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魔術師と私  作者: みゆり
7/8

【7】魔術師ヨルと私


 時は遡る。


 合馬に薬を盛られ眠らされていた木﨑は腹の上に妙な重みを感じ、目を覚ました。そこにいたのは深紅の瞳をした真っ白なウサギ――ディーザがいた。


 この世界に自分と合馬以外、魔術師はいない。その為、特に魔法による攻撃を受ける事はないと敢えて結界をはることはしないでいた。

 

 「ディーザ、お前どうしてここに来た。ノアは?」

 『……キ、キ、…ケ…』


 ユーグのディーザは知能があり言葉を理解する。そして話せない代わりに本体とだけ意志疎通が出来る。


 先程の乃愛と合馬、魔術師ヨルのやり取りが全てディーザを通して映像になり木﨑の脳内に流れてくる。事態を理解した木﨑は飛び起きた。


 「今すぐ彼女を助けに行く。ディーザ、お前も来い!」

 『……』


 ディーザと呼ばれたウサギが木﨑の肩に飛び乗った。すぐに転移魔術が発動し、一人と一匹の姿は消えていった。


◇◇◇



 「き、木﨑さん! ユーグも」

 「危ないから下がってて向坂さん」


 ぼろぼろの状態で倒れたままの合馬とそばに座り込む乃愛を見て状況を理解する。不適に笑うヨルに向き直った。


 「ふふ、やはりその男を使えばお前が来ると思っていました。心配ですよね、数少ない大事なお仲間ですし、……ああそれか彼女の方が大切ですか?」


 「黙れ」


 「全く師匠に向かってそんな口の聞き方をするなんて。昔は大人しく従順な子だったのに、いつからそうなってしまったんでしょう」


 木﨑はヨルの弟子らしい。だが二人の様子を見るに関係は良くないようだ。彼はヨルを睨みつけている。


 「向坂さん、ここは俺に任せて逃げて」

 「木﨑さん」


 木﨑が乃愛を見た。肩にいたウサギが飛び降り、乃愛の所にやって来る。ウサギと一緒に逃げろと言い、木﨑とヨルは乃愛から離れた場所へ魔法の打ち合いをしながら行ってしまった。


 魔法で争う音がどんどん小さくなり、乃愛は呆然としかけた頭を現実に戻し、我に返る。


 「そうだ。合馬さん、しっかりして!」

 「……う、」


 苦しげに呻く合馬の肩を支えて移動し、端の木陰に寄りかかる様に座らせた。蜘蛛から人間の姿に戻っているが、黒い靄がずっと貼り付いたままで取れない。意識がまだ戻らないのはこれも原因ではと思い、乃愛は手で払おうとした。するとそばに着いてきたウサギが脇から合馬の膝に乗った。


 「どうしたの、ユーグ?」

 「……」


 ぺとりと前足で合馬に触れる。靄は体中を蠢き、ユーグの前足に物凄い勢いで吸収されていく。まるで掃除機みたいだと乃愛は目を丸くした。やがて靄は全て体から消え、金髪の青年に戻った。


 けぷ、とウサギが鳴く。お腹が一杯になったようだ。


 「すごい……。でも黒い靄は負の魔力なんだよね?そんなに吸収して平気なの?」

 「……」


 ウサギの返事はない。だが仕事を終えたと満足そうに乃愛のそばに来た。褒めてもらいたいのか、体を擦り寄せ撫でるよう要求してきた。意識が戻った合馬が驚いた様に乃愛達を凝視している。


 「こ、こは。……私は一体、何を――」


 「目が覚めたんですね。良かった。合馬さん、体どこか痛い所はないですか?」


 「……いや特にない。むしろ前より体が軽い。魔力の流れもとても良い」


 ヨルにあれだけ体を焼かれたにも関わらず、彼の皮膚は僅かに赤い擦り傷があるのみだ。ディーザを持つ魔術師は普通の人より体が強いのかもしれない。


 それに原因はわからないが、ユーグのお陰で合馬の持つディーザの影響が無くなった。乃愛は良かったと呟く。

 合馬はウサギのユーグを見つめていた。

 

 「そのディーザが私の魔阻を取り除いてくれたのか?」

 「まそ? 合馬さんに付いていた黒い靄は全部この子が吸収しました」 


 「嘘だろう。そんなことが……私の汚染された魔力を吸収して全く平気とは。あり得ない、一体そのディーザに何が起こっているんだ」


 膝に座るユーグを見下ろし、合馬が戦慄いた。原因を聞かれても自分にはわからない。乃愛がそう答えると彼は少し考えた後、思い出した様にハッと身を強張らせた。


 「まずい! ウィードハイム様は今、どこにいる?」

 「え?」


 逼迫した顔になった合馬が乃愛の肩を掴んだ。


 「早くしないと。ウィードハイム様が危ない」



 防風林だった木々が生い茂る公園一帯は不用意に人が近づかぬよう、特殊な魔術を施してある。本来これは人間を危険から遠ざける目的がある。だが魔術師ヨルが使ったのは、ただ単に人間と関わると煩く面倒臭いからという理由からだった。


 「あそこは世界樹の力で成り立っている地です。ですが世界樹自体を維持する為に魔力の供給が必要となる時期がある。そこでディーザを使うのです」


 ウィードハイムが繰り出す氷の刃を飄々と避け、ヨルは新たな魔法を生み出す。戦闘の最中、ウィードハイムはこれが時間稼ぎなのだと気がついた。


 こちらの魔力が枯渇するのを待っていたのだ。


 「くそっ、」

 「ああ、やっとわかってくれましたか」


 ウィードハイムの魔力はディーザとの戦いでかなり減っていた。そこにきてヨルとの魔法の打ち合いである。圧倒的に魔力が足りない、さらに制御もやっとだ。魔力維持の為、途中から防戦一方になってくる。


