18−4、あの日の真実(レイルズ公爵)
アリアの父視点です。
次回更新は明日20時ごろです。
白魔術師団の奥の更に奥の建物の中にある小さな部屋。
近くには誰の気配もない。
それもそのはずで、この建物自体に入れるのは限られた高位白魔術師のみで、奥の部屋に入るには白魔術師団総裁である自分の許可が必要だ。
「入るぞ」
小さく告げて、軋むドアを開ければ、カビ臭い匂いが充満していた。
窓一つないその部屋は、小さく揺れるランプの灯りが唯一の光だ。
この部屋では昼も夜も分からず、配膳される三食の食事だけが一日のリズムを知る手掛かり。
部屋の端にあるベッドで何かが動く気配がするが、なんの返事もない。
「今夜のレリア王女の祝賀会にお前を呼べと『竜』が望んだそうだ」
用件を端的に言えば、ベッドの上にいた『娘』がガバリと起き上がった。
「竜……?」
「そうだ。竜谷に住む白竜だ。お前も見たであろう? 十年前のあの夜に。その竜が王都に来ておるのだ」
あの日の白銀に輝く竜は息を呑むほどに美しかった。
それと同時に『敵わない』と本能で感じた圧倒的な差。
「それよりも……アリアが帰ってきていると聞きましたが……本当ですか?」
「ああ。アルバルトから聞いたのか。帰ってきておるが、中々面白いことになっておったぞ? あの出来損ないが、竜の子を産み、更には何とかなり上級な白魔術が使えるようになっておった。レベッカ王太子妃に匹敵するのではと思うほどにな……」
「白魔術を……?」
掠れた声のローゼリアに近づき、ベッドのそばにあった椅子に座った。
「だがお前には敵わぬよ、ローゼリア」
「……」
俯いたまま黙った娘に持ってきた衣装箱を渡す。
「お前が来ることが『竜』が祝賀会に参加する条件だそうだ。竜には何としても参加してもらわねばならん。陛下の威光を示すためにも」
「お父様もご存知でしょう? 私は……行けません!」
「だが、お前が来なければ竜は来ない。儂は陛下の魔力の解放をするよう竜を説得させねばならん。陛下が魔力を解放すれば、王太子にも魔力で劣る事は無い。陛下に恩を売っておけば、レイルズ家も今後も権威を保てるだろう」
そうベッドに座ったままの娘に言えば、躊躇うように唇を噛み締めた。
「それから、もしもお前が病気で来られないのであれば、『治療』もしてやると、竜が言ったそうだ」
「……っ」
小さく息を呑んだ娘の反応に思わず口角が上がった。
「この七年。お前だって辛かったであろう? それが今夜終わるのだ」
「やっと……」
小さくこぼしたローゼリアの瞳に、かつての光が戻ってきた。
この七年。本当に儂にとってもレイルズ家にとっても地獄のような日々だった。
ローゼリアが表舞台から消え、何の功績も上げられなくなれば、わしの権威も落ちていくことは早かった。
陰で囁かれていた儂への侮辱の声が大きくなり、あからさまに聞こえるようになるのはそう時間はかからなかった。
そんな中、白魔術師団の総裁という立場にしがみついているのがどれだけ大変だったか。
一度トップの座から落ちてしまえば、上がってくるのは難しくなる。
レオナルド殿下が王位を継げば、すぐにでも儂のこの地位は剥奪されてしまうだろう。
ただでさえ、最近のレオナルド殿下とデュオス王子がレイルズ家の『過去』を探しているようで、それを隠すのに必死だ。
大丈夫。
大丈夫だ。
証拠は消した。
誰もわしをここから引き摺り下ろすことは出来ない。
だからこそ、陛下にもまだまだ王座にいてもらわねば。
「儂も祝賀会の準備をせねばいかん。また使いをやる」
そう言って、ローゼリアの部屋から外に足を踏み出した。
部屋を出てしばらく歩いていると、アルバルト=フレイルに声をかけられる。
「どうされたのですか?」
「ローゼに今日のレリア王女の祝賀会に来るように言ってきた」
「しかし、ローゼリア様は……」
