姉に助けを求めました
あまりにもヨシュアくんのポンコツ具合に流石にフォローを入れたくなった。
始まりは些細なこと。
「クッキーを焼いたので食べてください!!」
普通科の生徒がいきなり突撃して殿下にクッキーを勧めた。
「そうか。湯気の出ている出来立てのクッキーを食べるなんて初めてだ」
殿下がその生徒から渡されたクッキーに手を伸ばす。
「殿下。毒見もしていないのに食べるのはっ!!」
慌てて止めるヨシュアに、
「なら、ヨシュアが毒見をすればいいだろう」
と命じられてクッキーを口にした。
それから俺の身体が俺のものではなくなった――。
「シルビアは今日も可愛いな。それを見ているとこっちが元気になるよ」
「や~ん、そんなの照れちゃいます~」
言葉の割にまんざらでもない様子の生徒と聞いているこっちが気持ちが悪くなるほどのお世辞を言う自分。
そう、自分。
あのクッキーを毒見してから自分の意識は身体から抜け落ちて自分ではない自分が身体を操っている様子をずっとつぶさに見せられ続けた。
殿下と共に仲よくしているその女子生徒を引き離すことなく傍に行けるように手助けをして、
「ヨシュア。あの女子生徒は……」
引き離すべきだと忠告をする友人たちにわかっていると頷きたい自分とは裏腹に、
「殿下が望まれているのだ」
と、忠告をする相手に逆に余計な口をきくなと言い出す時には自分でありながら自分を殴りたくなった。
何で身体が思うように動けないんだ。どうして、殿下に諫言しないのだ。女子生徒を引き離さないんだと何度も何度も自分の身体に向かって引き留めようと、身体の支配権を取り戻そうとするが、
「はいっ♡ ヨシュア♡」
「ありがとう。シルビアのクッキーは美味しいよ」
と口元に持っていかれるクッキーを当然のように食べていき、そのクッキーを食べるたびに身体の支配権を奪われていく。
(何とかしないと……なんとか……)
何か方法がないかと必死に足掻こうとする。
このままでは殿下が。
「ヨシュア。ちょっとこれ読んでくれ。口頭では説明しにくいから。ああ、理解できなかったらお前の姉君にも読んでもらってくれ」
「……面白いものを調べた。アーシュアにも教えたから」
商人子息と魔術師がある日そんなことを言いながら手紙を渡してくる。
「なんか変なことでも書いてあるのか?」
自由にならない身体がその手紙を広げて読んでいく。それは魅了の効力のある香水とその香水の作り方。
そして、妙な香りの香水を使用している女子生徒――。
「意味が分からないな……」
身体が勝手に手紙を捨てようとする。
身体を操っている何かは分からないと言っているが自分にはしっかり意味が分かる。分かっているからこそこの手紙を捨てさせてはいけない
(駄目だっ!!)
何とかして止めないと。
「…………………………我が家の家訓。【真に困ることは一人で解決しない。助けを求めるのは恥ではない…………………」
(助けを求めないことこそ恥!!)
一瞬だけ、一瞬だけ身体の支配権を取り戻せた。
(姉上なら!! 姉上ならきっと!!)
そうして――。
「あっ……」
気が付いたらベッドに横になっていた。
「荒療治だったけど、コーヒーに下剤効果があったからその効果を高めたものを貴方付きの侍女に命じて無理やり飲ませ続けたわ」
ベッドの傍には姉上の姿。
「姉……上……」
「あそこまで薬の効果が出ているのに我が家の家訓に従ったことは褒めてあげる。でも、未然に防ぎなさい」
叱りつける声。
「はい…………」
そうだ。毒見をしていたのにその毒の効果で正常な状態を保てないなど殿下の側近として足手まといにしかならない。
「フィリップさまが謝っていたわ。香水は気付いたけど、貴方が食べていたクッキーにも薬が含まれていたのに気づかなくてと」
「あいつは甘いもの苦手だから………」
仕方ないですと告げると姉は、
「それでも気づいて防ぐのが王族の側近の役目よ」
叱られてその通りなので何も言えない。
こんな情けない自分では殿下を支えるどころか国を守る事は出来ないだろう。やはり、我が家の跡取りは姉が相応しい……。
「と言うことだからさっさと汚名返上で働きなさい。殿下を正気に戻して、あの毒婦に国を荒らされないようにしなさい!!」
姉が命じる声。
「これの対応次第で後継者を決めるとお父さまの伝言よ」
ここで諦めるような弟を持った覚えはないと叱りつけられたので。
「分かりました」
ベッドから起き上がってすぐさま対応に動き出す。殿下もまた同じように薬の効果であそこまであの女子生徒に操られているのか。それとも――。
(もしそうなら円滑に王太子の交代を行わないと――)
そんな最悪の事態にならないように動くのが自分に与えられた罪滅ぼしだと思ったのだった――。
アーシュアさま今回も出ず。