1-2 あなたの選んだ人
ガヤガヤと、魔導士や剣士、冒険者ギルドの人間が多くの集まる街の大衆酒場で、大きなジョッキに注がれた林檎のスパークリングジュースを片手に私は大粒の涙を流しながら怒りのまま声を上げた。
「何よ! 私の何が気にいらなかったっていうのよ!」
「おち、落ち着け。アリア。なんで林檎ジュースで酔えるんだよ! それにまだ怪我も完治していないのに、そんなに興奮するなよ」
「うるさーい! いいからヴァスはもう一杯持ってきなさいよ!」
「はいはい。店主、悪いけどリンゴジュースもう一杯」
ここは昼間から多くの人で賑わう馴染みの人気酒場で、昼は定食屋、夜は酒場と常に人で溢れていた。
当然知り合いも多く、長い竜谷への遠征を一緒に旅した同僚がこちらに寄ってくるのが視界に入る。
第一魔術師団メンバーの、ビアンカとレクス、ダンで、当然私とシリウスの関係も知っていた。
「あら? アリア? どうしたの?」
女性でも目を見張るような美しい顔立ちに、大きく胸元を開いた衣装。
小麦色の肌に情熱的な赤い髪に真っ赤な口元の女性が笑顔で私の席の横に腰かけた。
露出の多い服を着ている彼女は体つきも仕草も妖艶で魅力的。どんな男性も彼女に熱い視線を注いでいた。
が、見かけとは裏腹に彼女の身体強化は秀逸で、魔力操作をすれば、魔術師団のどの男性よりも腕相撲が強い。
当然、相手も魔力操作をした上でだ。
それだけ彼女の魔力操作は群を抜いて秀逸だった。
「ビアンカ……」
二つ年上の彼女はいつも私のシリウスとの恋愛相談に乗ってくれて、『お子ちゃまの恋愛は難しそうねぇ。私もそんな時期があったかしら……』と、親身になって話を聞いてくれる人だった。
ビアンカの横には、おっとりとした性格に、栗色のサラサラヘアで女性の視線を集めるレクスがいて、彼は決して細身ではないのに、黒髪の筋肉マッチョなダンの横に並ぶとほっそりとして見えた。
「アリアもヴァスも。シリウス師団長と会うんじゃなかったかい? だいぶ回復されたと聞いたけど、どうだった?」
「そうそう、シリウス様と久々の再会だろ? それなのに飲んだくれて、まさかフラれたのか〜? ははは、……なんつっ……て……。あれ?」
ダンをギラリと睨みつけ、魔法陣を展開しようとした私の左手を慌ててヴァスが抑え込む。
「待て待てアリア! オイ! お前らも黙って……」
ガッツリと地雷を踏んできたダンにヴァスが焦って言葉を挟むが、私は噛み付かんばかりに勢いよくダンを睨みつける。
「え? マジ? でもシリウ……」
「は? 何? 誰? シリウスって。 何それ美味しいの?」
これ以上ない程に死んだ目で彼らを睨みつけると、サッと顔色を変えた三人が硬直し、困惑の表情を浮かべた。
「……え? 嘘よね? アリアってばジョーダンばっかり……」
「だって、……シリウスの為にアリアは命をかけてあんなところにまで」
「嘘だろ? お前らが破綻なんて……それこそ天変地異の前ぶれだろ」
彼らの言葉に、さらに私は視界を滲ませた。
滲んでは頬を何かが伝い、すぐに視界がまた滲む。
これ以上涙が流れたら身体中の水分が抜けてしまうのではないだろうか。
明日には私は干物になっているに違いない。
「……リウスは……。シリウスは姉様を選んだのよ」
ぎゅっと握りしめたジョッキを片手に喉の奥から絞り出すように彼らに言うと、彼らはハッとしたように息を呑んだ。
「しょうがないわよ。……だって姉様だもの。みんな大好き聖女様。綺麗で、優しくて、思いやりがあって、両親にすら蔑まれる私を大事にしてくれる素敵な人だもの……。そんなの姉様を好きになるのは当たり前で……。太刀打ちなんて……出来ないわ」
