18−5、あの日の真実
遅くなって申し訳ありません。
明日も更新予定です。
祝賀会場の前の扉に立てば、双子は華やかな揃いの衣装を着て、ワクワクと期待に満ちた表情を浮かべている。
呼ばれるまで入場を待つように言われ、今か今かと子ども達は大きなドアが開かれるのを待ち侘びていた。
扉の向こう側ではたくさんの人の気配がし、一体どれだけの人が集まっているのかと考えるだけでも恐ろしい。
自分の部屋から見えたリントヴルム城に入城する馬車の中には、外国からも多くの招待客が来ているようだ。
レオナルド殿下とデュオス殿下、レリア王女も一緒に待っており、レリア王女とエルピスは嬉しそうに祝賀会はどんなものかと会話をしていて、私の隣にいたアマルはデュオスに『器の入れ替え』についての話をしていた。
「デュオスも器の入れ替えが出来るんだね。ちょっと戻ったりできないの? 僕本物のデュオスと話してみたいな」
オルトゥスが双子達にシリウスとデュオス殿下が器を入れ替えていることをぽろりとこぼしたものだから、アマルが興味を持ったようだ。
「そうだな。自分の器に戻るのは簡単だけど、この術は一度しか出来ないって書いてあったから、戻るともう『俺』が動けないからね。アマル達は簡単にできるのか?」
「え? うん。特に何も魔法とか無いし。入れ替えようってお互いが思えばいつでも出来る感じだよ?」
「なるほど。血の薄くなった俺たちとは違うんだろうな」
「ふーん。面倒臭いんだね。デュオスのことなんて呼んだらいい? 『シリウス』?」
そんな話をする彼らを見ながら、完全に『シリウス』を出しているなと痛感する。
「そうだな、これは王家の秘密の一つだし、俺たちが入れ替わってるのは父上も知らないから、会場内では変わらず『デュオス』って呼んでもらえれば助かる」
「分かった」
「アリア……もそうしてくれると助かる」
「もちろんです。『デュオス殿下』」
そう返事をしながらも、今更だがなぜ陛下は二人が入れ替わったのを知らないのだろうかと、疑問が浮かぶ。
何となく陛下とシリウスは馬が合わないと思っていたけれど……特にシリウスが反発しているように見えていた。
まぁ、家族の仲がよろしくないのは、各家庭それぞれで、私こそ人にどうこう言えるような親子関係を築いてはいない。
「で、レオナルドとやら。アリアーナの『姉』は来るのか?」
ぼんやりと家族のことを考えていた先に、オルトゥスがレオナルド殿下に姉のことを問いかけて、自然と体が硬直した。
「公爵から同行しているという連絡をもらっています」
「ほう……」
実に楽しそうに笑ったオルトゥスだが、私の心は不安と焦燥感で楽しいことなど何ひとつない。
『怖い』。そう表すのが相応しいほどに。
その時、扉の向こうから大きな歓声が聞こえた。
「それでは、今夜の主役、レリア=リントヴルム王女。そして我が国を守護して下さる竜の一族の方々です」
場内に響くファンファーレと共に目の前の扉が開き、多くの人の視線が注がれる中、レリア王女の入場した後についてホールに入っていく。
煌びやかな会場には、国中の貴族が集まったのではないかと思うほどに多くの人で溢れていた。
オルトゥスと双子を見る人々は羨望の眼差しを向けているが、その中にあざ笑うかのような視線が混じっていたのは私に向けてだろう。
「ねぇ、本当にアリアーナ嬢ですわ」
「竜の番という噂を聞きましたけど、あんなのが選ばれるなんて……」
ヒソヒソとそんな言葉が聞こえてくるも、ただ前を見て真っ直ぐ進む。
けれど、視界の端に白魔術師団の衣装がチラつけば、どうしても意識がそちらに行った。
姉がどこにいるのかと無意識に探してしまい、白魔術師団の衣装に過剰に反応してしまう自分に呆れてしまう。
父は高位白魔術師に何かしら楽しそうに声をかけ、壁際の椅子には、アルバルト=フレイルもいて、高齢の白魔術師の女性にワインを渡し、明らかに入団したばかりの新人達に何かしら指示を飛ばしていた。
白魔術師団全員が参加しているのではないかと思うほどに多くの師団員が参加しているようだ。
そんな中真っ直ぐ進んで行けば、国王夫妻は玉座の置いてある壇上から降りて、恭しくオルトゥスを迎えた。
「この度は、娘に竜の祝福をいただき、誠にありがとうございました。あちらにお礼の品々を……」
「良い。そなたの娘を助けたのは娘であって我ではない。それに堅苦しいのは好かん。ところで『例の娘』はどこだ? 聞いた話では、『綺麗で、優秀で、素敵な人』……あぁ、『優しくて、完璧な人』とも聞いていてな、楽しみでならんのだ」
それは、以前私が出会った当初オルトゥスに言った言葉だ。
「それはもちろん後でご紹介いたします。現在別室にて休んでおるそうですので……。是非とも祝賀会をお楽しみいただいてから……」
まだ祝賀会も始まっていないのに、休んでいるということは、やはり体調が優れないのだろう。
「そうか、では子ども達も祝賀会とやらを楽しみたいようなので、自由にしていいか?」
「あ、も、もちろんで御座います。どうぞお楽しみ下さい」
陛下が慌てたようにさっと侍従に視線をやり、陛下の舞踏会の開始の言葉を告げれば、音楽が鳴り始めた。
「さて。酒はどこぞ?」
「あちらにご用意しておりますよ。ご案内致します」
オルトゥスの自由さにレオナルド殿下はクスリと笑いながら、案内をする。
双子もレリア王女と手を繋ぎ、オルトゥスの後をついて用意された軽食コーナーに向かって行った。
その動きに合わせて、人の波も移動していく。
