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魔術師と私  作者: みゆり
8/8

【8】魔術師ユーグと私


 「ノア……、ノア……」


 自分の名を呼ぶ声が聞こえ、目蓋を開ける。視線の先には木﨑がいた。複雑そうな顔で乃愛の横に座っている。乃愛はベッドに横になっていた。


 木﨑の態度の理由を探す。目線をさげると自分の右手がしっかりと彼のシャツを掴んでいた。そのせいで彼は動けなかったのだ。


 「ご、ごめんなさい」


 謝り、そっと手を離す。


 ここはもう公園ではない事はわかっているが、では誰の部屋だろう。乃愛のアパートでない事だけは確かだ。


 「ここは俺のマンション。君の意識がなくなって、それでそのまま連れてきた」


 「っ、ヨルさんは? あと合馬さんはどうなったの?」

 「合馬は手当てして本人の部屋で休ませている。あとヨルのことだけど、あいつは元の世界に戻した。刻印をつけておいたから、ここへはそう簡単に来られない」


 刻印とは魔術刻印と呼ばれもので、施された対象は暗示がかけられている。ちなみにそれはこちら側へ来ようとすれば命を落とすというものらしい。


 ベッドから出ようと体をもぞもぞ動かすと、彼にやんわりと止められた。


 「もう少し横になっていた方がいい」

 「あの、ユー……いえ、ウサギの姿がなくて。どこに行ってしまったの?」


 ああと木﨑が瞳を瞬く。やはり彼の瞳は赤いままだ。あのエリスティンで共に過ごした彼と同じで、心がざわざわする。木﨑は優しげに笑って自分の胸に手を当てた。


 「あれは今、ここにいる。元は年月をかけ積み重ね生まれた魔力の澱で本来はそこまで恐れるものじゃない。でも赤目から生じるものは別で、それは気性が荒く負の魔力をもっている」


 「嘘、気性が荒いなんて」


 あのウサギの気性が荒い? 今までずっとあの子は乃愛によく懐き、従順だった。そう反論すると木﨑が顔をそむけた。耳が赤くなっている。


 「そ、それは違う。たまたま、偶然だ!」

 「どうしてそんな赤くなるの?」


 「…………」


 この時なぜ木﨑が恥ずかしそうに黙っているのか、それがわかるのはもう少し後のこと。


 ディーザは彼らの分身で性格や好みも同じ様に引き継ぐ。この時の乃愛は急に落ち着かなくなった理由がわからず、キョトンとしていた。


 「本当に、ユーグなの?」

 

 「……ああ、」


 エリスティンで一緒に過ごした彼は自分よりもっと年下で魔術師の弟子であるにもかかわらず魔法が使えなかった。それが今や色々な苦難を乗り越え、立派な魔術師に成長していた。


 深紅の瞳が乃愛を見ている。美しい紅に吸い込まれそうだ。


 「俺が怖くない?」


 「怖くないよ、どうして?」

 「いや、……なら良い」


 木﨑、いやユーグは頬を弛め嬉しそうにしている。彼を怖いと思った事は一度もない。初めて会った時からずっと。


 「今の名はハルシフォム・ユーグ・ウィードハイム。君と出会った頃はただのユーグだったけど、魔術師になり功績をあげてからエリスティン王に新たな名を賜った」

 

 さらに彼は爵位もあるらしい。戦争や内紛を退けた赤目の魔術師として国中に名を轟かせている。


 まぁそんな事はどうでもよくて、とユーグは乃愛の手を恭しくとった。


 「魔力の澱、ディーザは放っておけば魔術師の命に関わる。魔力の暴走が始まれば、師匠の言う通り世界樹に取り込まれる運命だった。でもノアのお陰で運命から逃れる事ができたんだ」


 「ヨルさんが話していた事は本当だったんだね」


 「うん」


 ユーグの掌から魔力が流れウサギの姿になった。体は雪の様に白く煌々としている。乃愛はそれをうっとりと見つめ息を吐く。


 「綺麗」

 「これも乃愛のお陰だ。ありがとう」


 ディーザの魔性が強まると制御出来なくなり、合馬同様、蜘蛛や醜悪な姿に変じる事が多い。けれどどういうわけかユーグはそうならなかった。


 乃愛は首を傾げ尋ねる。


 「でもどうしてユーグの場合はウサギだったの」

 「それは、乃愛は昔、ウサギが好きだったろう?」


 「昔?」


 そう、とユーグに教えられた乃愛は当時の事を思い出す。エリスティンではウサギは食用とされ普通に市場に売られていた。ヨルの家の近くにある森にもよくウサギ等小動物が棲息しており、狩人が来ていた。


 乃愛が生まれた日本は外国は別としてウサギを日常的に食べる習慣がなく、むしろ今はペットとして飼うものだと思っていた。それでそんな話をユーグに聞かせていた。そしてその時、自分はウサギが好きだと言った気がする。


 ユーグがウサギを見て苦笑する。


 「君とディーザが初めて出会った時、こいつは君を覚えていたんだと思う。だからきっと怯えさせたくなくて、君の好む姿に変わったんだ」

 