「アリア……」
ビアンカの柔らかくて暖かい手が、私の背中に添えられて、余計に涙腺が崩壊していく。
流れる涙も鼻水も、差し出されたタオルなどでは役に立たないほどで、それでも何とか止めようと思うも、私の感情はちっとも言うことを聞いてくれない。
「うーん。でも、あのシリウスがなぁ……。それこそ信じられねぇぜ」
「ダン、……信じるも信じないもそれが現実よ。姉様を抱きしめて『愛してる』って……。あのシリウスがよ……? 私は愛してるなんて一度も言われた事ないわよ! どうせ私なんて姉様みたいに綺麗でもないし、胸もないし、腰だってあんなに細くないし、どうせ‼︎ どうせ!」
「「「それは……。まぁ……」」」
返答に困った男どもが、なんと言っていいのかと口ごもるが、別に「そんなことないよ」と言って欲しいわけではない。
けれど、その憐れみに満ちた視線が気に食わない。
本当に、気に食わない。
ただでさえ気が立っているのだから。
「そんな目で見ないでよ! これから、……たわわに大きくなる予定なんだから!」
「え、お前もう十七だろ? 今からたわわってのは……」
「うるさい! これからよ! 私の体はこれから女らしくなるのよ! 女心のわからない男は黙っててよー! うわーん!」
横にいたビアンカにしがみつくと、「男ってほんとデリカシーないわよね」と、よしよし優しく頭を撫でてくれた。
男どもにドン引きされているのはわかっているけれど、この感情の止め方なんて分からない。
今はただ、なんとかしてこの体の奥に籠る昏いものを発散させたい。
「ま、まぁ、とにかく今日は飲めや」
「話ならいくらでも聞くよ」
そう言って、ダンもレクスも悲しそうにこちらを見て横の席に座った。
その生暖かい、見守るような視線がさらに私を苛立たせる。
「ねぇ、……ちょっと? その子どもの癇癪を見守るような目でこっちを見るのをやめてくれないかな?」
「んあ? そうは言ってもなぁ。俺らから見たら十七歳は子供だからなぁ」
「私これでもあなた達の上司ですけど?」
ドン! と林檎のスパークリングジュースが入ったジョッキを机に叩きつけてダン達を睨みつけた。
私は年齢は一番下だが、この魔術師団に入って、彼らに訓練でも、入れ替え戦でも負けたことはない。
第一魔術師団の『副師団長』は私が実力で手にしているものなのに、とてもかわいそうな目で見られている。
「もちろん、魔術師としてアリアーナ副師団長サマを尊敬してるけど、色恋に関しちゃ俺らの方が大大大先輩だぜ? なんていうか、恋も愛も、酸いも甘いも噛み分けてるさ。ほら、おにぃ様たちに話してごらん」
「は? ダン、あんたこないだの遠征先で飲み屋のおねぇ様方に全員振られてたの見たけど。っていうか全員レクスに持っていかれてたじゃない」
「あ! ひでぇ! 生意気な口を利くのはこの口か!」
そう言って、ダンが涙目になって私のほっぺたをグニュっと潰してきた。
「ひょっほ! はなひへよ! いはい! いはいっへ」
「はい? 何言ってるわかんねぇなあ」
「よしなさいよ、ダン」
「はははは! アリアの顔ひでぇなぁ。とても公爵令嬢の顔じゃねぇぞ」
「ゔぁふ! うるはい!」
仲間達に笑われながら、囲まれたテーブルに私はしばらく……、ほんの少しの間だけ、胸の痛みを紛らわすことができた。
周りの師団のみんなもあえて笑い飛ばしてくれていることを知りながら。
ーー私はみんなの優しさに甘えることしか出来なかった。