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20−4、目覚め

「呪い……? シリウスは関係ないんじゃ……」


「そう。普通は関係ない。じゃが、『呪い』は、あの女が願ったものを全て失うと言ったろう? 命までは奪われないにしても、呪いのせいで核に閉じこもったまま魔術を使い続けるという異常な状態に陥っておる。本来の二度目の竜魔症は二つある魔力を自分の中の魔力をなじませることによって目覚める。この第二王子の魔力だけで見れば、本来二度目の竜魔症に罹っても数ヶ月で目覚めてもおかしくない。じゃが、……結界を張り続けることによって、自分の魔力の消費が激しくそのパワーバランスが一向に取れんということじゃ」


『呪い』


 その強すぎる言葉に恐怖が這い上がる。


「それは……永遠にこのままということですか……?」

「……呪いを解く方法はある。じゃが問題はその呪いを解いた後じゃ。結界を張ることもなく魔力の消費は止まり、通常の二次覚醒の状態に戻るとは思うのじゃが……」


歯切れの悪い言い方に、不安が押し寄せるも、先を促せば、アルズさんは困ったように話を続けた。

 


「それに、二次覚醒も解く方法が無いわけでもないが、強制的なそれは、魔力の喪失の恐れがある。じゃが先ほども言ったように、今の第二王子の状態ではそれが可能かどうかも怪しい」


 アルズ殿はパラパラと手元の本に視線を戻し、眉間に皺を寄せた。


「どういうことですか?」

「第一覚醒の済んだ人間なら、二度目の竜魔症でも体に混在する二つの魔力量にこんなにも圧倒的な差はない。……王子の中にある本人の魔力とオルトゥスの魔力を比べると圧倒的に本人の魔力が少なすぎるんじゃ。このようにパワーバランスを極端に失った状態では、魔力を戻すのに相当の時間がかかるであろう……。何十年、何びゃ……いや、どれくらいかかるか分からん」


 その言葉に血の気が引く。


 今アルズ殿は『何百年』と言おうとした。

 私に気を遣って口を噤んだのか、気まずそうに視線を逸らす。


「何か、前例は無いんですか?」


「ある。昔、遥か東の国の一族にこの王子と似たような症状の人間がおったらしいが、本人の魔力を増大させる『神器』を使ったそうじゃ。じゃが、その神器も一族も……今はもう失われたもので、今はそういった神器や魔道具があるという話も聞いたことはない。……可能性の話をするならばゼロに近い。どちらにしても早々に呪いを解いて、魔力の流出を止めるのが先じゃ」


 

 けれど、過去には前例があったのだ。

 方法がないわけではない。


 そう思った瞬間。 


「分かりました」


 冷静な声がすぐ横から聞こえて、そちらを見れば、そこには何の感情もないシリウスの表情があった。


 困惑するでもない。

 悲しむでもない。


 その事実を受け入れたような目に、胸の奥に暗くひんやりとしたものが広がる。

 

 今、彼は『何』を諦めた?


「呪いは解かなくて結構です」

「……ぇ?」


 淡々としたその言葉と表情に目を見張った。


 

「アリア。俺は自分の体に戻るから。最後にきちんと話せて良かった」

「は……?」

「デュオスに体を返さなきゃな」


 ゆっくりと私に伸ばした彼の手が、触れる寸前で手が止まる。


 何を言っているのか理解が追いつかない。


 彼は今『最後』と言った。


「双子たちに挨拶して来るから、ちょっと行ってくるよ」


 朝の挨拶でもするかのような口調で部屋を足早に出て行ったシリウスの後を追いかけてシャツの裾を思わず掴む。


 ひんやりとした廊下が、嫌に寒く感じた。


「ねぇ、待ってよ」

「アリア、シャツが伸びるよ」

「私が新しいの買うから気にしないで」

「そういうことを言ってるんじゃないよ」

「私もそういう話がしたいんじゃないわ」


 ため息をついて足を止めたシリウスがこちらを向き直す。


「アリア……」

「何が『分かりました』なの?」

「アリアが生きているうちに目覚めないだろうってことだよ。でも双子には会えるかもしれないな」

「それでそんな平然としてるの⁉︎ 減った魔力を取り戻す方法とか探そうって思わないの⁉︎ 諦め……!」

 

 不意に手首を掴まれて壁に押さえつけられる。


 シリウスの腕に閉じ込められるように挟まれて、顔を上げれば、苦しそうな彼の表情がそこにあった。


「平気な訳ないだろう? 何のために……竜谷に行ったと思ってる」

「シリウス……」


 レリア王女のことも、自分が核に閉じこもっている状況のためでもあったろう。

 

 でも、自惚れでなければ、彼が竜谷に来たのはそれだけではない。

 私を探しに来てくれていたことぐらい、当然分かっている。

 

「……でも諦める以外どうしろって言うんだ」


喉の奥から絞り出された声に、彼の絶望が滲み、鼻の奥がつんと痛む。

それでも、可能性はゼロでは無い。


「どうもこうも、呪いを解いて、魔力の消費を抑え……」

「呪いを解いて、俺が眠ったままでアリアはどうするんだ?」

「もちろん、あなたの失った魔力を埋める方法を探すのよ」


 そう答えれば、シリウスがハッと小さく笑った。


「呪いが解ければ、俺は結界を張る力が無くなる。その結界が消えた瞬間、ずっと様子見だった諸外国がチャンスとばかりに攻めてくるだろう。今は第一は誰一人いない。ローゼリア=レイルズが突然消えたことはどこの国も気づいている。レオナルド兄上と……デュオスだけに任せるわけにはいかない」

