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17、再会

次回更新は明日の予定です。


 王宮の煌びやかな客室に案内され、エルピスもアマルも興味深そうに視線を巡らしていた。


 てっきりすぐにでもレリア王女のところに案内されると思っていたのだが、準備ができるまで部屋でゆっくりしていて欲しいと言われたのだ。


 

 知り合いに誰にも会いたくないという私の希望を聞いてくれたのだろう、王宮の一番奥の角部屋に案内されたが、決して日当たりが悪いわけではなく、むしろ王都も庭も一望できる部屋で、双子もとても楽しそうにバルコニーから外を眺めてはしゃいでいた。


 だがしかし、私は不満も露わにデュオス殿下に視線を向ける。


「どうされました? アリアーナ姉様。この部屋はお気に召しませんか?」

「どうされましたじゃありません。私たちは街の宿で十分ですよ。わざわざ王城に部屋を用意していただく必要はありません」


 いくら静かな場所と言えど、いつどこでシリウスと鉢合わせるか分からないような場所にはいたくない。

 

 父だって、いくら家に引きこもっているとはいえ、何が起きて鉢合わせるかなんて分からない。



 そんな思いを込めてじろりと殿下を睨みつければ、彼はきょとんとした顔をした後、ふっと笑う。


「何をおっしゃいますか。オルトゥス殿からお預かりした貴女達の安全は僕の責務です」

「私たちは誰かに守ってもらうほど、弱くはありませんが……因みに殿下は私の前職はご存知ですか?」

「もちろん。貴方の奇跡のような魔術を忘れる人間はどこにもいませんよ」


 にこりと微笑んだ殿下に引き攣った笑みを返す。


「まぁ……奇跡だなんて。何にしてもこんな豪華な待遇は必要はありませんので、王城の外に宿を取ってください。何なら自分で宿を取ります」

「とんでもない、ここの警備は万全ですし、貴女が王城にいると知られないようにここの部屋に出入りする使用人は限定した上で緘口令を敷きます。この部屋までの廊下は一本道なので、万が一にも貴方のご両親が突入することは無いように騎士も常時警備に当たらせますのでご安心してお過ごし下さい」


 それはそれで、監視されているような気分になるが、オルトゥスが『子ども達が竜の子だと知られないようにしてほしい』と言っていたのもあるだろう。


「ですが……」

「王家が崇める竜の子と……その母君です。これ以下の待遇などとてもできませんよ」


 そっと耳元で囁かれた言葉に、思わず一歩下がりながら耳を塞ぐ。

 いくらメイドに聞かれてはいけないとはいえ、近くないだろうか。



「……っ、ですが!」

「それに、レリアの件が終わっても王宮図書館や動物達に会いに行くのに市外に出かけるのは宿では不便でしょう? 王家の馬車の方が何かと都合もいいですから」

「まぁ、山育ちの子ども達ですから、歩いて行こうが体力の心配はありません。王宮図書館なら私でも分かりますし、許可証さえ頂ければ私たちだけで行きますわ。殿下は色々とお忙しいと思いますから、動物たちのところに行くお時間ができた時はご連絡を頂ければ。それに、私久々の王都でちょっと買い物もしたいんです。子ども達と街を探索したいですし、それにその、私もブティックとか、色々? 行きたいところがありますので、身動きが取りづらいのは困ります」



 つらつらと王宮にいたくない理由を並べれば、殿下の笑顔がぴたりと固まり、肩が揺れ始める。

 


「……殿下?」

「ふふっ、冗談でしょう? 貴女ほど『ブティック』から遠い人はいないと思いますよ」

「なんっ、どういう意味ですか⁉︎」


 殿下に噛み付くように言えば、彼は困ったような、何ともいえない表情を浮かべた。


「どうもこうも、……ほら、アリアーナ姉様は……ええと、服に興味が無いというか……」

「は⁉︎」

「だって、以前、服に興味が無さ過ぎて、デートに行くための服を買いに行くための服を買いに行ってらしたでしょう?」

「……‼︎」


 殿下が笑いを堪えるようにいえば、こちらはもはや赤面するしかない。

 というか、何で殿下が知っているのか。


 確かに、人生初のシリウスとのデートの時に、普段着という名の訓練服で行こうとしたらビアンカにもの凄い形相で止められた。

 もっとまともな格好をしなさいと言われたものの、ローブ以外には訓練用の服しかない私のクローゼットを見せたら、寮にビアンカの悲鳴が響き渡った。

 


