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魔術師と私  作者: みゆり
5/8

【5】ユーグの覚醒と私


 突然自分の前へ躍り出た影は乃愛のものだった。声を発する間もない、どこからともなく飛んできた光の矢が一斉に彼女の薄い背を貫く。

 この世界に来て約一年。彼女の肩まであった髪は今はもう背まで届く。その髪がみるみるうちに鮮血に染まり広がった。


 「ノア!」


 ぐらりと傾いだ彼女の身体を支え腰を落とす。心臓が早鐘の様に鳴る。


 「……ユー、グ?よ…かった…」

 「っ、ダメだ。喋るな」


 あまりの動揺に俺の声は掠れていた。そうしている間に光の矢がさらに輝きを増し彼女を膜の様に包んでいく。そのまま身体を侵食していった。


 「……な、」

 「――……」


 乃愛は俺にしか聞こえない程か細い声で最後の言葉を呟き、瞬く間に消えていった。重みを失い軽くなった俺の手には小さな深紅の石があった。

 

 いつの間に……?

 

 「これは――石?」

 

 「それはあの娘がこの世界に顕現する為の媒介だったもの。彼女は役目が終わった事で消え、その石が残った」


 力なく呆けている俺の背後に魔術師のローブを纏い長杖を手にした男が佇んでいた。俺の育ての親であり魔術師の師でもあるヨルだ。おそらく転移魔術で戻ってきたのだ。


 「魂のみがここに存在するには、媒介がなければいけない。魔石に宿る事で娘は人と変わらず生活していた。……まぁこの事は本人には秘密でしたが」

 「どういう事だ、石?魂?」


 俺はヨルを見向きもせず、手の中の石をずっと見つめる。深紅の石、そこに矢の跡があり変色していた。


 「それならノアは」

 「死にました。彼女は役目を終えたんです。その矢が何処から放たれたのか知らないが、きっと兵士が放ったんでしょう。石はね命のような物、それを壊されたからには生きていられない」


 「……」


 彼女に対する情など一切感じない。冷徹さを孕んだ声音でヨルは説明する。そうだ、しばらく会っていなかったから忘れていたが、この男はこういう一面を持っている。研究対象や自分に必要なものには興味を示すが、それ以外は全く興味を示さない。むしろ無駄で邪魔なモノだと思っている。俺は不快さに眉をひそめた。


 「これは一体!?」

 「い、今の光は何だ?」


 森の入口からざわざわと兵士や魔術師達が騒ぎだしている。そういえば、と俺は奴らに取り囲まれていた事を思い出し顔を上げた。

 様子をうかがうと奴らは一様に光に包まれ消えた娘に動揺しているようだった。


 同じようにヨルは魔術師達を苦々しい顔で見ている。


 「私も王に騙されたよ。まさかここに討伐隊を送り込む為、私を足止めしようとするなんてね」


 その呟きに俺は体を強張らせた。

 奴らは通称『赤目狩り』と呼ばれる討伐隊だ。

 昔からこの世界では赤い瞳を宿す者は魔王や魔物に連なる闇の力を有していると信じられてきた。エリスティン王国では特にそうで赤目の者は辺境に集落を作り、隠れるように生活していた。


 赤目狩りは嬉々とし赤目を討伐する。その理由は高い報償金がかけられている為だ。


 魔術師のヨルは王国でも変わり者で世界樹の根で俺を拾い、そのまま匿う様に育ててくれた。匿うといっても完璧ではない。勿論、俺の存在を知っている者もいた。

 

 不思議な事に高位魔術師のヨルは王国の中央や貴族達から特別視されており、赤目の弟子の存在は周知されていたが黙認されていた。またそのせいもあってか村の者が詮索する事もなかった。


 それなのに今更になって何故かエリスティン王が

俺に目をつけたらしい。


 話し終わりヨルがふっと笑む。


 「でももうこれで解決だ。これまでよく耐えたねユーグ。こんな所にずっと隠れて……辛かったろう?」

 「え?」


 魔術師ヨルが長杖で地をトンと軽く叩く。魔方陣が浮かび上がった。


 「精神を研ぎ澄ましてごらん。お前にはもうあの娘から受けた祝福がある。魔力制御はもう容易いはずだ」

 「知って、いたのか」


 この男にはお見通しだ。俺は暗い笑みを浮かべているヨルを見た。


 乃愛が俺だけにかけた言葉。あれは俺にとって力ある言葉だった。耳にした瞬間、俺の中の魔力が増幅し操れる感覚になった。手応えというか、魔力と自分が一体になったような感覚だった。


