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第3話

土方がしばらく滞在することを告げると、ふでは機嫌よく受け入れてくれたどころか、

「歳さんがいてくれるなら、御馳走を毎日用意しなきゃねえ」

と張り切る始末だ。この心変わりには、夫の周助や義理息子の勝太も苦笑いしていたが苛立ちの矛先が宗次郎に向かない分、いくらか気が楽だろう。ふでのもてなしに土方は素直に甘えた。こんな風に甘えることができたなら宗次郎も少しはかわいがってもらえるのかもしれないと思いながら。

客間を寝床にして、朝ゆっくり目を覚ました。目覚めの悪い土方としてはこのまま昼まで眠り込んでいたいのが本心だったが、さすがに友人の家でそれはできない。重たい身体をどうにか起こして、顔でも洗おうかと井戸へ向かう。

朝の冷たい気温はまだ身体になじまず、障子を開けて一気に目が覚めた。羽織っていた上着を一層強く身体に巻きつけて、寒さを誤魔化そうとやや腰を屈めつつ井戸へ向かう。その道中、視界に入った。

(宗次…?)

門の辺りに屯している宗次郎は、両手に箒を抱えている。こんな朝から働いているのかという驚きと、なにをしているのかという疑問で、土方は立ち止まった。

宗次郎は門の外を見ている。武家屋敷とまでは言えないがそこそこ立派な門だ。しかしその先には何もないし、誰の人影も見えない。だが、宗次郎は一心不乱に門の外を見つめている。

(何なんだ…)

土方はそこらにあった適当な草履をひっかけて、宗次郎のもとへ向かった。

「何してるんだ」

「!」

宗次郎は全く気が付いていなかったらしい。土方が声をかけると、怯えるように振り向いて「歳三さんか…」と安堵した。

「誰だと思ったんだよ」

「…別に」

宗次郎は言いよどむ。土方も(どうせふでさんだと思ったのだろう)と目星はついていたのだが。すると宗次郎は泳がせていた視線を土方に戻し、背筋を伸ばして土方へ一礼した。

「おはようございます。そこを今から掃除しますので、退けてください」

「……」

その変わり身の早さは何も聞かれたくなかったからだろうか、自分を守るかのようだ。土方は「ああ」と答えるに留まり、宗次郎の言うように場所を空けてやった。

宗次郎は黙々と箒を動かせた。辺り一面の落ち葉や小石が集まり小さな山を作って塵取りに納める。その土方は腕を組んで眺めていたが、すべてが終わった所で宗次郎がしかめっ面をして土方を見た。

「…何ですか?」

「仕事、終わりか?」

「まだです。まだまだあります」

宗次郎は拒絶するように答える。しかし土方は構わず続けた。

「あとは何がある」

「…裏庭の掃き掃除もあるし、廊下の雑巾がけもあります。お食事のお手伝いだってあるし、一日中忙しいです」

貴方に構っていられないという、遠まわしに拒絶するような物言いだが、もちろん物怖じするような土方ではない。「わかった」と頷くと

「じゃあ、俺が半分請け負ってやる」

と提案した。宗次郎は「は?」と瞳孔を見開いて唖然としていたが、土方は冗談で言ったのではない。早速、宗次郎から箒を奪い取ると「裏庭だな」と確認して、さっさとそちらへ歩いていく。

宗次郎は慌てて追いかけてきた。

「や、やめてください。別に一人でできるし、歳三さんに手伝ってもらったりなんかしたら…」

「一人でできるからって一人でしなくてもいいし、ふでさんに怒られるなら俺から言い出したんだって言ってやる。これでいいだろう」

「…っ」

一つ一つ先回りして論破すると、幼い宗次郎では反論も出来ないようだ。口篭もる宗次郎を余所に、土方は箒を持ったまま裏庭に向かった。速足の土方に少し遅れて宗次郎も裏庭に到着した。論破されたからと言って納得はしていないようで

「な、何が目的なんですか?」

と明らかな敵意を向けて訊ねてきた。

(目的って…)

子供らしからぬ反応だ、土方は軽くため息をついて答えてやった。

「仕事、昼までには終わらせる。んで、その後は縁日だ」

「縁日…って…」

「出店もいっぱい出ているだろうしな。お前もたまには息抜きでもしろよ」

「……でも、そんなの」

「ふでさんには俺から話をつけてやる」

再び先回りして言い分を封じてやる。ふでさんの目、それが唯一の足枷だろうと思っていたが、しかし依然として宗次郎の表情は固い。縁日と言えば子供の一番好きな行事かと思っていた土方だったが、当てが外れただろうか。

だが、宗次郎は「わかりました」と不満そうに言うと、もう一本の箒を持って来て裏庭の掃除を始めた。土方は(何なんだ…)と言いようもない、暗澹たる思いを抱えつつも、掃除を手伝うことにした。


