11−2、竜と双子
「おかぁさん、この赤くなったフルの実が甘くて美味しいんだよ。はい」
「私はこっちのまだ青い方がりんごっぽくて好きなの」
翌日、双子は『お庭』を案内すると言って、初めて会った広場に連れて行ってくれた。
白線内をお庭とは、さすが竜の子というべきか……。
竜は、狩に行ってくると言うので、子ども達と私だけで出かけるのは危険かと思ったものの、竜が「魔物は竜に近寄らないから大丈夫だ」と言っていたので恐る恐る家を出た。
確かに竜の言う通りで全く以て魔物に一匹も出くわすことはなかった。
「おとぅさんは時々狩りに出かけるんだけど、僕らはまだ連れて行ってもらえないんだ」
「危ないから?」
「ううん、まだ魔力の調整がうまくできないから、気配も消せなくて、魔物が逃げちゃうんだよね」
残念そうに言うアマルに、エルピスもうんうんと同調し、早く「獲物を狩に行きたいのになぁ」と可愛らしい唇を尖らして言っている。
なるほど、確かに『竜』ということで魔物が近寄らないのならば、狩ることができないのは間違いない。
ひょっとしたら、魔物が寄ってこないと言うことは生きているのを見たことすらないのでは? と思うし、こんなに小さくて可愛い子達が生きている凶暴な魔物を見たら卒倒してしまうのではないだろうか。
「だからおとぅさんは魔物を狩る時は僕らから離れたところに行くんだ」
「その間二人でお散歩したりしてるの?」
「うん、ここの実が美味しくて、一年中実がなるのよ。いつもおやつがわりに食べてるの」
言いながら二人が渡してくれた実を食べると、赤い実は桃のように甘く、青い実はリンゴのようにシャクシャクとしていて、爽やかな甘さが口に広がった。
確かに、これは好みが分かれるところだが、私はどちらも好きだ。
子ども達もパクパクと好みの実を見分けて口に入れている。
「死んじゃったママもこれが好きでね、よくここに来てたの……」
言いながら、エルピスは白線の向こう側、赤線内のエリアに視線をやった。
しんみりとした雰囲気が漂い、何か話題はと探してみる。
「あ……あっちにもフルの花の広場があるみたいだけど、取りに行く? まだあんまり手をつけてなさそうだよ」
自分でも、出した話題がこれでは……と思いながらも、後に引けずに赤線側を指差して二人にそう尋ねると、ふるふると首を振った。
「僕らは……まだ白線の向こう側に行けないんだ。魔力調整が出来ないから。越えられないんだよ」
悲しそうに言ったアルマの言葉にエルピスの瞳も暗くなった。
「……何かあったの?」
「ママが死んだときね……、気づいたら、この線の向こう側でママが倒れてて、私たち何も出来なかったの。ここで泣いて見てるしか出来なくて、狩りに行ってたパパが異常を感じて来てくれたの」
「おとぅさんは、『おかぁさんは病気でいつ亡くなってもおかしくなかったから、助けられなかった僕らのせいじゃない』って言うけど……、僕らが白泉を越えることができてたら、ひょっとしたらまだ生きてたんじゃないかって……」
言いながら涙を溜める二人を前に私は言葉を失った。
これは、人間が張った結界だ。
奥にいる強力な魔物が出てこられないように、人間社会に被害が及ばないように……魔物から身を守るために作られたもの。
「ごめんね……」
倒れた母親に駆け寄ることもできず、ただ立ち尽くすしかなかったというのはこの子達にどれほどの傷を残してしまったのだろうか。
なんで私が謝るのかと首を捻ったので二人に説明してみても、子ども達ははよく分からないという顔をした。
もう少し大きくなった時に説明したらわかるだろうか。
その時、この子達は『人間』に対して何を思うのだろう……。
そんなことを考えて黙り込んでも、エルピスは私の頬を撫でて「そんな顔をしないで」と逆に私を気遣ってくれた。
「そういえば、ママは魔力調整出来るの?」
「私? そうだね。人間は特に魔力調整は得意だと思うよ。魔物に比べて体の作りも弱いし、いかに魔物から気配を消すかに注力するからね。それでも高位の魔物からは完全に感知されないわけではないけれど……」
そう答えると、二人はパッと表情を明るくする。
