11−4、竜と双子
翌日、双子が魔法の練習によく使っているという『練習場』に連れて行ってくれた。
案内された場所は家から少し歩いたところにある崖下で、ゴロゴロと大きな岩が転がっている。
壁面が不自然に大きく抉れていたりしていて、たくさんの岩は崖が壊されたものだと思うのだが、「まさかこの子達がね……?」と不安がよぎった。
「とりあえずどのくらい魔法が使えるのかっていうのと、どれくらい魔力調整ができるのか見せてもらっていいかな?」
白線の結界は、その中の強力な魔物を弾くためのものなので、『白線を超えられない』という双子の潜在魔力がどれほどのものかとちょっと恐怖を覚えつつも、とりあえず近くにあった大きな岩を魔力で持ち上げられるかと聞いたところ、二人とも満面の笑みを浮かべた。
「「得意だよ! 見てて!!」」
そう声を揃えて言ったかと思うと、いとも簡単に自分の身長と同じくらいの岩をひょいと空中に持ち上げる。
「えっ⁉︎」
「いっぱいできるよー!」
そう言いながら双子は大人よりも大きな岩を次々と同時に持ち上げた。
しかもとっても楽しそうに。
「うそでしょ……」
魔術師学校の最高学年でも岩一つ持ち上げられれば及第点。
崖一帯にあった百以上の岩は全て持ち上げられ、辺りは更地のようになっている。
これは私でも無理だし、正直こんな魔力の塊たちと戦えと言われたらめちゃくちゃ嫌だなと脳裏を過ぎった。
「ええと……。そうだ、アマルは魔術に興味があるって言ってたけど。何か出来るの? 早く狩りをしたいって言っていたし」
「ええとね、こんなのが出来るよ」
少し恥ずかしそうにしながら、持ち上げた岩をより上空に持ち上げて、そこから一気に一箇所に打ち込む。
その数十個の岩がぶつかる音に、舞う土煙。
さらにはそこに落とした大きな雷魔法に言葉を失った。
「す……すごぉーぃ」
本当にすごいの一言に尽きる。エルピスも「私だって!」と真似をして一箇所に石を叩きつけたかと思うと、そこにさらに火炎魔法を繰り出す。
「どう⁉︎」と言わんばかりのキラキラとした瞳に、頬を引くつかせながら拍手を送れば満足そうに微笑む。
けれどこれは確かに実戦で使えたら有利には違いないが、獲物を狩るという点においては、使えない。
相手はミンチか炭になって食べるところが無いだろう。
この強大な魔力を持った上でどこまで魔力操作ができるのだろうか。
「ねぇ、あの大きな岩に穴だけ開けられる?」
私の身長と同じくらいの岩を指差して二人に言えば、「多分できる」と返事が返ってきた。
「せーの!」
魔力を私が指差した岩に向けて打ったエルピスだったが、ガァン! と大きな音を立てて上半分が抉れた。
彼女はちょっと苦笑いをしながらこちらを見る。
「あれ? ……これは……ダメ?」
「そうね……『穴』ではないかな? こんな感じでできる?」
私が同じくらいのサイズの岩の中心に魔力を凝縮し、岩の厚さを見極めて親指程度の太さの穴を開けた。
「わぁ!すごい!」
アマルがキラキラとした目で言ったので、彼にやってみてと促せば嬉しそうに頷く。
「こ、こうかな……」
恥ずかしそうにチャレンジするも結果はエルピスと同じだった。
「な……何でぇ……」
ショックを隠せずにこちらを見たアマルとエルピスは涙目だ。
「大丈夫だよ! 出来ないから練習するんでしょ! ちょっとずつやっていこう」
「うん!」
「う……うん」
エルピスは大きく返事をして、アマルはこくこくと可愛い頭を上下に揺らす。
「まずは魔力を抑えるよりもその力を凝縮するところから、それから出力を少しずつ抑えていく練習をしてみようね! そして、最後はかくれんぼ〜!」
「「かくれんぼ?」」
「そう、自分が隠れるのはもちろんだけど、相手の気配も探る練習をしてみよう! 獲物を見つけるのに必要でしょう? 獲物を狩ったらお父さんに美味しく調理してもらおうね」
そう言ってウィンクをすれば二人は大きく頷いた。
――因みに、なぜ私が調理すると言わないかといえば、白線内の魔物など調理したことが無いからだ。
***
それから数日、魔力調整の練習に双子と励んだ。
少しずつだが、出力を抑えられるようになってきて、最後のかくれんぼでも必死に楽しんでくれている。
私も、魔力を出したり隠したりと双子達がどこまで感知できるのか確かめながら楽しんでいた。
毎日体力の限界までかくれんぼで遊びたがって付き合っているので、二人ともかなり上達した。
あと少しで白線を越えられることだろう。