 油断無く防御結界を張りつつ進んでくるヨルをウィードハイムが睨んだ。


 「お前とそのディーザをください。共に戻りましょう。そうすればこの世界には干渉しません」


 ヨルは柔らかな笑みを向ける。


 「お前、他の人間のディーザを殺さず、封印して回っているのですね。あれは膨大に魔力を消費するのに……愚かな弟子。命まで削って。それは汚ならしい人間どもの為に使うべきではない。世界樹の為にあるべきです」


 「は、」


 魔力欠乏により膝をついたウィードハイムの頭上へとヨルの声が落ちる。そしてわざとらしく嘆いてみせた。


 「ああ、その身体はかなり魔阻が進行している。もう保たない――可哀想に。だからもうすぐ死にゆくお前を有効活用してあげます」


 さあこちらへと手を伸ばすヨルにウィードハイムは目を閉じた。今もまだ僅かに残る魔力封じの拘束具の痕。昔、彼に保護という名目で監視されていた時に嵌められていたのだ。


 それを思い出し身を震わせる。正直もうこの苦しみに耐えられそうになかった。身体に巣食う魔阻は日に日に増し暴れている。意識を乗っ取られそうになる事もあり、特殊な魔方陣の中で過ごす時もあった。


 この男の誘いは甘美だった。言う通りに大人しく世界樹の餌となれば――きっと楽になれる。


 ウィードハイムは顔を上げた。


 「……本当にお前についていけば、何もかも終わらせてくれるのか」

 

 「ええ勿論、」


 ヨルの言葉にどこか安心する自分がいた。もう出来ることは全てした。

 思い残す事があるとすれば、この世界で再び巡り会えた娘、ノア。ずっと長い間、死んでしまったと思っていた。


 だからもう少しだけ一緒の時を過ごしたかった。でもそれは無理な願い。諦めるべきだ。


 「……わかった。ではディーザと共に」


 「ダメよ。行かせない」


 突然、強い意思を込めた声が後ろから聞こえ、ウィードハイムとヨルが弾けるように振り返った。そこには走ってきたのだろう、息を切らし胸にウサギを抱いた乃愛の姿があった。


 「……ノア!」

 「ダメだよ。絶対、行っちゃだめ。……私、木﨑さんに聞きたいこと山程あるんだから!」


 乃愛の姿に驚いているウィードハイムを少しの怒りを込めて睨む。一方、ヨルはウサギをじっと見つめ、眉を寄せた。


 「ノア、それは……? 何故そのディーザから魔阻が抜けているのですか。――いや、これは違う『浄化』か」


 ウサギを信じられないと驚愕の色で見つめ、ヨルはガタガタと震えだした。これは怒りだ。


 「せ、折角あれほどの時間をかけて闇色に染まらせたのに。貴女のせいで台無しです!世界樹の養分は負の魔力が効果的だったのに!一度ならず二度までも……貴女はどこまで私の邪魔をすれば気が済むのか!」


 ディーザは今や真っ白に染まっている。合馬の魔阻を吸収した後でもそれは変わらなかった。怒りに震え、ヨルの顔は絶望の色に染まる。


 邪魔? 何やらヨルが怒っている。けれど乃愛には何の事を言っているのかさっぱりだ。


 「赤子の頃から膨大な魔力を内に秘めていた。その力を封じ時が満ちた頃、世界樹に捧げようと計画していたのに……貴女がそれを解き放ってしまったせいで台無しです。今もまた時が来たのに、貴女はまた邪魔をする!」


 肩を怒らせ言葉を投げつけたヨルの前方に魔方陣が浮かび上がる。狙いは乃愛だ。そこから巨大な火球が現れ、乃愛に向かってくる。乃愛は少しでも衝撃を避けようと片腕を翳し、目を瞑った。

 

 ピキ……、と何か音が聞こえたような気がし、衝撃が弱まった。花の様な甘い香りと共に現れた薄い膜に包まれ、乃愛に炎は届かない。ヨルの顔色が変わった。


 「! ノア、貴女、何かを……。でもそれはいつまでもつかな」


 さらにヨルが力を込める。火球の熱波で息が苦しい。けれどそれは一瞬で火球は消えていた。


 ふと腕の中にいたウサギがいなくなっている事に気がつき、顔をあげる。瞳の向こうに木﨑の背とその肩に再びウサギのユーグが乗っている。


 「木﨑さん、」

 

 「大丈夫。すぐ終わらせる」


 背を向けたままチラリと木﨑が乃愛を見た。するするとウサギの白い体が木﨑の中に溶けていく。その様子に乃愛は釘付けになった。


 「……嘘、」


 「隠しててごめん」


 木﨑の瞳は深紅に変わっていた。


 彼は申し訳なさそうに眉をさげ、再び前を向くと無数に出した氷の矢をヨルに放った。さらにその後ろに巨大な氷の刃も加えて――


 ヨルが暗く嗤った。


 「は、ディーザが自ら元の体に戻るなどあり得ない。しかも戻って制御が出来るなんて……魔力も前より格段に上がっている……」

 

 思い通りにならず、恐ろしい顔になったヨルがチッと舌打ちする。もう乃愛が知る穏やかだった彼の面影はない。


 「師よ、帰れ」

 

 その一言で充分だった。


 「――それがお前の答えですか」


 互いの前方に再び魔方陣が広がる。だが今度はさらに大きい。同時に二人の魔力がぶつかり、辺りは強烈な光に包まれた――


 


 

 


 


 


 


 


 


 


 


 

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