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つきのひかり(2,682文字)

作者: 門東 青史

挿絵(By みてみん)


虚空に突き出された手が

震えていた。


この力を抜けば楽になれる。

もう腕は限界だった。


月の明るい夜だった。


雄樹の声が届かない闇の中、

私は静かに問い続けていた。



 ・

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 ・



虚空に突き出された手が

震えていた。


この力を抜けば楽になれる。

もう腕は限界だった。


月の明るい夜だった。



雄樹の声が届かない闇の中、

私は静かに問い続けていた。




背に触れる壁が冷たい。


三角に立てた足、

わずかに床に

接した部分が冷たい。



「……」



月光が部屋に射しこむ。



カーテンのない窓を貫いて、

床に転がるビンに

陰影を浮かべていた。


眠っていたのだろうか?

遠くで聞こえる声にふと思う。



何もない部屋。


大きな窓が一つ、

対面の壁にドア。



声が大きくなっている。



「……さい」



耳を塞ぐ。



「……るさい」



膝に顔をうずめる。



「うるさい」



でも声が聞こえる。



「うるさい!」



振り回した左手が壁を打つ。



冷たい壁は

温かく迎えてくれない。


痛い。

痛いよ……。




泣き声。



泣き声だ。


お腹がすいているのかも

しれない。


オシメを換えて欲しいのかも

しれない。



「……」



でもここは一軒家。


もう隣の上野さんに

文句は言われない……。



「だから黙ってよ……」



あとはあの子だけ。


あの子さえ

黙ってくれれば……



首にかけた銀の十字架、

握りしめても何も変わらなかった。



 ・

 ・

 ・



そのころは

まだワンルームだった。



共同生活。


そう呼ぶのがしっくりくるような、慎ましやかな暮らし。結婚して3年、


あの人の稼ぎならもう少し大きな部屋に引っ越せたが不満はなかった。



「なあ、佳織」



日曜の朝、新聞を読んでいたあの人が私を呼ぶ。



「なに、雄樹?」



二層式の洗濯機に水が注がれるのを見下ろしながら訊き返す。



「今日の午後、

 出かけないか?」


「ん?」


「だめかな?」



亭主関白とは対極の位置にいそうな人だったが、その時はその傾向に一層輪がかかっていた。


いぶかしがりながら洗濯機から離れる。



「何かあったの?」


「いや、俺には何もないけど」


「?」



一枚のチラシを広げながら肩越しに私を見る。


私の顔、そこからすっと視線が落ちて、お腹の辺りで止まる。



「赤ん坊が生まれたら、

 ……引っ越そうって、

 そう思ってたから」


「……え?」


「でさ、偶然ここに分譲地の広告あるから、

 ……行ってみない?」



拒否する理由はない。

私は小さく頷いた。


そんな私を

穏やかに見つめながら、

あの人は微笑んでいた。



 ・

 ・

 ・



泣き声は終わらない。


壁を支えに立ち上がる。

頭がきりきりと痛んだ。


身体が重い。


まるで鎖で繋がれたみたいに

四肢が思うように動かない。


前に出した右足が何かを踏む。


バランスを崩して

壁にぶつかった。



「いたい……」



ビンだ。


それが何のビンだか覚えていない。

どうせ効かない薬だ。

白い錠剤の入ったビンを蹴飛ばして、ふらふらとドアに近付いた。


ドアが開く。

二階の廊下は真っ暗だった。


電気はついてない。

壁に手をつきながら、階段を下りて行く。


階段はひんやりしていた。

その冷たささえ痛みに感じた。



「いたい……」



階段を下りきったようだ。

前へ出した足が段を掴めない。


……どこに、置いたっけ?


