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6、一度目の竜谷

――一度目の竜谷は悲惨だった。




 ***




「ヴァス……、大丈夫……?」

「あぁ……。なんとかな」



 浅い呼吸を繰り返すヴァスと二人薄暗い森の中を息を潜めて進んでいく。

 初めての竜谷は、全員で赤線をなんとか乗り切ったものの、白線を超えた瞬間に魔物のランクが格段に上がった。



 始めにダンを失い、ビアンカ、そしてレクスと続く仲間の死を止めることが出来なかった。


 仲間の喪失は初めてではなかったけれど、第一に入ってからの仲間の死は初めてで、学生時代から一緒だった彼らを失うのは、想像を絶するほどの……言葉にできないほどの苦しさしかない。



 自分の力の無さに、涙が止まらなかった。



 それでも、何があっても先に進むようにと遺した仲間の言葉にただ森の奥の竜谷を目指した。



「絶対、一緒に帰るんだからね」

「当たり前だろ…」


 

 右腕と背中に深い傷を負い、浅い呼吸を繰り返すヴァスと一緒に竜谷らしき場所に着くも、それらしい影は見当たらない。

 


 深い崖の切り立った谷は濃い魔素が流れており、言い知れない圧迫感に呼吸も自然と浅くなる。


 いつ、どこからどんな魔物が飛び出してくるかもわからない緊張状況が神経をすり減らし、同時に体力も奪っていった。


 

「本当にここにいるのかな……」

「狩りにでも出かけてる可能性はあるからな……。そもそも話が通じるかも怪しいけどな」

「そうだね、三年前のことを考えると、意思疎通は無理だと考えた方がいいかもしれない」



 歩きながら、二人でしばし視線を合わせた後、小さくため息をつく。


 



 ーーそう。今から三年前、竜が突然王都を襲ったのだ。



 卒業した年、森での実地試験があったあの日の夜。


 シリウスの怪我の具合をみんなで確かめに行った時、突然緊急招集の音が学校の寮に鳴り響いた。


 王国の騎士団や、第一から第五の魔術師団だけでなく、魔術師団学校の上級学生も招集されるほどの異常事態だった。


 王都の周りに五重で張った結界も、すぐにでも突破されるだろうと言われ、しかもその場所が王宮の真上からとの内容で、緊迫した状況の中全員で指定場所まで急いだ。


 シリウスも、白魔術師団の治療を受けてもう動けると言い張り、私たちの制止も聞かず一緒に向かうことになった。


 あの夜の光景は忘れない。



 急いで行った、王宮の一番上の開けたバルコニーから真上を見上げれば、クリーム色に輝く満月に照らされた白銀の竜がいた。

 あまりの美しさに誰もが目を奪われ、『竜』という存在を伝説のように感じていた人々はその荘厳さに言葉を失っていた。


 百年という空白があり、『数年前に王都に戻ってきた』という話しか知らないとしても、今まで王家を、何より王国を守ってきたと伝えられてきた存在が攻撃してくるなど誰も夢にも思わない。


 魔術師全員で強化に当たっていた最後の結界が破られ、誰もが恐怖に慄いた瞬間。

 


『目』が合った気がした。


 

 壊れた結界が、キラキラと頭上から落ちながら解けて消えていく中、竜はぴたりと攻撃を止め、数秒空中で停止した後、背を向けて竜谷に向かって消えていった。


 




ーー「あれは、なんだったんだろうな」

「分かるわけないでしょ」


 二人で三年前の出来事を振り返っていたその瞬間、ゾクリと背中に寒気が走り、鋭利な氷の塊が無数に飛んできた。


「グッ!」

「つっ……!」


 

 慌てて結界を張るも、いくつかの氷が体を掠める。

 致命傷は避けられた……そう思ったのに、攻撃が触れたところから凍りつき、反撃に転じることが出来ない。



 目の前には虎のような顔に、鷲のような体を持つ巨大な魔物がいた。

 もはや全く事前情報のない魔物に、とりあえず攻撃と防御に分かれて連携を取ろうとヴァスを見た。



「ヴァ……」



 そう、ヴァスを見た。





 けれど、そこにあったのはすでに事切れた彼の姿だった。


「ヴァス!」


 悲鳴のような声で彼の名前を呼ぶが当然反応などない。

 その私の感情の動揺を見逃さない魔物からまたしても攻撃が飛んできて、避けきれなかった。


 避けきれないと思った。


『死』がそこには確かにあった。


 けれど痛みを感じたその瞬間、温かい魔力に包まれ、世界が一瞬白く染まる。


「え……?」


 白く光ったと思った瞬間、目の前には倒れた魔物。

 そして私の傷は完全に完治していた。


 何が起こったのかわからない状況だったが、ハッとブローチの存在を思い出し、胸元に視線を向ける。


 シリウスがくれたカレンデュラのブローチ。


 よく見ると、カレンデュラに添えられたサファイアの色が少しくすんでいるように見えた。

 今まではもう少し透き通った少し明るい色だったはずだ。


――ひょっとしたら、ヴァスも助かって……。


 そう僅かな期待を胸にもう一度ヴァスを見るも、彼は先ほどと同じ体勢で、同じ状況でそこにいた。


 ぴくりとも、動かない。


「う……ヴァ、ヴァス……ヴァス、ヴァス……」


 駆け寄って彼のそばに寄るも当然返事は返ってこない。


「嫌だ、ヴァス。ヴァス。……嫌だよ。ヴァス」


 分かっていた。ここがどれだけ危険な場所か。

 王命とはいえ、誰もが命の危険を覚悟してここに来たことも。


 それでも、副師団長として誰も守れないまま、自分だけが今生きていることに押しつぶされそうになり、世界が黒く染まっていく。




「なんだ、珍しい魔術が発動したかと思えば、人間か」




 突然頭上から降ってきた声に顔を上げると、そこにはあの日と同じ銀色に輝く竜がいた。


 

 

 


  

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