残された私はといえば、大半の人がオルトゥス達の動向を見守る中、まばらに散った人たちから視線を感じた。
居た堪れない視線に、居心地悪く思っていると、ふと手を取られる。
「アリア。ここは空気が良くないので、あちらに行きましょう」
「……ありがとうございます。『デュオス殿下』」
彼に案内されるがまま、部屋の端にある椅子に腰掛け、彼はそのまま壁にもたれ掛かっていた。
数人の人間が一定の距離を持ってこちらを興味深そうに見ているが、こちらの声が聞こえる距離ではない。
中途半端な距離感はどう行動すべきか迷っていると言ってもいい。
そんな彼らをよそに、目の前の綺麗な横顔をじっと見上げれば、『何?』と言いたそうな笑顔を向けられた。
「いえ、何も……」
そう小さく零して、フロアに視線をやれば、すでにいくつかのカップルがダンスを踊っており、魔術師団学校での二年生の学期末に行われたダンスパーティーが脳裏を過ぎる。
一応マナーとしてのダンスは習っていたが、あの時は講師ではない相手と踊ることも初めてだったし、何よりパートナーがシリウスだったため、緊張で会場に入るなりガッチガチだった。
シリウスに贈られたドレスの着付けもメイクもビアンカが手伝ってくれたものの、普段着慣れないドレスなど動きにくいことこの上なく、何度裾を踏んだか分からない。
けれど、それよりもシリウスの楽しそうで、嬉しそうな表情と、近くに感じた彼の体温だけでドキドキして、夢見心地のまま一日が終わったのを覚えている。
「そのドレスは、レベッカ嬢から?」
不意に声をかけられて、顔を上げれば、自分のドレスに視線が注がれていた。
「え? ええ。私は流行りのドレスなんて分からないので、『浮かず目立たず、溶け込めるものを』とお願いしたら、こちらを用意してくださって」
上品な淡いブルーのドレスが用意されていた時は思わず息を呑んだ。
あのダンスパーティーの時に着たドレスと同じ色に、少し雰囲気の似たデザインは、着るのを思わず躊躇ったほどだ。
「とてもお似合いですよ」
そう優しく微笑んだ彼に「ありがとうございます」と言いながらも、胸が締め付けられる。
あぁ……本当に。
どうして気づかなかったのか。
『兄に似ている』ではない。
壁に凭れる様も、仕草の一つ一つも本人ではないか。
「……何か飲み物を取ってきましょうか」
「ありがとう。ここもちょっと居心地悪いから、テラスに出ててもいいですか?」
「分かりました。すぐにそっちに行きます」
足早に飲み物を取りに行った彼を見送り、人気のなさそうな奥のテラスを目指して進んで行く。
テラスはそのまま庭に繋がっているので、殿下が来たら散歩をしつつ時間が過ぎるのを待つのが良いだろう。
ドアの隙間から双子達とレリア王女の様子がちょうど視界に入り、なんとも美味しそうな肉料理をお皿に盛りつけているようだった。
三人が三人気に入った料理をそれぞれ勧めている様で、その微笑ましい姿も今日限りかと思えば、こちらが寂しくなった。
その時、双子に近づいていく父親の姿が視界に入る。
オルトゥスは酒の味比べをしているのか、レオナルド殿下と談笑していた。
双子達はあの祭の日のことを覚えているのか、父を相手にしていないようだ。
いくら父でもこんなところで変な騒ぎを起こすようなことはしないであろうが、それでも心配で双子の元に行こうとテラスからフロアに入ろうとしたところで女性とぶつかった。
「あっ、ごめんなさい。大丈夫ですか?」
「いえ、こちらこそ、前を見ていなくて……」
白魔術師団のローブを着ている白髪の女性は先ほどアルバルト=フレイルと一緒にいた女性だ。
年は八十代ぐらいだろうか。
知らない女性だが、高位ローブを纏っているので、父に次ぐぐらいの地位にあるのだろう。
杖を突いて歩いているが、こんな高齢女性まで引っ張り出して来たのかと父の見栄っ張りに苛立ちが募った。
「先ほどアルバルト=フレイル様とご一緒にいらした方ですよね。彼を探してきましょうか?」
「いいえ。大丈夫……ですよ」
寒いのだろうか、体が震えているようにも見える。
唇も色がないほど血の気が引いており、骨ばった指も驚くほど白かった。
「あの……」
「あ、ママ見つけたー! 美味しいお肉があって……ね……」
「おかぁさんのも取って……き……た……」
テラスに駆け込んできた双子が、お肉の載ったお皿をこちらに差し出したまま固まった。
どうやら父を相手にせず振り切って来たようだ。
「二人ともありがとう。ちょっと私この方を中に……アマル? エルピス?」
私の隣にいた女性に視線が釘付けになったまま、固まった二人の様子がおかしいことに気づく。
その後ろから、デュオス殿下が、グラスを二つ持ったままこちらに歩いてきた。
「どうした? 二人とも。……⁉︎」
殿下がそう声をかけた瞬間、何かを察知した殿下は持っていたグラスを離して咄嗟に魔術を展開し、落ちるグラスよりも早く、私も瞬時に『結界』を展開した。
「「ぁ……ぁあああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」」
耳を劈く悲鳴のような双子の声が響き渡り、信じられないほどの魔力が暴発した。
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。
面白い、続きが気になると思って頂けたら、励みになりますので、ブックマーク、下の★★★★★評価で応援していただけたら嬉しいです。