「私が第一に戻って王都を守るわ。大丈夫。双子たちとたくさん訓練してるからあなたの知る私よりも随分と強いのよ」

「だからだ……」


 シリウスを安心させようと、得意げに言った私の言葉に彼は余計に顔を歪ませて笑った。


「だからって……何がよ?」

「そうやって、お前が前線に出るからダメなんだ」

「何……っ」


 何がダメなのか分からず抗議しようとしたものの、私の手首を握ったシリウスの手に力が籠る。

 それでも、手首が痛く無いのは、彼が自分をなんとか律しようとしているからだろう。


「寝ている俺ではお前を守れない。この七年、俺が裏切ったと思って傷つけてきたのに、今度はお前を前線で戦わせて……傷つくのを知って、俺は安全な核の中で……ただ寝ていろと?」

「大袈裟……よ……」


 

 こちらを見る青い瞳に宿る昏い光が、私に言葉を失わせる。


 そっと伸ばした彼の掌が、私の右の脇腹に触れた。



「何っ……」


 びくりとして目を見開けば、彼は昏い瞳のまま唇を噛み締める。

 ヒェメルに刺された場所だと気付いたのは、一拍置いてから。

 

「俺はお前を傷つけた人間を……公爵を許さない。父上も、許さない。誰であろうとだ」


 暗い青の瞳が、怒りで揺れていた。

 触れれば火傷ではすまないほどの青い炎。


「シ……」

「それが自分自身であっても」


 ゆっくりと伸びた指先が私の頬に触れた。

 ひとつ、涙が溢れる。

 

 

「アリア、王都を出るんだ。ここにいてもお前を幸せに……何もしてやれない」

「……バカ言わないで」

「お前が幸せになるのを祈ってる。それだけ……それだけが俺の願いだ」

「やめて……」


 それ以上言わないで。

 

「お前が……それに苦しむくらいなら……アマルに俺の記憶を消してもらうってのも……いいんじゃないかな」


 その残酷で決定的な言葉に胸が苦しくなる。


 あなたとの記憶を全て消せと。

 そう言っているのか。


 無かったことにしろと。


「残酷すぎるわ……」


 歯を食いしばって、こぼれた言葉にシリウスが苦しそうに眉間に皺を寄せた。


 

「……愛してる」

 


 ――それを、今言うのか。

 この状況で。


 滲む視界に目の前にある深いブルーの瞳が揺れている。

 私が見たいのは青空のような澄んだ青い瞳だ。


 本当の貴方に会いたい。

 触れたい。


 貴方は待つことすらもさせてくれないのか。

 

「でも、私を捨てるんでしょう? 忘れろと。国を離れて、別の男と幸せになれと」

「っ……アリア。頼む。聞き分けてくれ……。ここにいては……何もしてやれない俺の側にいてはダメだ。危険な目に遭わせたい訳じゃない」

「バカにしてるわ」


 睨みつけるも、シリウスはそのままゆっくりと壁に縫い付けていた私の手を解き、そっと手を離した。



「……ちょっと、一人にさせてくれ」

「シリウス。……待ってよ」


 声をかけるも、彼はこちらを見ることなく廊下を進んでいく。


「……行かないでよ……」

 

 去っていく彼を今度は追うことができなかった。

 目の前を、シリウスを追ってヴァスが通り過ぎて行く。


 体が重く、足も動かず、壁にもたれたまま床にへたり込んだ。

 心配そうにレクスがこちらにやってきて声をかけた。



「アリア。……大丈夫?」

「大丈夫。……『二度目』だもん」


 そうぼんやりと床を見つめながら返事をするも、涙が溢れて止まらない。


「アリ……」

「レクス、私が側にいるわ」


 懐かしいその声に、呼吸が止まる。


 見上げれば、炎のような髪に、蠱惑的な女性が立っていた。

 過去の彼女とは少し異なる服装のそれは、魔術師というよりも、異国の上品な貴婦人といった感じだ。


「ビアン……カ」

「また泣いてるの? ほら、お姉さんに話してごらん」


 当時よりも、より綺麗になったビアンカがあの頃と同じ口調で、あの時の様に言った。


「ビアンカ……、ビアンカ……」


 第一魔術師団の中でも、誰よりも私を甘やかしてくれ、常に姉のように頼っていた彼女の姿に涙腺がさらに決壊する。

 

 目の前で優しく微笑んだビアンカに勢いよく抱きつけば、彼女が優しく抱きとめてくれ、よしよしと頭を撫でられた。


「ビアンカ……、シ……シリウスが……」

「うん。大丈夫。大丈夫よ……」

 

 その優しい手と暖かさ、そして懐かしい柔らかな声に、ボロボロの心は悲鳴をあげる。


 

 どうして、こうも全てがうまく行かないのか。



 ――私は彼女にしがみつく様にして声を上げて泣いた。

 


 

ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。


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