければならないが、ほとぼりが冷めるのを待つ方を優先すべきだろう。

ようやく人混みから離れた場所で息を落ち着かせる。山道の休憩所のような場所だが、縁日で盛り上がる人々の目には触れない。

「…ごめんなさい」

丁度良い場所に倒木があり土方が腰を掛けた途端に宗次郎が謝った。俯いて立ち尽くしている。

「……何が」

「歳三さんに、迷惑をかけてしまって…」

「迷惑…か。お前、何したんだ?迷惑がかかるようなことをしたのか?」

子供とはいえ、自分より体格の大きい相手に、傷一つ負わず叩きのめすことができたのだとは俄かには信じられない。しかし状況からすれば、そうだったのだろうと推測せざるを得ない。しかし宗次郎は少し黙り込んで

「…何も」

と、答えた。全てを飲み込むように事実を伏せた。しかしまさか土方も鵜呑みにはしない。

「何もってことはないだろう。怒りゃしねえから言ってみろ」

「だから、何もありません」

年下相手に、土方にしては優しく問いかけたつもりだが、宗次郎は頑なに話そうとしない。まるで何かを必死に隠すかのようだ。

「何だ、じゃあお前が何もしないうちにあいつらがバタバタ倒れていって泣き出したって言うのか?」

「……」

「普通に考えればお前が全員懲らしめたんだろう?」

苛立ちを隠しきれず土方が問いかけるが、宗次郎はやはり何も答えない。暴力に訴えて口を開かせるという方法もあるが、土方は宗次郎から「絶対に言わない」という確固たる意志を感じ、「はぁ」とため息をついた。

状況から推測して、あれは宗次郎の仕業だろう。たった一人で数人を相手にして叩きのめした。素手の拳だったのか剣だったのかはわからないが、自力であの状況を打破したということだ。

土方は自身の頭を乱暴に掻く。

(このほそっこい宗次が…?)

出会った時には今よりも子供で、姉に叱られ泣いていた。家出をして帰れなくなるような、甘えた子どもだった。そして下働きに来てからは家のことばかりで剣の稽古もろくにしていない。加えて遊びに行くようなことは全くない。

(それがそうだとしたら、才能があるとか喧嘩に強いとかそんな単純なことじゃない…)

常軌を逸した、「なにか」がある。身の毛をよだつような「なにか」が。

「歳三さん」

「…なんだよ」

考え込む土方に、宗次郎は恐る恐る声をかけてきた。

「このこと…若先生には、言わないでください」

小さな体を折りたたむように、宗次郎は頭を下げた。もちろん告げ口などするつもりはなかったが、先程口を噤まれた仕返しをしてもいいだろう。

「何故だ」

と今度は、語気を強めて返した。宗次郎は唇を噛む。

「…若先生に、心配をかけたくないからです」

「心配をかけたくないっていうなら、最初からはぐれるなよ」

土方が意地悪で返す。最初は「逃げたのか」と思っていたからだ。しかし「はぐれたくてはぐれたわけじゃありません」と宗次郎が即答したので、どうやら土方の考えすぎだったようだ。

「かっちゃんは既に心配してる」

今頃、例の露店の前でハラハラしながら待っていることだろう。そう思うとこんなところでのんびりしている場合では無いのだが。

「…それは、そうですけど…」

「それに、お前はもう少し心配をかけた方がいいだろう」

「え?」

宗次郎は顔を上げて、その真ん丸な目を土方に向けた。無垢な瞳は、出会った時は変わらないのに、いつの間にそんなに武装してしまったのだろう。

「嘘ばっかりついて平気な振りして理解した顔をしてる方が、よっぽど心配かけるってことがわからねえのか」

「……」

その瞳が曇る。しかし土方は続けた。

「子供は子供らしくしていろ。お前はいい子ぶってんだよ。そういうのが…」

おかしいんだ。気持ち悪いんだ。可愛くないんだ。

流石にそう続けるのは躊躇われた。しかし、いくら子供でもこの先の台詞は理解できただろう。宗次郎はグッと唇を噛みいくつかの言葉を選んで、飲み込んだ後、

「…歳三さんには分かりません」

と言った。

「あ?」

宗次郎の目じりには少しだけ光るものがあった。しかし宗次郎はそれを流したりなんかしない。

「歳三さんには分かりません」

ただ同じセリフをもう一度、繰り返したのだった。



ようやく周囲の状況が落ち着き、そろそろ戻るか、と二人で例の露店に向かうと待ちぼうけの勝太がいた。

「心配したぞ!」

大分待たせてしまったが、勝太は特に気にする様子もなく、大手を振って出迎えた。往来の人混みで宗次郎を抱きしめて、「無事で良かった」と嬉しそうに笑っていた。

「ご、ごめんなさい。はぐれてしまって…」

「いや、俺が悪かった。もっと強く手を繋いでいれば良かったな!」

勝太は当然のことのように、宗次郎を責めたりはしなかった。宗次郎は頬を少し緩ませてほっと安堵する様な表情を見せた。勝太は「じゃあ行こうか」と早速宗次郎の手を握る。

「どこに行くんだよ」

土方が問いかけると、勝太は

「射的だよ。宗次郎、歳はな剣もできる奴だが、射的も上手いんだ。俺は何かはからきしだから、欲しいものがあったら歳に取ってもらうといい」

「おいおい、射的かよ」

「いいじゃないか。なあ、宗次郎」

「あ、はい…」

やや強引だが、勝太が宗次郎の手を引いて、ずんずん歩いていく。宗次郎はやや足をもつらせつつ、勝太について行っていた。

(仕方ねえなあ…)

頭を掻きつつも、土方は二人のあとについて行った。




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