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11−3、竜と双子

「我は、お前を女として見ることも、お前を愛することもないからな」

「ブッ……!」



あまりの驚きに、吹き出した水を拭きながらオルトゥスを睨みつける。が、彼は汚いなという冷えた目でこちらを見ていた。

 


 いや、貴方の発言のせいですからね?


初めてこの家に来た時もそうだが、人が口に物を入れている時に変なことを言うのはやめてほしいものだ。

 

 


「お言葉ですけどね、コチラこそ『母親』はしますが、貴方の『妻』をするつもりは毛頭ありませんが? ……双子が何か言ってた?」


落ち着きを取り戻しながら、そう尋ねると、「いいや」と、オルトゥスが返事をする。

 

「息子たちもそれを期待などしていないだろう。我にはウェイラだけだと、分かっているからな。ただ、今のあの子たちはお前に自分から離れてほしくないという思いが強い。竜は独占欲が強い生き物だからな。……まあ、我が魅力的過ぎるのは分かるが、恋人が欲しければ我は諦めて他の男を探してくれ」


『フッ』と笑う竜にかける言葉もなく、ただただ死んだ目で彼を見た。


 一体私を何だと思ってるのだろうか。

 急に男を作る話が出たが、そんな気分になれる程、私の中で色々なことが割り切れていない。 


「もはやどうでもいいわ。……ところで、子どもたちが言ってたんだけど、ウェイラさんのお母さんが人間って言うのは本当?」


 今日のお散歩中に出た話題を彼に振れば、先ほどと打って変わり、頷きながら口元に優しい弧を描く。

 普段双子を見る目も優しいのだけれど、ウェイラさんを思い出しているであろう彼の目は、熱を帯びたようで、まさに恋をしているといってもいい。


 彼は未だにウェイラさんを愛している。

 それは私でさえも分かる、違えようのない事実だ。

 


「ああ。竜と人間のダブルだ」

「ハーフじゃなくて? ダブル?」 

「ダブルだ。ハーフだと能力が半分になったようではないか。ウェイラはドラゴン以上にドラゴンで、人間以上に人間らしい女だったよ」


 そう言って、遠くを見つめる竜の瞳には大きな満月が写っている。


「だからいかにも人間が住んでいそうな『家』に住んでいるの?」


 『家』だけではない。食事に関しても私の予想を遥かに超えてくる。

 今日オルトゥスは狩に行くと出かけて行ったが、私たちが散歩から帰ったら夕食は出来上がっていた。

 しかもビーフシチューのような手の込んだスープ。

 お肉は美味しかったが、牛ではないことはわかったので、あえて何の肉かは聞かなかったが……。

 


「あぁ、ウェイラの希望でな。我はウェイラさえ幸せなら住むところなどどこでも良かった。彼女が『城』に住みたいと言えば、どこぞの城を攻め落としておったであろうよ」


 冗談ではなさそうな言い方に『ウェイラ』さんが貪欲でなかったことで平和が守られていたんだと彼女に感謝する。


「今後他の人と結婚する可能性も無いの?」

 

「番は一生、いや、何度人生を繰り返しても一人きりだ。ウェイラは死んでしまったが、その魂がまたどこかで芽吹くのを待つだけ。まぁ、一度の生で、そんな奇跡に出会った竜などほとんど聞いたこともないが……」

「そっか……」


 さらりと銀の長い髪を流して琥珀色の飲み物を口にする彼は、グラスに映った月をゆらゆらと弄んでいた。



「……お前達人間は、大事な人間の心移りをいとも簡単に許すのだな」


 オルトゥスの言葉に、私は彼を睨みつけた。


 

「許すも何も……」


 私にはどうすることも出来なかった。

 ……許さないと喚くほどみっともなくもなりたくなかった。

 相手が姉であれば尚更で、私には逃げるという選択肢しか選べなかったのだ。


「じゃあ竜はどうなの? もし番が他の人の方を向いたら……」

「ありえんな。特に雄の竜は独占欲が強いから、番に近づくのを許さない。全力で相手を殲滅だな」


ハッと笑った彼は私を馬鹿にしたように視線を寄越しながら言った。

 