「ほぼ寝巻きじゃー!」と怒られ、まずまともな普段着をブランカ同行の元、買いに行かされ、その普段着を着ておしゃれなブティックに連れて行かれた。

 

 何でも私のクローゼットの服ではおしゃれブティックでは門前払いされると言っていた。

 が、なぜデュオス殿下がその出来事を知っているのか……。


「あのことは……ビアンカと私の秘密のはずなのに……」


 震える声でそう答えると、殿下は小さくため息をついた。


「残念ながら、その話は第一魔術師団の人間で知らない人間はいないと思いますよ。……僕も、訓練にお邪魔した際にヴァスとダン達が話をしているのを聞いていたので」


「え⁉︎ 全員⁉︎」

「おそらく第二までも噂は出回っていたかと……。でもそんなところが可愛いと思いますけどね」

「いや、バカにしてますよね!」

「いえいえ、本心ですよ。それにみんな『アリアらしくて可愛い』と言ってたそうですよ」

 

 引き攣る頬を何とか鎮めようとするも無駄な努力に終わり、何も返すことができない。


 ビアンカが言うとは思えないし、ヴァスも言いふらすような人間ではない。

 だったらダンだろうか。

 彼は何でも面白おかしく話す癖がある……が、『デートに行くための服を買いに行く、ための服を買いに行った』と言うのは本当の話だ。


 

 一店舗目は男性ものも女性ものも売っているお店なので、ひょっとして誰かに見られていたのかもしれない。

 もしもそうだとしたら、いつもローブか訓練着なのに、おしゃれをしている姿を見られたなんて恥ずか死ぬ。


 無理。

 

  

「で……でも、七年も経てば私も変わりますわ。いつまでも綺麗でいたいと言うのは当然のことではありませんか?」

「なるほど……? それでは、アズ伯爵が貴女にと用意してたものがあったでしょう? 受け取っていらっしゃいませんでしたが、洗練されたデザインだったと思います。ああいったのはお気に召さなかったのですか? それとも……オルトゥス殿がいるからですかね?」


 確かに、カーリオンが用意していた服はどれもキラキラしていたような気がするが……。

 が、なんと言っていいか分からないが、あの私の服が置かれた一角は何か不穏な空気が漂っているように見えた。



「……一枚いただくだけでも、怖い気がしたので……」


 そう、よく分からないが、本能がリボンひとつ貰うなと告げていたのだ。

 


「賢明な判断ですね」


 

 今私が着ている服は、オルトゥスがお酒と子ども達の服を買い出しに行ったついでに購入してきてくれたもので、『店の入り口に飾ってあった』と、とりあえずと渡されたものだった。


 実際は本当に服に興味が無く、なんでも良いので、ありがたく頂戴したのだが……。


 今着ているのは少し大人っぽいデザインで、おそらく普段の私では選ばない服だが、生地が丈夫で伸縮性があってとっても着心地が良い。

 ガシガシ洗える。


 そして何より見た目に反して動きやすくて、気に入っていた。


 そう。子育ては動きやすさが一番だ。


 

「姉様のその服は、オルトゥス殿の趣味で……?」

「え? ええ。彼が買ってきてくれたものです」

「……」

「あ、そう言えば、その『姉様』と呼ぶのももうやめて下さい。気になってたんですよね。王城内でも、この先貴方が『姉様』と呼んだら誰だって不思議に思うに決まっています」


 今がチャンスと言わんばかりに殿下にたたみかければ、「確かに……」と小さく呟いた。

 


「では、レイルズ公爵令嬢と?」

「いや、一番ダメでしょう。それに、もう家を出たのでレイルズの人間ではありません。アリアーナでもアリアでも好きに呼び捨てて下さい」


 オルトゥスって家名がないだろうし、殿下と私の関係で夫人と呼ばれるのもなんだか不自然な気がする。

 っていうか、実際夫人ではないので。

 

「アリア……」


 小さく呟いた殿下の言葉に足が強張った。

 

 久々に耳にした響きに思わず体が強張り言葉を失う。

 

 先ほどまで揶揄われていた雰囲気から一転した殿下の声にも、そのイントネーションにも……この場所すらも記憶を呼び起こす場としては最悪だった……。

  

 小さく響いた言葉は何より胸を締め付ける。


 その時、メイドが何か殿下に声をかければ、彼は小さく頷いた。

 