そうしてかくれんぼで遊び疲れて家に帰れば、二人はすぐにお昼寝タイムに入った。
起きたらお腹が空いているだろうとキッチンに足を運んだが、今朝アマルが「久々にフルの実食べたいな……」と言っていたのを思い出す。
最近はあのフルの実の広場とは反対方向で訓練をしていたのでここ数日食べていないのだ。
毎日というくらい食べていたのなら食べたくなるのも当然だ。
「ねぇ、オルトゥス、私ちょっとフルの実を取って来るね」
狩りから帰ってリビングで寛いでいたオルトゥスに声をかける。
「フルの実?」
「うん、ここ三、四日魔力調整の練習ばっかりで食べに行けていなかったから。起きておやつに出したら喜ぶかなって」
「あぁ、好きだからな」
「だからもし双子が起きたらフルの実取りに行ったって言っておいてね!」
私はドアを閉めながらそうオルトゥスにお願いをし、子どもたちが起きる前にと急いだ。
「あ! おい! ……まぁ、鱗を持っていなくても今のあいつなら魔物が出ても大丈夫か……」
そんなオルトゥスの呟きは私の耳に届くことは無かった。
――「よし、こんなもんかな?」
白線の境で赤と青のフルの実を籠いっぱいに摘んだところで立ち上がる。
これだけあれば二人とも満足してくれるだろう。
そう思いながら家に戻ろうと足を進めた瞬間、ゾクリと悪寒が走り、風を切る音がして反射的に結界を張った。
結界が金属を弾く甲高い音がして、その『何か』が飛んで来た方を見れば、見覚えのある黒い衣服を着た人間が一人姿を現す。
顔にも黒い布を垂らして完全に顔を隠していた。
その独特の風貌は王家直属の隠密を得意とした諜報員で、主には暗殺も担っている『ヒェメル』と呼ばれる部隊。
彼らは一人で行動することなく複数で行動するとシリウスに聞いた事があった。
今は目の前に一人しかいないが、どこかに数人隠れているであろう。
存在は知っていたのだが、彼らと共闘したこともなければ実力も分からない。けれど、白線内に到達するほどの実力があるのであれば、相当のものに違いない。
隠密に特化した彼らは気配を消すのが上手い為、魔物に遭遇することなくここまでやって来たのかもしれないが、まさか私が暗殺の対象だなんてことがあるだろうか……?
何のために?
「何を……」
「アリアーナ=レイルズ。黙って死ね」
多方向から前触れもなく飛んできた暗器に、これは結界を張りっぱなしにしなければと三重に結界を張った。
飛んでくる暗器は当然結界を通過することなく弾き落とされる。
けれど、瞬間、首の後ろがひりつくような感じがして、本能で背後のみ結界を三重に張った。
振り向けば、剣を持ったヒェメルに、六枚中三枚の結界をいとも簡単に打ち砕かれ、瞬時に張った結界だけが残る。
三枚の結界を同時に壊すほどの魔力を持ち合わせているなど……と驚けば、攻撃してきた人物の持った剣が魔力を帯びているのが分かった。
はっきり言って魔術師と隠密が戦えば魔術師の方が分がある。
隠密は魔力攻撃が苦手で物理的な攻撃に特化していると以前シリウスが言っていた。
けれど……。
使用しているものは対魔術師用の剣。
私の結界を三枚も一気に破るほどの強力な付与をされた剣がどれだけ高価なものかなど容易に想像出来る。
これでも第一魔術師団で副団長をしていたという自負くらいある。
その結界を一気に三枚も壊すなど……。
咄嗟に張った結界がなければ全て破壊された瞬間に暗器が死角から飛んで来ていたのだろう。
「誰の……命令?」
『王家直属の隠密集団』
シリウスではないと、信じたい。
「貴様は秘密を知りすぎているからな」
私の質問には答えずそう返した人物が合図をすれば二人の隠密が私を取り囲むように現れた。
「だから、『誰』かって聞いてんのよ?」
そうさらに問いただせば一人を残して姿を消した。
少なくとも他に二人が私を狙っている。
姿を現さないだけで狙っているのが二人だけとは限らない。
全員が魔法の付与された武器を持っていたら厄介だ。
「死ぬ人間には答える必要はない」
そう言った瞬間、前後左右から攻撃が加えられ、咄嗟に結界の枚数を増やした。
大きな衝撃音と共に一枚結界を残して何とか耐える。
「魔力を解放してなかったら、危なかったわね」
そう一人ごちて体勢を立て直し、また結界を張り直しながらも、微かに気配を感じた人間を拘束魔法で順に捕らえていった。
一人、二人、三人……視界で確認した隠密は全員捕えるもまだ嫌な気配がする。
誘き出す……?