「教えて教えて! パパは大きくなったら自然と出来るようになるって言うけど、早く出来るようになりたい! 生き物は寄ってこないから……絵本に出てくるようなふわふわの生き物に触ってみたいの!」
「僕も、早く狩とか行って最近覚えた魔術も使ってみたいし」
先ほどの母親の話などなかったかのように、キラキラと目を輝かせて言った二人に少し思案してみた。
「分かった。でも一応竜……お父さんに聞いてみようね」
私は竜の子育ての仕方なんて知らないので、勝手なことはしないほうが良いだろう。
人間が変なことをして、成長に阻害があってはならない。
二人にそう言えば、「「分かった」」と期待の籠った返事をし、揃って頷く。
それからしばらく二人のお気に入りの場所を巡り、散歩を楽しんだ。
***
夜、双子を寝かしつけてリビングに戻ると、竜はリビングの大きな窓を開け放って外に出ていた。
ちゃっかり椅子と小さなテーブルを持ち出して晩酌をしていたようだ。
ちょうどいいので、私もコップに水を入れ、竜のところに行きお昼の話をしてみた。
「魔力調整? 別に構わん。特にアマルは魔術に興味があるから、他にもお前が知っている魔術を教えてやれば喜ぶだろう」
「分かった。じゃあ特に聞いておくことはない? これだけはするなとか……」
「特には無いな。むしろお前が気をつけた方がいいぞ」
「私?」
なぜ私が気をつけるのかと聞いたところ、竜は少し神妙な顔をしていた。
「昨日も言ったがお前はまだウェイラの魔力が馴染んでいない。二つの魔力が馴染んでいない時に急激に限界まで魔力を使うとちょっと面倒なことになるからな。子どもに見えても竜の子だ。相手をするときは気をつけろ」
「急激にってどいう……私魔力の解放をしてから討伐にも行ったし、白線内で魔物とも戦ったけど、特には何もなかったよ?」
「運よく限界まで使わなかったという事だろう。まぁ、お前は黒い髪に金の瞳だからウェイラの魔力との相性が悪いわけではないし、比較的馴染みも早いだろうよ」
相性とかあるんだと思いながら、一口飲んだところで、彼は空を眺めていた。
「ところで、お前はいつまで我を『ねぇ』とか『ちょっと』と呼ぶのだ? 失礼と思わんか?」
「いや、貴方の名前知りませんから」
「名乗ったであろう?」
「いいえ?」
しばらくお互い冷ややかに視線を合わせたあと、竜が「あれ?」と言うふうに小首を傾げた。
「ほら、あれだ、時間が巻き戻る前に……」
「前のことを覚えてるの? まぁ、どっちにしても名乗ってないけど」
「巻き戻る前のことは我は……知らん」
「じゃあ、名乗ってないじゃん」
今更すぎる会話にため息をつくと、竜はおかしいなと頭を掻いた。
サラサラの銀の髪が月の光に反射して、思わず『誰か』を思い出させる。
そんなしょうもないことを思い出しても仕方ないのに、と唇を噛んだ。
「では改めて名乗ろう。我の名は『オルトゥス』だ」
「オルトゥス……」
「そうだ。かっこいい名前であろう?」
「普通自分で言わないよ」
「事実だからな」
満足げに言うオルトゥスに何ら反論する気も失せ、「そうですか……」と私は小さくため息をついて空を見上げた。
「私もアリアーナっていう名前があるからね。『小娘』はやめて」
「……考えておこう」
白線内の深部とは思えないほどの穏やかで、サワサワと心地いい風が頬を撫ぜていく。
「風……気持ち良いね」
「そうだな。変わらずの穏やかな夜だ。子どもたちは素直に寝たか? 昨日は興奮して中々寝付けなかったろう?」
「ええ。結局今日も絵本を五冊も読んじゃった」
幼い頃、私は両親に寝かしつけの本を読んで欲しかったが、それは叶わなかった。
けれど、いつか『母親』になったならば、自分がして欲しかったことを子どもたちにしたいと思っていたので、初日に続いて気合が入ってしまったのだろう。
ゆっくり、コップの水に口をつけ、あどけない顔で眠りに落ちた二人を思い出して自然と口元が緩んだ。
「そう言えば、言っておきたいことがあったな」
「何?」
「我は、お前を女として見ることも、お前を愛することもないからな」
「ブッ……!」
あまりに予想だにしないオルトゥスの発言に、私は勢いよく水を吹き出した。
その水が彼にかかってもしょうがないと、私は思った。




