表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/65

3−2、魔術師団学校

***


 それから数日後の実地試験。


 場所は竜の住んでいるという竜谷の手前の森で行われる事となった。


 この森は奥の谷に近づくほど強力な魔物が多く、ほぼ未踏の地だ。


 立入禁止区域には、奥にいる強力な魔物が出てこられないよう木の幹に『赤線』と呼ばれる結界が張られ、更に奥には『白線』と呼ばれる結界が張られている。



 赤線内の魔物の方が白線内の魔物に比べてランクが下なのだが、正直一般の生徒一人ではどうにもならないレベルの魔物も多い。

 

 今回の実地試験は個人戦なので、討伐のしやすい魔物が多い赤線手前の区域で行われる事となった。


 そもそも赤線手前の場所も普段は一般人も立入禁止区域で、討伐などの時のみしか立ち入ることを許されていないが、魔術師団学園が定期的な討伐をすることにより、森の外への被害を抑える意味合いもある。

 


 

「アリア、お前最近シリウスと一緒にいないけど、喧嘩でもしたのか? なんかシリウスがすっげー機嫌悪りぃんだけど」

「え⁉︎」

 


 実地試験の準備のため、森の手前で錫杖や防具の点検をしていた時に、横からかけられたヴァスの言葉にびくりとして、思った以上の声の大きさに自分でも驚く。

 


「いや、『え⁉︎』じゃなくてよ。……まさか、とうとうシリウスに告白でもされたか?」

「……‼︎」

「え、やだ。本当? アリア⁉︎」



 どこからか湧いた興奮したビアンカと、ヴァスの的中ど真ん中な発言に驚いて声も出ず、パクパクと魚のように口を開けたり閉じたりしながら彼らを見た。



「マジか。やっと言ったか」

「……え? やっと……って」

「気づいてないのはお前だけだよ」



 ヴァスの言葉に目を見開くと、横から実に楽しそうなビアンカの声が上がる。


 

「やだ! シリウスってば、やっとアリアに言ったの? そばで見てるこっちがモダモダしちゃって、もう……『もう〜!』って感じだったのよ」

「ビアンカも知ってたの⁉︎」



 そんなに周りから見たらあからさまだったのかと考えるが、全く『どれ』があからさまだったのか分からない。



 思い当たる節は、ゼロ。

 

 

「やぁね。当たり前じゃない。気づかない人間なんていないわよ」

「……」

「あ、いたわね。ここに」

「でも、だって……シリウス意地悪だし……」



 私の戸惑いの声に、呆れたようにビアンカがため息をつく。


 

「だけど、困ったときは助けてくれるでしょう?」

「それは妹みたいなもので……」

 


 思わずそう答えると、ヴァスもビアンカも更に大きなため息をつく。


 

「あいつに妹はいないし、そもそも女に優しくしてるのを見たことすらねぇよ」

「ホントよ! シリウスってば、こんなに綺麗で可愛い、わがままバディーなあたしすら素通りする男よ!」

「いや、ビアンカ。お前は性格に難ありだからな」

「ヴァス。貴方の『それ』使い物にならなくして欲しいのかしら?」

「そういうとこだよ!」



 私を会話の置いてきぼりにしてヴァスとビアンカが何か物騒なことを言っているが、周囲からそんな目で見られていたことに赤面を止められない。



「あ、シリウス」

 


 ヴァスの声にハッとして慌ててビアンカの後ろに隠れてしまった。


 彼女の背後からヴァス達の視線の先を追うと、集合場所の入り口に入ってきたシリウスとバッチリ視線が絡み、シリウスの表情が一瞬にして苛立ちに変わった。

 

「あーぁ。怒らせちゃったわね。逃げるからよ」


「俺は知〜らね。ほら、悪魔の笑みの奥に怒りを貼り付けたシリウスがこっちきてるぞ。ってオイ! 俺の後ろに隠れんなよ。とばっちり喰らうだろ」



 ヴァスを引っ張って完全に自分の姿を隠そうとするも、ため息まじりに言われたビアンカとヴァスの言葉に「ひどい!」と抗議の声を上げる。




 ズンズンとこちらに迫ってくるシリウスに「ちょっと、トイレ!」と言って、私はビアンカ達を置いてその場を離れ、実地試験の時間まで身を潜めていた。



  