 ヨルの魔方陣によって、俺の手首に嵌められた封じ具がガシャリと地に落ちる。強制的に押さえ込まれていた自分の魔力が元に戻り、一気に体が軽くなる。

 隣でヨルが満足げに瞳を細めていた。


 「私はね、本当は大人しくしていようと思っていたんだよ?でもね、突然よく分からない理由で因縁をつけられてね。城に軟禁されるなんて。……まぁきっとお前を殺すための言い掛かりかなと思ったんだけど。よりによって私を嵌めようとするなんて」


 何て愚かな人間共だろうとヨルは呟く。その表情は暗く歪んでいた。


 自分も同じ人間だろうに、ヨルは時折見えない壁を作り彼らを軽蔑の眼差しでみる。だから見た目は青年に見えるヨルだが実際の所はどうなのだろうと思わせる何かがあった。

 ヨルの声には邪気が混ざっている。


 「ねぇユーグ。奴らが憎くない?たかが瞳の色が違う、魔王の血脈だなんだと、くだらない理由で同胞を滅ぼされて。でも今のお前なら復讐し世を変える事が出来る。やってみないかい?」

 「なっ、何を――」


 『復讐』『世を変える』ヨルが口にした甘美な誘惑に俺は戸惑う。本当にそんなことが可能なのか……?


 しだいに虚ろな瞳になった俺は何かに誘われるように手を前に翳す。そんな俺をみてヨルが笑った。


 「そう、邪魔なものは消してしまおう。全部」

 

 「ああ、そうだ。全……部」


 躊躇いなく俺は魔法で出した火球を兵士達に放つ。火球に気がつき逃走をはかる者も次々と炎で追いかけ囲んでいく。


 ――そうだ。燃やす。必要ないものは消してしまおう。そのまま魔力を注ぎ炎の威力を上げる。そうすれば皆、燃えて……。


 その先の展開を想像し異様な程の高揚感が沸く。


 「!? っ、あつっ」


 けれどもう片方の握っていた手が熱くなって意識がこちらに戻される。熱源は乃愛の媒介だった深紅の石だ。それを俺は知らず握りしめていたらしい。


 「ノア……」


 深紅の石は何かを訴えるように熱い。俺はそれを再び握った。微かだが魔力の残渣を感じて俺は泣きそうになった。


 あの時の彼女の言葉を思い出す。


 俺はすぐに魔法を解除した。


 「師よ、俺には出来ない」



◇◇◇


 「――う」


 息苦しさと熱さに目を開けるとそこは見慣れた自分の寝室だった。最近購入したマンションの一室だ。


 「随分、うなされていた様です。何か悪い夢でも見たのですか?」

 「……」


 体を起こす気配を察知し、合馬が飲み物の入ったカップを運んでくる。嫌な夢、寝覚めの悪い夢はこれまでに何度も見ている。昔からそう、母らしき女に殺されそうになったり、向こうで会った乃愛が俺を庇って傷つき死んでしまったり――


 きっとそれらが悪夢と呼ぶのだろう。お陰で生まれてこの方、熟睡した試しがなかった。


 「ああ、いつもの事だ。気にするな」

 「ですが……」


 むくりと起き上がり合馬の手から取ったカップの中身を飲み干す。ふと思ったが、件の石はどこへいったのか。確か最後に覚えているのは数年前、俺のディーザが発現した時だ。


 あの頃初めて急激に魔力が不安定になり体調が悪化した。パニックになりどうにか魔力を制御する事で頭が一杯になり、他の事を気にする余裕はなかった。当時の記憶は曖昧だ。


 「ところでウィードハイム様の師は今はどこにいらっしゃるんですか?」


 「ん、ああ。あの男はすっと前から北の森に引きこもっている。昔から人間嫌いで魔術研究ばかりしている」

 「そう……ですか」


 曲がりなりにも尊敬すべき魔術の師をあの男呼ばわりするウィードハイムに合馬は僅かに眉をひそめたがまたすぐ元の顔になる。


 エリスティン王国にいる魔術師の数は少ない。年々減少の一途を辿っている為、稀少な存在とされている。強大な魔力を持ち、宮廷魔術師の地位にまで上り詰めたウィードハイムの師であれば尚の事である。