「……へ、へぇ……」


 竜が怒ったらそこら辺の山など一瞬で消えてしまいそうだ。


「しかしお前もなんと不憫だな。好きな男のために命をかけたのに、他の女に取られるとは。本当に無駄死にではないか」


「……うるさいな」


 無駄死に。

 そうなのだろうか。


 今回は彼の命を助ける事ができたし、仲間の命を助けることができた。

 前回の後悔は全て解消出来たし、戻った時に守ると決めたものは全て守ることが出来た。

 上出来だろう。

 自分ぐらいは自分を褒めてやりたい。


 見上げた空にはキラキラと輝く星。

 人は亡くなったら空から見守ってくれると言うけれど、少なくとも彼らはそうならなかった。


 守りたい命は守れたのだ。


「ねぇ……オルトゥスは……この百年、どこにいたの?」

「何だ? 突然」

「どこにいたのかなって……」


『竜の洗礼』は、竜の子が産まれてから代々洗礼を受けてきたと言われている。

 歴史書にしか書かれていなかったそれは、もはや伝説の域に入っていたといってもいいだろう。


 それが突然百年前に『竜の巣』から姿を消し、竜の洗礼を受けられないまま亡くなった王族もおり、その度に、『何が竜の逆鱗に触れたのか』と、犯人探しまで行われていたという。


 もし、彼があのままこの国に、あの場所に留まっていたならば――……。


「何とも傲慢な考えだな。お前たち人間らしい。我はお前たちの飼い犬ではないぞ?」


 呆れたような声にパッと顔をあげてオルトゥスを見た。


「そんなつもりで言ったんじゃ……」


「我は、別にお前たち人間と何かの契約や約束をしたわけではない。たまたま我の妹の番が人間で、その人間がお前たちが『王』と呼ぶものだった。妹が番の後を追うように死んだ後、我が気まぐれにちょっと様子を見に行ったのが始まりよ。妹の子に竜症の気があったから、ちょっと手を貸したに過ぎん」


「い、……妹⁉︎」


 まさかの知らなかった事実に目を声が大きくなった。

 てっきりオルトゥスの子孫なのかと思っていたけど、妹だったとは……。

 思い込みって恐ろしい……。

 

「我は好きな時に好きな場所に行く。丁度百年前といえばウェイラに会った頃だな。正直お前たち人間のことなど頭の隅にもなかったわ」


 はは、と笑うオルトゥスは本当にどうでもいいことのように言う。

 確かに、妹の子孫と言えど、それに縛られるいわれはないし、竜は『番』が全てと言われれば、その通りなのだろう。

 彼が他のことなどどうでもいいと思っても、私達人間にはそれを責める権利も資格も無い。


「なるほど、幸せな時期だったのね」

「そうだな、ウェイラの固有魔法が特殊なせいで……いや、なんでもない」

「いや、今固有魔法って言ったよね」

「……」


 微妙な顔をして視線を逸らして黙り込んだ。


「もしもし? ひょっとしてその固有魔法と私の時間の巻き戻しとかってなんか関係あったりする……?」


 オルトゥスはしまったといったような表情をして少し考え込むが、目が泳ぎすぎて呆れるしかない。

 関係ありますと言っているのと同じですが……?

 

「……」

「あの……言いたくないなら言わなくてもいいんだけどさ……子ども達が知ってるならちゃんと口止めしておいてよ?」

「ん?」

「まだ小さいんだから言っていいことなのかダメなことなのか区別なんてつかないでしょう? 家族以外と暮らしたことも無いだろうし……。あとで怒られるのは子ども達なんてことにはならないようにしてよね」


 それでも小さな子ども達は口止めしたところでつるりと喋ってしまうかもしれない。

 オルトゥスですら言いそうになったのだから。


「そうだな。まぁ竜にはそれぞれ固有魔法があるということだけ言っておこう。もしも子ども達が喋ってしまったのならそれまでということだしな」

「知られてもいいってこと?」

「積極的に言うつもりはないが、そうなるのならば仕方ないということだ。貴様とて自分の弱点や特技などわざわざ吹聴して回らんであろう? それは我々とて同じだ」


 手持ちのカードは全て見せない。

 それは当たり前のことだ。

 仲間内では隠そうにも知られてしまうのことは当然だし、むしろその自分で気づかない欠点も知られてしまうのだけれど、まだ会って数日の竜と人間では当然の関係性。


「分かった。まぁ、とりあえず子ども達の教育方針で禁止事項がないと言うことが分かっただけでもいいわ。もし何かあったらその都度言ってね。私はもう寝るわ。おやすみ」

「うむ」


 私はそのままコップだけ洗って子ども達のいる寝室に戻った。

 きっと二人は起きた時に私がいないと不安がるだろう。


 

「__ウェイラ……お前の『指示』に従ったつもりだが……。無駄だったのか、これで良かったのか……我は不安しかないぞ…… ?」


 

 空を見上げたままのオルトゥスのその呟きは、私の耳には届くことはなかった。

 


 

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