ーーのに……。


「で? なんでお前は俺を避けるわけ?」


実地訓練に入った瞬間、秒でシリウスに捕まった。

 

 

「……」

「そんな露骨に避けられると、それなりに傷つくんだけど?」


 

 私的に最高精度の隠密魔法を試験のよーいドンと同時に使ったはずなのに、早々にバレてしまうとは……。というか、シリウスのこの不遜な態度に、『傷つく』という言葉が彼ほど相応しくない人がいるだろうか。



「だって……。シリウスがいきなりあんなこと言うから」

「じゃあ、どう言えばよかったわけ? いきなりじゃ無いってどんな風に言うの? 匂わせてもお前気づかなかったじゃん」

「匂……っ⁉︎」

「だって、あいつらは気づいてただろ?」



 そう言って、シリウスが親指で後方を指差した先にはビアンカ達がニヤニヤとコチラを見て立っていた。



 確かに彼らは気づいていたと言ったけれど、私が気づかなかったのは決して鈍いから……ではないはずだ。

 だって、本当にそんな素振りは……。


「お前、自分のこと鈍くないと思ってるかもしれねーけど、他人の感情には聡くても、『自分に向けられた』好意的な感情にはとことん鈍いからな」



 半目の呆れたような目で言ったシリウスの言葉に、なぜ自分の考えが読まれたのかと目を見開いた。



「と、とにかく。私には今恋にうつつを抜かしている暇なんてないのよ。だから、悪……悪いけど。聞かなかった事に……」

「人の気持ちをなかったことにはするなよ」



 青い瞳にほのかな怒りを宿したシリウスの目に、思わずたじろぐ。

 彼のこんな目を見たことはない。



 彼は、『返事は急がない』と言っていたのだ。

 

 待ってくれると言ったのに、断る理由が自分が恥ずかしいからと、言い訳を並び立てて『聞かなかったことに』とは失礼極まりないことだと、自分の幼稚さが恥ずかしくも、情けなかった。



 


「……ごめんなさい」


「……ま、いいよ。それだけ意識してくれてるってことだろ」

「え⁉︎ 意識⁉︎」

「こっちは言っちまった側だし。取り消さないからな?」



 その、挑むような視線にごくりと自分の喉が鳴る。


 こんな感情も、シリウスも見慣れなくて、どうしても戸惑ってしまった。



 この感情の全てが、あの図書館での出来事が起きる前に戻れたらいいのにと願ってしまうほどに。

 心の奥に渦巻く感情が、浮き足立っているのが分かる。

 



「とりあえず、今回の実地試験は個人戦だ。俺が勝ったら、その避ける態度を改めろよ」

「じゃ、じゃあ……、私が勝ったら……」

「……何だ?」

「……」


 そこまで言って、特に欲しいものの無かった自分にはたと気づく。


「何だよ?」

「……」


『迫ってくるな』も違う。

『放っておけ』も違う。

 

「貸し……ということで……?」



 困ったようにいうと、シリウスがハッと笑った。



「はは! 何だそれ。ま、分かった。じゃあお前が勝ったら貸しな」

 


 くしゃくしゃっと頭を撫でられ、シリウスは反対方向に向かっていく。

 

「くれぐれも赤線の向こう側には行くなよ」

「分かってるわよ!」



『赤線』は別名、血の結界、『白線』は死の結界と呼ばれている。

 赤線の向こう側は、今回の実地試験では足を踏み入れるだけでペナルティをくらう。

 


「お前はすぐ突っ走るから言ってんだよ」



 そう笑って彼は私の頭を小突きながら、獲物を狩るべく森の中に向かって行った。




***

 