 しかしぞんざいな口振りから察するに彼ら師弟関係は然程良くないのがわかった。


 「北の森というと世界樹のある地ですか?」


 「ああ。あの男は先代の王にされた事が相当気に入らなかった様だ。もう二度と人間の言う事など信じぬと怒っていた」


 ある日、王に呼ばれ城に向かった魔術師ヨルは彼らに身に覚えのない容疑をかけられ、拘束された。そのまま城の地下にある牢に連れていかれたそうだ。


 実は彼の魔法ですぐに牢を破壊し脱出するのは簡単だったが、王や諸侯達の真意を探る為、魔法は使わず大人しくしていた。


 ヨルは王国にとって世界樹に関わる重要な人物で歴代の王達から『永遠を生きる者』と敬われ、秘密裏に伝承される存在だ。


 これら王家とヨルの秘密は以前本人から直接聞かされている。他言無用と教えられたので合馬には明かしていない。


 「あと何故、ウィードハイム様はそれほど迄にあの娘に執着するのですか?」


 魔力を解放し制御できるようになった原因――乃愛。彼女と奇跡的に再会する事ができた。


 赤瞳の者に祝福を与えられる者は殆どいなく貴重な存在。そのため彼女はウィードハイムにとって恩人で敬意をもって接するべき人間だ。


 合馬もまた赤瞳で魔法で瞳の色が周囲に認識出来ないようにしている。ただ片目のみだ。合馬は赤瞳と普通の人間の混血だった。


 一昔前なら赤瞳は魔術師と認められなかったが今は違う。これはウィードハイムが魔術師として覚醒し、その力で隣国との戦争に勝利したからである。


 エリスティン王国は以前より強国バーム帝国の脅威にさらされていた。ウィードハイムはかの王に命じられ、バーム帝国そして他国からの侵略を悉く排除していった。お陰で現在王国は大国の仲間入りを果たしている。


 彼の功績により赤瞳の者の地位は上がり、身分は補償され生活は改善していった。彼らはもう身を隠し暮らさなくても良くなったのだ。さらに高い魔力のある者は教会から祝福を授けられ、正式に魔術師として働けるようにもなった。当時のエリスティン王も退位し現在はその息子が王として国を治めている。今の王は友好的な人物でウィードハイムとも年が近いせいか、よく話す。良き王だ。


 「乃愛嬢に遠慮してディーザを回収出来ないのですか?ですがあのままにしておけばいずれ魔力肥大化、自我が崩壊し周囲に影響が出始めます。……それに貴方の身体も――」


 「わかっている」


 合馬の言う事はもっともだ。ウィードハイムは吐き捨てるように会話を中断する。ディーザは地を腐敗させ獣や人間の精神を闇の力で狂わせていく。


 彼らのエネルギーも好物で喰らう。この間もディーザの封印を試みたが、向こうの魔力があまりにも増しており失敗した。あのままにしておけないので強力な魔導具を使ったが引き換えにこちらの魔力をごっそり持っていかれてしまった。


 ウィードハイムは溜め息を吐いた。


 「あれは彼女に懐いている。やはり彼女に頼んで外に連れ出してもらうか……」


 ディーザを連れ出す目的を話せばきっと乃愛は渋る。それを想像しウィードハイムはこめかみを押さえた。


 「それならば私が乃愛嬢に交渉してみましょうか?」

 「何?」


 ずっと話を聞いていた合馬が珍しく微笑んでいる。怪訝そうな顔をしたウィードハイムに彼は続けた。


 「先日、エリスティンで面白い魔導具を手に入れました。これを使ってディーザを回収します。封印の為に貴方には少しでも魔力を温存しておいて頂かねば困ります。……我々のためにも。だからしばらくの間、休んでいてください」


 待て、と慌てて引き留めようとするも、何故か自分の声がうまく出ていない事にウィードハイムは気づく。先程、飲んだ液体の中に薬が入っていたのだ。しまったと思った時には遅い。


 すぐに強烈な眠気が彼を襲う。視界が閉ざされ抵抗する間もなく、意識は闇に落ちていった。



 


 


 


 


 

 




 

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