 「不思議ね。負の力の塊なのに、私を怖がらせたくなかったなんて……」

 「確かにそうだ。でもディーザの大元は魔術師の欲望であり願望なんだ。あの時、乃愛が俺を庇い傷つき消えて、俺は君が死んでしまったのだと思っていた。あの事件が発端で呪縛が解け魔法を使えるようになったけど――ずっと、君を忘れるなんて出来なかった。どうしてもまた会いたいと思ってしまったんだ。だから……」


 ユーグの願望から生まれたディーザは空間を抜けて、私がいる気配がする、こちらの世界に来てしまったというわけだ。


 「それならそうと、もっと早くにその事を打ち明けてくれて良かったのに」


 「まさか本当に乃愛に会えるなんて考えてもいなかった。でも実際に君はいて……半信半疑だった。実はこの世界はディーザが創造した場所で君も現実には存在しない夢の様なものじゃないかと疑ってた時期もあった――でも違った」


 ユーグが乃愛の頬に手を伸ばし触れた。肌の温度を確かめ安心している。ユーグの瞳と目が合って何だか落ち着かなくなってしまった。乃愛の挙動に何かを感じたのかユーグがくすくす笑いだした。


 「……へぇ、少しは俺の事、意識してくれてるんだ?」


 「か、からかわないで。だって私の知ってるユーグは小さな子供だったもの。それがいきなりこんな大人になってるなんて……」


 彼は何を言ってるんだと不思議そうにしている。


 「違う。初めて会った時からちゃんと大人だったよ」

 「え?」


 「拘束具をつけていただろう。あれは魔力を抑制するだけじゃない。体の成長も止めるんだ。全くあのクソ師匠、俺の体を実験台にしやがって!」


 昔の事を思い出しユーグが毒づく。魔術師ヨルは自ら開発した魔導具をユーグによく試していたらしい。しかもヨルはユーグ本人に後々、世界樹の贄とする事も伝えていた。


 それらを聞かされてもユーグは全て運命と受け止め、何の疑問も持たずあの家で暮らしていたのだ。


 「いずれ魔力が暴走して災いを招くなら、最後位何かの役に立って死にたかったんだ」


 「……ユーグ」


 世界樹に身を捧げる運命だなんて。乃愛はふるふると首を横に振った。


 「私、さっきも言ったけど、ユーグは行かせない。何が原因かわからないけど、もうあなたの魔力は大丈夫なんでしょう?だったら贄になる必要なんてないよ」


 それにしても世界樹を維持する方法は他にないのだろうか。乃愛がそう尋ねるとユーグが言った。


 「いや、維持はしている。定期的に教会が魔力奉納を行っているからね。ただどちらかと言えば負の魔力の方を樹が好む。それだけの話なんだ」


 基本的に世界樹は枯れる事なく独自で維持出来ている。ただ数百年に一度、魔力という肥料が必要で与える事により樹は活性化する。世界樹は地を調え豊かな実りをもたらす。向こうでは神様みたいな存在だ。


 「でも負の魔力が好きだなんてちょっと変わってるね」

 「そうだな。負の魔力を好むけど、世界樹は魔力であれば何でも吸収する。俺達が手に負えなくなった魔力も何もかも――全部、消してくれるんだ」


 「それって人間の命も、とか? 絶対ダメだからね!」


 ぎゅっとユーグの手を握る。彼は一瞬驚いた目をして、それから笑った。


 「もうあそこへは行かない」

 「本当?」

 「うん」


 だってもう居たい場所は見つけたから、とユーグが小さな声で呟いた。その声はどこか嬉しそうだった。


◇◇◇


 あれから一週間経った。


 大学を出た乃愛は近くにある本屋に立ち寄る。今日はバイトは休み。午後から予定が入っている。


 「乃愛、待った?」


 「ううん、今来たとこ」


 新刊コーナーを見て回っていると背の高い青年に声をかけられた。それは木﨑遙斗――ユーグだ。


 彼は青いシャツと茶のズボン、よく観察すると生地が違う。それなりのお値段はするであろうと予想する。どこからどうみても爽やかな好青年のため、並んで歩くのはちょっと気がひけた。


 ちなみに瞳の色は黒い。魔法で自由に色を変えられるそうだ。


 「行こうか」

 「うん」


 本屋から出て町を歩く。向かう先は町の端にある山の展望台。かなり遠くにあるのでまずは駅に向かう。


 ユーグがすっと手を出した。


 「乃愛、俺の手に掴まって」


 俺……。自分の正体を明かした時から彼は自分の事を『私』ではなく『俺』と言うようになった。


 昔みたい。そんなことを思いつつ、言われた通りに彼の手を握った。すると一瞬で風景が変わる。風が吹き乃愛の髪が揺れた。


 「すごい。ここって山の上!?」

 