拘束した三人を一箇所に集め、結界を全て解いたその刹那……左右から攻撃が飛んでくる。
その攻撃を避けた瞬間、目の前をものすごい勢いで何かが横切り、捕らえた隠密に突進した。
「「「ぎゃあああああ!」」」
目の前で真っ黒の蜥蜴のような魔物がヒェメルを襲うのを何もできず後方に飛び下がる。
慌てて襲われたヒェメル達に結界を張れば、一人はすでに事切れているようだが、残りの二人は何とか無事なようだ。
気づけば他に五匹、黒い蜥蜴の魔物に取り囲まれていた。
一人なら逃げ切れるだろう。
けれどヒェメル達は気配を消すのは得意でも結界を張るほどの魔力を持っていなさそうだ。
すぐ横にいたヒェメルに結界を張れば彼も驚いたようにこちらを見た。
見捨てるのは簡単だ。
けれど……。
彼らも王家の人間に『駒』として使われていると思えばためらいが過ぎる。
結界を張る能力も弱いのに隠密の技術のみでここに送られてきたのだ。
「何人⁉︎」
「何だと⁉︎」
「何人で来たのかと聞いてるのよ⁉︎ たいした結界張れないでしょう⁉︎」
そう睨みつければ、木の上から一人降りてくる。
あぁ、ヴァスたちに『だからお前は甘いんだ』と怒られそうだ。
「五人だ」
どうやらこれで全員かと彼にも結界を張り、更に先ほど魔物に襲われたヒェメル達にも重ねて結界を張る。
魔物は弱ったものが何なのか的確に見て三人の結界を三匹が集中的に攻撃していた。
破られるごとに結界を重ねつつも、別の黒い蜥蜴がこちらを襲ってくる。
あまりに俊敏な動きに攻撃に転じられない。
油断すれば他のヒェメルは食われてしまうだろう。
その時、ふと視界が一瞬歪み、足元がふらついた。
何だか体も熱い気がする。
「……?」
体に異常を感じ取ったその瞬間、脇腹に熱い痛みが走る。
「……っ!」
気づけば真横にヒェメルがいた。
「そのまま、魔物に食われてしまえ」
焼けるように熱い脇腹に触れれば、ぬるりとした不快なものが手にベッタリとついた。
自分の血の匂いが鼻につく。
全員に張っていた結界も刺された衝撃で全て消えた。
「引くぞ!」
結界を貫通してそのまま私に突き刺さった魔法付与の剣を残し、怪我人すらも残して動ける隠密はその場を離れていく。
慌てて自分に張った結界をトカゲの真っ赤な舌がチロチロと舐め、食ってやるといわんばかりに尾で攻撃を始めた。
けれど、突然トカゲは何かを感知したかのように赤線の奥に駆けて行き、「何故?」と思う間もなく隠密たちの消えていった先を追いかけていく。
いくら隠密といえど、気配を消しても血の匂いは消せないだろう。
逃げ切れるとは思えない……。
そんなことを考えながらも、倒れ込むように膝を突いて脇腹の剣を引き抜く。
「グッ……」
自分自身に治癒魔法をかけるも、得意ではない上に、このまま無防備にいることもできず念の為の結界と隠蔽結界を張った。
治癒に……集中出来ない。
このまま死ぬのだろうか?
彼らはシリウスの差金?
第一魔術師団の副団長という地位にいたのだ、当然国家機密にはたくさん触れている。
けれど、シリウスはそんなことは絶対にしない。
違う、絶対にないと信じたいだけだ。
体の痛みとは異なる痛みが胸を締め付ける。
「ママ!」
「お母さん!」
その時聞こえた声に視線をやれば、双子がこちらに向かって駆けて来ていた。
あぁ、だからあのトカゲの魔物はこの場を離れたのかと納得する。
「ママ! 今行くから……」
「おかぁさん! 待ってて……僕……僕」
私の数メートル前で立ち止まった双子を見て、自分の今いる場所に気づいた。
白線内にいたはずなのに、ヒェメルたちと戦っている間にいつの間にか赤線内に入っていたようだ。
「エルピス……アマル……」
「ママ! ママ!」
「おかあさん!」
泣き叫ぶ双子に大丈夫と笑顔を返す。
今、死ねない。
再びあの子たちに『母親』を失わせてはいけない。
しかも同じ状況で。
最大に魔力を集中して何とか傷口に癒し魔法を注ごうとしたその刹那。
心臓が大きく跳ねた。
くらりと視界が歪み、体が燃えるように熱くなっていく。
「エスピ……アマ……」
何とか二人のいる場所に歩いて行こうとすれば、さらに視界がぐにゃりと歪んだ。
傷が原因ではないのはわかるのに、膝から頽れて立ち上がることが出来ない。
「ママ! ママ!」
「おかあさん!」
そのまま視界が暗くなって行く中、双子の声だけが遠くに聞こえた。