昔からローゼに心酔しているアルバルトは、反対と言わんばかりの声を上げた。
「心配するな。竜が治療してくれるそうだ」
「! 本当ですか⁉︎」
パッと顔を明るくさせたアルバルトに笑顔で深く頷く。
「ローゼリアがあの頃のように……元気になれば、ひょっとしたら竜はアリアーナを捨ててローゼを選ぶ可能性だってあるのだ。所詮アリアーナだ。この機会を逃すわけにはいかない」
そうだ、ローゼリアはこの国で最も美しく、最も素晴らしい聖女と呼ばれた娘だ。
レイルズ家の誇り。
このまま白魔術師団の薄暗いこんな部屋で終わらせはしない。
そのために、今までどれだけの布石を打ってきたか分からない。
ローゼリアとシリウス王子を結婚させようと思っていたものの、魔物襲撃事件のせいで、何も上手くいかなかった。
ローゼリアは引きこもり、シリウス王子は寝たきり。
それを嘲笑うかのような貴族達も気に入らん。
「……アルバルトよ。白魔術師団全員に出席するよう声をかけてこい」
「全員でございますか……」
「そうだ。白魔術師団の古株のジジババ共もな。儂を引き摺り下ろそうとしておった奴らに目にもの見せてやる……儂はまだ終わってなどないとな。むしろこれからだ……」
そう、七年前まで白魔術師団の総裁という絶対的な権威を誇っていたはずなのに、ローゼリアが引きこもり、功績を上げられない『レイルズ家』を軽んじた奴らに目にもの見せてやらねば。
儂を総裁の座から降ろそうという輩を粛清する日も近いだろう。
誰のおかげで今まで甘い汁を吸っていたのやら。
そう憎々しく思いながらも、口角が上がるのを止められない。
「楽しそうでございますね……」
「楽しいに決まっておろう? あの竜は簡単に落とせる。ありったけの上級の酒を用意してこい。金はいくらかかってもかまわん」
そうアルバルトに命令すれば、首を傾げて困惑した表情を浮かべた。
「酒……でございますか?」
「そうだ、酒だ。あの竜は酒に目がないらしい。興味ないと言った祝賀会に、『酒』一つで出ることを決めたぐらいだ。魔力はバカほどに強大かもしれんが、頭は空っぽだ。所詮人間社会でのやり取りなど知らぬであろう。簡単に手懐けて見せるわい」
あぁ、笑いが止まらない。
アリアーナが落とせる程度だ。
珍しい酒一つで願いを叶えてくれるかもしれぬ。
何なら、儂にも竜の血は流れているのだから、『竜の祝福』が貰える可能性だってある。
「しかもアリアは、竜の番だそうだぞ。子どもまで産んでおる。ここを去った時と変わらん容姿で、まるで子どもが子どもを産んだようにしか見えん。落ちこぼれに子育てなどさせては碌な子には育たぬ。わしがあの優秀な『孫』達を育ててやろうではないか」
あぁ、なんと愉快か。
使い物にならぬと思った娘が、あんな宝物を引き連れて帰ってくるとは。
未来永劫レイルズ家は栄光の光を浴び続けるに違いない。
アリアにヒェメルを送った時は誰も帰ってこず、失敗かと口惜しく思っていたが、結果として『竜』という宝を生んだのはアリアの人生の中で唯一レイルズ家に貢献した案件だ。
「ですが、アリアーナ嬢が帰ってきたということは、あの日の全てを彼女に知られるのでは……」
「安心しろ。シリウス殿下は眠ったままだし、当時あの現場にいた王子の側近もメイドも帰郷と見せかけて処分している。誰も真実は知らん。王子二人はシリウスとローゼの婚約の話に懐疑的だったが、所詮憶測に過ぎん。陛下の魔力が解放されればあの王太子は処分しても良かろう」
そうだ、あの時の出来事を知っているのは限られた人間だけ。
今夜、この辛かった日々に、……屈辱にまみれた七年に幕が降りるーー。
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。
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