 「うん。時間かかるから魔法で移動した。これは乃愛にも効くみたいで良かった」


 隣のユーグを見るとちょっとほっとしている。そう乃愛には彼の魔法は効かないのだ。


 「転移魔法は大丈夫みたいだね。でも……とすれば体に直接影響を与えるものはダメなのか」


 色々思考を巡らすユーグの服を乃愛は掴む。


 「うん?」

 「ちょっと待って!今の、人に見られたんじゃ……」


 「平気。これも魔法だけど、俺達の姿は認識出来ないようにしていたから」


 にこにこと笑みを浮かべ当然の様に答えるユーグに乃愛は驚いた。一見普通の青年なので危うく忘れそうになるが、この人は魔術師である。


 本屋を出て少し経ってから、魔法をかけたらしい。知らなかった。その間、乃愛はと言えば内心ソワソワして周りばかり気にしていた。ちょっと自意識過剰すぎてそんな自分が恥ずかしい。


 「体もとても楽になったしもう発作も起こらない。乃愛のお陰だ、ありがとう」


 内に溜まる負の魔力もすっかり浄化され、魔力制御は問題なくなった。しかも驚いた事に前より魔法をスムーズに扱えるようになったと彼に聞かされる。


 「私は何もしてないよ。でも良かった、これでもう大丈夫ね」


 雲一つない青空。展望台から二人で向こうを眺める。海が見え、今度一緒に行ってみようと約束した。ぼうっと向こうを眺めていたら、隣のユーグが何かを言いたそうにこちらを見ている。


 「どうしたの?」


 見上げて問うとユーグの掌から、ふわりと花束が現れた。赤や薄桃、橙、水色。様々な色の花が美しく纏められている。その花束を渡され、今日は何かの記念日だったかと考える。


 彼は緊張した顔で乃愛を見た。急に畏まってどうしたんだろう。


 「乃愛、俺と結婚してください」


 「!? け、結婚?」


 物凄く真剣な顔でいきなり求婚され、乃愛は口をパクパクと開閉した。しかも色々すっ飛ばした台詞に困惑する。


 「待って待って。どうして、結婚?」


 「乃愛は俺の事がイヤ?」


 嫌とかそういう問題じゃない。お願いだからそんな悲しい顔をしないでほしい。


 「そういうことじゃなくて」


 すると突然閃いたと、ユーグの瞳がきらりと光った。乃愛の言葉が遮られる。


 「わかった。それなら婚約しよう。俺はもう乃愛のいない世界なんて考えられない。それに、また、一人になったら……どうなるかわからないよ?」


 「……!」


 最後の台詞。つまり暴走するかも知れないという事だ。何だか軽く脅された気がするが、彼は気にせず涼しい顔で乃愛の返事を待っている。


 「婚約は結婚するって約束でしょ?ユーグの世界はそれが普通かも知れないけど、こっちは……。今なんて晩婚とか……そもそも結婚しない人だって増えてるし」


 「それは人それぞれだろ」

 「……」


 ユーグの言う通りだ。即座に返され乃愛は焦った。


 「とにかく私はまだ学生だし、来年は就活で忙しくなるし。……だから結婚とかそういうの今は考えられないよ。それにユーグは向こうに……帰っちゃうんでしょう?」


 「乃愛がここにいるなら俺もいる。向こうへ戻るなと言うならそうする。正直あそこに良い思い出はないから、特に気にする必要もない」


 エリスティンに何の執着もないとユーグはきっぱり答えた。乃愛の逃げ道はなくなっていく。花束を抱える手に力を込めた。


 「でもお仕事は?本当はユーグは宮廷魔術師なんでしょ?きっと皆、困っちゃうよ」

 「それはもうとっくに後任に任せてある。元々そいつは野心が強い方だし、意欲もある。乃愛が心配する事はないよ」


 後任が誰なのかは察しがついた。それはきっと合馬だ。彼なら喜んで後任に就くだろう。


 ユーグのことは嫌いではない。どちらかと言えば好きな方だ。でもと乃愛は俯き押し黙る。


 「それなら、こっち向いて乃愛――」

 「?」


 これだけはしたくなかったんだけど、とユーグが手を翳す。そこから何かが現れた。小麦色のウサギだ。それは花束を抱える乃愛の胸に飛び乗る。


 「可愛い」

 「それ、乃愛のそばに置いて良いから、俺もいていい? 色々落ち着いて、ちゃんと乃愛の気持ちが決まるまで待つから」


 ユーグの声がかかるのと同時にウサギが甘える様に頬擦りした。彼の魔法で生み出したせいか、意思が伝わって動きが似ている。彼は乃愛の欲しいものを知っているし、与えてくれる。それは彼がそばにいる限り続くだろう。


 狡いなあと乃愛は苦笑する。そして彼を見上げた。


 「そういえばお腹空いちゃった。お昼まだだったね」

 「ああ丁度、展望台の中で食事ができる所があった。そこに行こうか」

 「うん」


 彼は乃愛の気持ちが決まるまで待つと言った。それがいつになるかはわからないけど、きっといつまでも待つつもりだろう。


 これから先、二人でいる時間が増えていくのを想像する。きっとそう遠くない内に決めるのだろうなと、乃愛は思った。


 


 

 


 


 

  

 


 


 


 


 


 

 


 


 

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