「失礼。僕はちょっとレリアの様子を見て来ます。すぐに戻りますので、ごゆっくりなさっていて下さい」


「あ、ちょっ……宿は……!」

「その話は夜にでも致しましょう」

「え、いや……」

 

 絶対宿の話うやむやにする気じゃない……と心の中が絶望で染まる。

 

 

「あ、因みにですが、アリアはどんな服がお好きですか?」

「は? え? 動き……やすい服?」


 急に話が戻って困惑したせいか、自然と馬鹿正直に口が動けば、殿下は一瞬目を見開いた後、ふっと柔らかく笑った。


「ですよね」


 その嬉しそうな表情に、今度はこちらが目を見開く番だ。

 何がそんなに嬉しいのか分からないが、胸の奥が締め付けられる。


「……っ」

「では、後ほど」


 そう言って、殿下は颯爽と部屋を出ていった。



 彼は弟だ。

 本人ではない。


 なのに、ことある毎に奥底に押し込めた記憶に触れてくる。



 

 硬直していた私をよそに、ご機嫌で部屋を出ていった殿下の言葉にエルピスとアマルの「「ばいばーい」」と弾んだ声だけが部屋に響いていた。



 

 ***




 メイド達は殿下が出ていくと同時に部屋を出るように指示され、用があれば近くの部屋にいるので、ベルで呼んで欲しいと言われた。


 私たちが気兼ねなく過ごせるように配慮してくれたのだろう。

 


 子ども達がうっかり自分たちの正体を言わないよう、接触が最小限であることにほっと体が緩む。


 美味しそうなお茶菓子や本など退屈にならないようにたくさん部屋に用意されており、アマルはその中にある魔術関連本を楽しんでいた。


 私はといえば、エルピスとバルコニーに出て、あっちの建物は学校で、そっちは魔術師団の本部で……などと簡単に説明をすれば、楽しそうに話を聞いてくれる。


 この部屋からはレイルズ邸も、白魔術師団、魔術師団の本部がよく見え、いろいろな感情が込み上げるのを誤魔化すように明るい声で話すことに努めた。



 そんな懐かしい景色の説明をしながらも、異常と言っても良いほどの強力な王都を取り囲む結界に違和感を覚える。

 

 非常時でもないと言うのに、このように広範囲で、レベルも最高強度の結界を張るとなると、相当の魔力と魔術師が必要で、それを維持するなど本当に『異常』としか言いようがない。



 一体何十人の術者でこの結界を張っているのかと考えるも、魔術師団の人手が足りないと言うのなら、ここに割かずに、もっと結界のランクを下げて、人手の足らない現地に派遣すれば良いのにと思わずにはいられなかった。



 エルピスはと言えば、そんなことは気にならないようで、空を飛んでいく小鳥たちや、街中を走る馬車を見ては、幸せを噛み締めている。


 そんな彼女の姿にこちらも自然と柔らかい気持ちで満たされ、エルピスのもふもふ愛の話を楽しんで聞いていた。



 それから小一時間。デュオス殿下が戻って来てバルコニーで声をかけられる。


 

「レリアの準備が整いました。こちらにご案内させていただいてもよろしいですか?」


「え、レリア王女がこちらまで足を運ばれるのですか?」

「王都まで来てもらっただけでもありがたいと言うのに、『竜』を部屋まで呼びつけるのは無礼ですから」

「でも、体調がよろしくないのに……」


 小さな子どもに無理をさせたくないと言えば、殿下は少し困ったように笑う。


「いえいえ、少し微熱はあるのですが、基本は元気なんですよ。今日も朝から庭を散歩していたそうですし。それに実はもうドアの前まで来てるんです」


 まさかのもう来てますなんて、ちょっと急すぎやしないかと思いながらも、慌ててバルコニーから部屋へ戻る。


「え⁉︎ そ、それならもう入っていただいて、ええと、椅子はいくつ――……」



 そこでハッと気づく。



 王女殿下一人でここに来るわけがない。


 当然、彼女の親である国王陛下や王妃陛下もいらっしゃるに違いない。


 正直、国王陛下にはあまりいい思い出がなく、無意識に体が硬直した。


 

「アリアーナ姉様。そんなことは気になさらないで下さい。それに、来ているのは『兄上』と『レリア』だけですから」



「……ぇ……?」




 一瞬思考が停止し、心臓が大きく跳ねる。


 


 

 殿下がドアの前に立っていたメイドに指示すれば、ガチャリ。とドアが開いた。


 



 

 

ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます。


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