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9−2、シリウスの願い

***


 アリアが遠征に向かってすぐ、父がレイルズ公爵と一緒に俺の部屋に見舞いに来た。


「なぜ、俺のいない第一魔術師団に行かせたんです?」


 父と公爵のどちらともなく問いかけると、公爵がまるで我儘を言う子どもを見るかのような目でこちらを見て、やれやれとため息をつく。


 父の決定に代わりないが、間違いなく公爵の進言があってのことに違いない。

 

 俺が竜魔症に罹るまでは、公爵をはじめとした国の重鎮が「第一魔術師団は国の要で派遣には使わない」と言っていたにも関わらず、他の騎士団や魔術師団を調査にすら使うことなく派遣が決定したのだから。


 しかも、セザンダ領からアリアが戻ってすぐの決定で、まともな準備期間すら与えられないまま竜谷に向かわされた。


 

「まぁまぁ、殿下。陛下も王子が二人も竜魔症に罹ってはご不安なのも当然でしょう? アリアも殿下の役に立てるなら本望でしょうし」


 

 まるで彼女が俺のために死んでもいいと思っているかのような公爵の口ぶりに吐き気すら催す。


「それに殿下、娘が無事に戻ってきたら兼ねてから殿下が仰っていたアリアーナとの婚約をわしも認めましょう。今まで出来損ないと思っていた娘が王家の為に役立つと思えば認めざるを得なませんしな」


「婚約を盾にアリアを危険に晒すようなことを認めろと?」


「とんでもないことでございます! そのようなつもりは毛頭ありませんし、……ただ、以前から殿下の婚約者はローゼリアの方が相応しいと言う声が多く上がっていたのはご存知でしょう? それでワシも中々『応』とお返事できなかったのです」


 白々しく話す公爵に苛立ちながら、内心舌打ちをする。

 公爵が今まで散々アリアに難癖つけて、学校でも入団後も彼女の足を引っ張ろうとしてきたのを排除できていたのは俺が第一の師団長だったからだ。


 その状況が今、崩れている。


「シリウス。もうアリアーナ嬢は竜谷に向かったんだ。信じて待ってやるのが恋人の務めじゃないのか? 余もアリアーナ嬢が無事に鱗を持ち帰った暁にはお前の婚約者として発表していいと思っておる」

「父上!」

「ぐだぐだ言わず、お前は療養に専念しろ。第二王子としての自覚を持て」


 父の言葉は正論だ。

 だけれど、それをおいてもなお譲れないものがある。

 

「克服した暁には、俺も第一魔術師団に合流します」

「……」

「……アリアが戻らない時は、父上も『第二王子』を失う覚悟をしておいて下さい」

「世迷い事を……」


 父は「それだけ生意気なことが言えるならまだまだ大丈夫だな」と言いながら公爵と部屋を出て行った。


 

 

「『世迷いごと』……ね」


 確かに正気の沙汰ではないかもしれない。


 一人になった部屋で目を閉じれば、アリアに渡したブローチの魔力を感じる。

 アリアの瞳と同じ、金色に輝く魔力。

 今頃は王都を出た辺りだろうか。


 

 魔術師団に入団が決まった時、アリアに渡したもので、父ですらその存在は知らない。

 アリアにも、詳しい説明をしてはいないし、むしろ、知られてはいけない。



 ブローチには、彼女に死をもたらすほどの攻撃を防ぐ魔法とその脅威の対象を殲滅する保護魔法を二重に施しており、はじめに彼女の魔力を通すことでアリアにしか発動しない魔道具だった。


 

 あの魔法は、発動と同時に『俺の命と全ての魔力』を奪う。


 

 死んだとしても、一度でも彼女を守ることができたならば。

 それがベッドから動くことも出来ない、情けない自分ができる精一杯だ。


「お前だけでも……戻って来い……」


 柔らかな金の魔力を感じながら、祈りのような言葉だけが溢れた。


 

 

 ***

 

 ――アリアが遠征に向かって一ヶ月後、耳が聞こえなくなり、その一週間後には目も見えなくなった。



 嗅覚も味覚も感じなくなり、ただ底知れない暗闇だけが自分の世界になった。

 いつが朝でいつが夜かも分からない。

 

 身体中に大きな魔力が渦巻き、呼吸をするのさえも苦しい。


 このまま、体が耐えきれず死ぬか、魔力の源を掴むか……。


 それは誰にも分からない。



 けれど、暗闇の中にいるのに、常に温かく小さな光を感じていた。

 アリアに渡した、俺の魔力を込めたブローチ。

 


 

 消えることのない魔力と、作動しない保護魔法だけが彼女の無事と居場所を知らせてくれる。

 

 

 それだけがアリアが生きているという安心感をもたらし、永遠に続くのではないかという苦しさを何とか耐えられた。


 彼女だけが俺が生にしがみつくたった一つの『理由』。



 