案の定、裏庭を掃除する土方を見るとやはりふでは激高した。

「歳さんに手伝わせるなんて!」

いまにも、宗次郎を平手打ちしようという勢いだったが、土方が

「いつまでも客人ってのは、申し訳ねえから、俺が手伝いを申し出たんですよ」

と、何とか取り成すとふでは不承不承ではあるが理解してくれた。そしてついでに「縁日に宗次を連れて行ってもいいか」と尋ねると「歳さんに好きにしてくださいな」という合意を得たので、ひとまずは土方の思い通りになった。

子供の手では一日中かかる仕事だが、土方が熟せば予定通り昼までには終わった。宗次郎に出かける準備を命じて、土方も間借りしている客間に戻る。すると勝太も顔を出した。

「歳!お前っていい奴だなぁ!」

経緯を見守っていてのか、ふでに話を聞いたのか…感激のあまり目を潤ませている幼馴染に「止せよ」と土方は拒んだ。

「別にいい奴なんかじゃねえ。あいつに興味があるんだ」

「興味…?お前、まさか…」

「それ以上言ってみろ、俺は即座にこの家を出る」

勝太の奇妙な妄想に、土方は釘をさす。土方が興味があるのは女の方だけで、男には見向きもしない、むしろ反吐が出るほどに嫌っている。それは、勝太も良く知っているはずだ。勝太は「冗談だよ」と苦笑して続けた。

「でも、お前が宗次郎のような子供に興味があるなんて意外だな。子供なんて嫌いだとかなんとか言ってたじゃないか」

「それは変わらないが、あいつは…変だろう」

「変?」

土方の感想に、勝太はさっぱり心当たりがないようで、首を傾げた。その様子を見て、土方はこれ以上、話が通じまいと何も言わなかった。

(俺だけなのか…)

宗次郎をみると、このゾワゾワくる、悪寒にも似た感覚を味わうのは。

(それを確かめたいのかもしれない…)

「…ひとまず、縁日に行ってくる。宗次を連れて行くが構わないよな?」

「縁日?じゃあ俺も行く」

軽い調子で返してきた勝太に土方は頷く。もともとついて来いと言うつもりだったので手間が省けた。

「あそこの縁日だけ売り出すみたらし団子が旨くてな。一度、行ってみようと思っていたんだ」

のんきな彼の言い分に、少し身体の力が抜けた。


縁日は一番の盛り上がりを見せていたようで、人で溢れかえっていた。人と人の合間を縫うように前に進みながら、勝太の目的らしいみたらし団子の店を探す。

「宗次郎、はぐれるなよ!」

宗次郎の手を引く勝太が声をかけると、「はい」と宗次郎が返事をする。土方はその後ろを歩きながら前に進んだ。宗次郎のように背丈の小さな子供はいつの間にかはぐれてしまいそうだが、懸命に勝太の後を追う姿は、孵化した雛が親鳥についていくかのようで

(こうしていると子供っぽいんだが…)

時折垣間見える『子供らしさ』に土方は困惑する。

人混みの合間を縫うようにして進んでいると、土方は人混みを縦断しようとする女にぶつかった。その衝撃で体のバランスを崩した女を咄嗟に支えてやる。

「す、すみません。ありがとうございます」

顔を赤らませてお礼を言う女は、土方から見ても「いい女」だった。明るめの振袖は縁日に合わせた色柄だろうが、女の顔立ちによく合っていて可憐だ。

(…っと、いけねえ)

いつもなら女を口説いて「一緒に周ろう」、と誘うところだが今日は目的が違う。名残惜しいが「じゃあ」とあっさりと女から離れて、前へ進むことにした。離れがたそうに女の視線がこちらに注がれていたが、土方は断腸の思いで見送る。

(…って、なんであいつの為に俺が…)

ふと我に返るとそれが何やらおかしい気がするが、そんなことを考えても仕方ないだろう。

「くそ…」

意味もなく吐き捨てて、土方は歩く。女とぶつかったせいではぐれてしまったが、勝太の目的の店は知っているので、大丈夫だ。


…と安易に思っていたのだが。

「歳!」

ようやく目的の露店にたどり着いたとき、土方は人混みに翻弄されて息も絶え絶えの状態だったのだが、しかしそこにいた勝太の方がもっと顔を真っ赤にして待ち構えていた。その表情と状況を見れば何となく、勝太の言いたいことは分かった。

「宗次は?」

「それが途中で手が離れてしまったんだ!宗次郎はこの露店の場所も知らないだろうし、今頃迷子になっているんじゃないかと…」

慌てる勝太に、土方は「落ち着けよ」と宥めた。

「取り敢えず、俺はこの辺りを探してくる。かっちゃんはここにいてくれ。三人がバラバラになる方がややこしいだろう」

「わ、わかった」

土方は冷静に判断して、早速踵を返した。

(あのバカ…)

と、内心毒づきながら。

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