 ――しばらく数匹の魔物を討伐した後、そろそろ帰還の時間だと戻る準備を始めた。



 集合時間に遅れれば、時間に応じたペナルティがあって、魔物の討伐数から点数が引かれる。


 シリウスが優勝候補である以上、こちらとしては一点でも引かれるのは絶対に避けたい。


 そう思って最後の一匹の討伐を終えて戻ろうとした時、赤線の向こう側で『人』の声が聞こえ、そんな筈はないと思いながらも声の先に視線を向けると、人影が二つ、目に留まった。



 ローブを深く被っていて顔は見えないけれど、魔術学園のローブで間違いない。



「ちょっと! そっちは危険よ! 赤線超えてる!」



 大きな声で奥の人間に声をかけるとなぜか慌てて彼らが更に奥へと走っていく。



「え? 嘘でしょ? 赤線超えてるって言ってるのに。ここを超えること自体がペナルティを食らうのに何を……」




 それよりも、危険だ。



 戻って救援を呼びにいくか……、けれどここから集合場所まで約三十分。



 往復一時間と考えたら、更に彼らを見失ってしまう可能性もある。



 手に魔力を込めて、上に向かって緊急事態の狼煙をあげる。



 教員も各所で緊急時に備えて待機しているから、気づけばすぐに来てくれるだろう。


 赤線の書かれた木の幹に、メモで『赤線内に人影あり。救援求む』と殴り書きをしてそのまま中に入った。



 赤線内で捜索を始めて数分。奥の方で突然、ドォン! という音がしたかと思うと、急に周囲の空気が一変した。



 一気に酸素が薄くなったような、呼吸が苦しくなるほどの威圧感が全身を襲う。



 それだけで、恐怖心が全身を駆け巡り、進んでいた足を止めさせた。




「何が起きてるの……?」




 違和感と、異常事態、身体中の機能が『危険』と警鐘を鳴らし始め、肌がピリピリとひりつくような、胃の中が落ち着かない、言い知れない感覚に襲われる。



 不意に、背後に気配を感じ、振り向くと、一匹の蜘蛛がいた。


 私よりもずいぶん大きな蜘蛛。



 全身が燃えるように赤いその蜘蛛のいくつかの目がコチラを見ている。


『火蜘蛛』


 吐き出す糸は熱く、物に触れるだけで簡単に焼け落ちてしまう。



 ――こんなの、一人で対峙するような魔物ではない。



 けれど、この場に誰もいない以上自分の命を守るのは自分しかいない。



 右手で氷魔法、左手に水魔法を展開させつつ距離を取る。


 何の前触れもなく飛んでくる炎の糸を氷魔法で防ぎながら、赤線の向こう側に撤退しようと試みた。


 さっき打ち上げた緊急事態の狼煙にきっと誰かが駆けつけてくれているはずだ。



 その時、後方から、ガサリと音がして、ツノの生えたピューマによく似た魔物が私の退路を塞いだ。


 その数ざっと十頭。


 どっちも一人で相手にできるような魔物ではない。


 それに赤線の中といえど、こんなにも多くの魔物に遭遇した話は聞いたことがなかった。


 大きく笏丈を振り上げて最大火力攻撃しようにも、何故かいつもよりも威力が出ないし、精度も低い。

 思ったところに魔法が届かない。


 体が、重い。


 ジリジリと間合いを詰め始められ、慌てて結界を張るが、こちらも例に漏れずいつもよりも強度が低い。



 この手の魔物を防ぐには後何枚も重ねて張らなければならないだろう。



「いつも、どうやってた……?」



 早鐘を打つ心臓を何とか落ち着かせようと、深く呼吸をするも一向に静まる気配がない。

 

 何を意識してた?

 どこに集中してた?



 考えている間に、何とか重ねた薄い結界を一枚一枚壊されていく。



 その迫る恐怖に体がいうことを聞かない。






 ――ダメかもしれない……。





「アリア!」




 聞き慣れた声と共に、数頭のピューマの魔物が倒れ、その合間から見えたシリウスの姿に私は目を見張った。


 


 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