 そして、アリアが旅立っておそらく数ヶ月。


 苦しさの中でアリアに渡したブローチとは違う大きな魔力の何かを感じるようになった。


 ただ、それは掴めそうで掴めない。


 荒れ狂う魔力の隙間から時々顔を出す程度。

 あと少しでそれが掴めそうなのに。


 ――さっさとこんなくだらない病は克服してアリアの元に……。


 もどかしい日々が続く中、金の光が竜谷辺りから戻ってきたのを感じた。


 今まで離れていたアリアの魔力反応がこの王都の、すぐそばに。

 ――アリアが、戻ってくる。

 

「リア……」


 久々にうめき声ではない声を出したおかげか、声が掠れる。


 王都に近づいてくるアリアの存在を感じ、呼ばずにはいられなかった。

 その時、ふと腹部の奥の奥に、より濃くなった魔力を感じる。


 ここを中心に魔力が渦巻いていた。


 流れを落ち着かせようと魔力の流れを少しずつ調整したところ、苦しさが少しずつ和らいでいく。


 間違いなく、これが『源』だ。


 けれど、溢れ出していた魔力の全てを急に調節することは出来ず、少しずつ制御していくしかない。

 アリアが戻った頃には身体中に篭っていた魔力を全て調整出来るだろうか。


 元気な姿で安心させたい。

 もう、あんな不安を押し込めるような笑顔は見たくない。


 

 それからおそらく数日後、アリアの魔力を王宮に感じ、無事に戻ってきたことが嬉しくて、頬を何かが伝うのを感じた。


 まだ視界は真っ暗で、誰の声も音も聞こえないけれど……。

 この王宮のどこかに感じる暖かい光に心が緩んだ。


 アリアに会ったら『だから自分で克服すると言ったろう?』と言わなければ。

 そうしたら彼女はなんと言うだろうか。

 そんなことを考えただけで心が和らいだ。



 

 それから、数日。聴力も、視力もほとんど戻ってはいないが真っ暗ではないし、微かに音も聞こえる。嗅覚も少しずつ戻ってきた。

 

 あれからアリアのブローチは帰還後王宮内に入ることなく、寮の辺りに感じている。

 きっと今頃は遠征の後処理で忙しいことだろう。


 鱗は持って帰れたのだろうか。

 兄上は間に合っただろうか。


 全員無事に戻ってきたのかも気になるところだが、今は報告を受けてもほとんど聞こえないし、文字もほとんど見えないに違いない。


 むしろ、こんな状況で仕事をしようものならアリアにしこたま怒られるに違いないだろう。

 その姿を想像しただけで口元が綻ぶのを感じた。


 




 ――朝方、アリアのブローチの魔力を近くに感じ取った。


 まだ暴れる魔力は安定しきっていないし数ヶ月寝たきりだったせいか筋力も落ち、体が強張っている。

 それでも、なんとか体を起こして、部屋に入ってきた人物に目を凝らした。


 心臓が早鐘を打ち始め、近づいてくる『光』をはっきりと感じ取り、息を呑む。

 アリアの光だ。



 人影が近づいてきて、ベッドの横に腰をかけてこちらを覗き込むように顔を近づけた。


 目の前で、太陽のような、金色の目がこちらを覗き込み、記憶通りの艶やかな黒髪がさらりと揺れる。


 アリアが微笑んでいた。


 

「ただいま」


 

 微かに聞こえたその声に手を伸ばして抱きしめれば、ふわりとオレンジの香りが鼻腔をくすぐった。


 


「アリ……ア……リア」


 久々に出した声はきちんと声になっているだろうか。


 喉に引っ掛かりを感じ、掠れた声なのは間違い無い。


 

「アリア……。無事に戻ってきてくれて……ありが……とう」


 

 抱きしめ返された腕は、微かに震え、どれだけ彼女に負担を強いたのかと己の心を締め付けた。


 目を閉じてもはっきりと分かるアリアのブローチ。

 それが、発動しなかった事さえ奇跡だと思わざるを得ない。


 自分で克服すると言ったろう? などと言うはずだったことも忘れ、ただ彼女を抱きしめたまま、思うままを言葉にする。


 

「愛してる」


 一瞬こわばった彼女の体をさらに抱きしめ、この腕から二度と離さないと心に誓った。

 

 始めから、アリアと共にあろうと思っていた命だ。

 今後も、この命を、全てを、彼女のために使おうと心に刻み込む。


 

「父上には……話してある。俺の誕生日に……正式な婚約を発表しよう」


 

 そう言うと、腕の中の彼女が小さく頷くのが分かる。

 安堵のため息と共に、彼女を抱きしめた。

 


 

 ――やっと、彼女が俺の元に戻ってきた……。


 


 






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― 新着の感想 ―
あ〜あ〜あ〜。もう知らんわ。
[一言] 姉…聖女ではなく、ただの屑じゃないですか。やっていることが悪質。
[気になる点] 愛してるアリアとねーちゃんを間違える失態を おかしちゃってますが、洒落になりませんよね(笑) 何だかの幻影でも見せられてるのでしょうか。 でも、王子相手にそんな事出来るのか・・?! …
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