ワンルームから引っ越したばかりでそんなに荷物はない。


だからほとんどの部屋は

がらんどうだった。


声が聞こえる。


広すぎる家ではどこで泣いているかもぼんやりしていた。


廊下を歩く。

トイレ、そして洗面所。


洗面所を覗き込む。

赤ん坊はいない。


買ったばかりの全自動洗濯機が一つ、そこに静かに佇んでいた。



廊下を歩く。

この家は広すぎる。


ドアを開け、和室に入る。


いない。

隣の部屋だ。


ふすまを開くと洋間に出た。

ベビーベッドがあった。

そこでその子は泣いていた。



「よしよし」



抱えあげる。

泣き声は変わらなかった。


同じようなリズム、

同じような音量、

同じような声で泣き続けていた。



 ・

 ・

 ・



「そろそろプレゼント

 ……交換しよっか」



それはあるクリスマス・イブ。


雹の降るその日、私はマフラーをプレゼントした。


セーターも編めるけど私はマフラーを編んだ。


ちょっと長めに作った。


一緒に首に巻ければとか……、そんな不埒な考えもあった。

でもそれは内緒。



「ありがとう」



私の策略に気付いたのか、長さを気にしながらはにかむように笑った。



「じゃあ、俺からは、これ」



手渡されたのは小さな箱。


まるで貴金属のアクセサリーを入れておくような、

高そうな箱。



「……え?」


「サイズ、

 合ってるといいけど」



開けてみる。

中に入っていたものに

私はしばらく見とれていた。



「これって……もしかして……」



顔を上げる。



「俺、人付き合いとか上手くないし、考えのない言葉で誰かを傷つけてばかりいるけど……」



うつむきがちに、ぽつりぽつりと言葉が生まれた。



「でも、佳織だけはずっとそばにいて欲しかったから……」



ごにょごにょと言葉は続くが、聞き取れなかった。



「うん……」



私が返した言葉も

囁くような音量だった。



 ・

 ・

 ・



私の体内時計が狂ってしまったように、この子も時間が分からないのかもしれない。


深夜にお腹をすかせて泣くなんて…。

赤ん坊に時間なんて関係ないのだろうか…?私は二階に立っていた。

二階のベランダ。


見下ろした庭は引っ越したばかりで閑散としていた。


それは不毛な大地を思わせた。

ただ闇色に彩られた

デコボコの地面。



「ごめんね」



おっぱいにしゃぶりつくその子に、私は話し掛ける。


出が悪いのか、

赤ん坊は必死に見えた。



「ごめんね」



もう一度だけ、

その子に謝った。




わたしは 


こんなもののために 

うまれてきたんじゃない



「……」



落ち着いたのか静かになった。

人の気も知らないで、

すやすやと寝息をたてていた。



「……終わりにしようか」



ベランダから両手を突き出す。


その両手に支えられ、

赤子が眠る。


手を離せば、手の力を抜けば、この子はそのまま落下する。


……腐敗した大地に。


そんな土地で、人々はどうやって生きていけというのだろう?


私が生まれたのはこんな場所じゃなかった。


なかったはずだ……



 ・

 ・

 ・


 ・

 ・

 ・



夢を見た。


恐い夢だった。

正夢と呼べる、恐い夢だった。


散らばっていたのは破片。

あの人の破片。


ガラス細工のような、

あの人の破片が

周囲に散っている。


私は泣いていた。

大声で泣き叫んでいた。


夢の中で必死になって、

私はあの人の破片を集めた。



この大地じゃ

すぐに風化してしまう。


だから慌てて破片を集める。



でも間に合わない。


集めても集めても、

抱えられた破片は

静かに風化していくのだ。


それでも私は集め続ける。



破片は一向に減らなかったから。


集めれば助かると信じていたから……。




「……」



両手には赤ん坊。


虚空に突き出された手が

震えていた。


この力を抜けば楽になれる。

もう腕は限界だった。


月の明るい夜だった。


雄樹の声が届かない闇の中、

私は静かに問い続けていた。



予約投稿の仕方が分からず、変な時間に投稿してしまいました。

(短編は予約投稿できないのか?)


でも話の内容としてはちょうど良い時間かも。


===


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