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狂信者

(ん?今魔法ネットワークを作ったって言った……?)


 目の前の人を見つめる。

 親し気な笑顔を惜しげもなくこちらに向けてくれている、ハンドルネーム『信者』。王子と姫そして勇者も同じ部屋でソファでのんびりとくつろいでる。警戒してる様子もないし、きっとこの人は怪しい人じゃないんだろうけど……。


「会いたかったよぉ聖女ちゃん!」

「はぁ、初めまして」


 確かあれだよね。魔法ネットワーク作った人なら、転生者って……こと?


「僕ねぇ、ネットアイドルを生み出したくてさ」


 唐突にその人は言った。


「分かるかなぁ、アイドル」

「はぁ……」


 アイドル……長らくその言葉を聞いていなかった。前世の世界の話だよね。ネットというからにはバーチャルアイドル的なもの?


「歌って踊る少女たち……いや男性もですけど、そういう?」

「ん!いいねいいね!そうそう」


 僕さぁ、ほんとに大好きだったわけ、と彼は続ける。


「若く美しいその瞬間を切り取ったみたいに、花が咲くように一番美しい姿で夢を見させてくれるの。甘酸っぱく恋焦がれても、恋した人みんなをただ幸福にしてくれる、完璧な偶像。ピンで立つその姿も尊いけど、大人数で歌い上げるのも素晴らしい。推しがいたし、箱推しもしたし、追っかけは長かったし、僕、もう一度会いたくてさぁ……」

「はぁ……」


 思い出したのか哀しそうな顔をすると、次第に泣き出す。


「推しに会いたい」


 人のこと言えないけど、この人、変な奴だ。


「……この魔法ネットワークの中で、アイドル的な存在を生み出したいってことですか?」

「そう……!そのためなら僕なんでもしようと思って。でさ、この世界テレビないじゃん?どうやって売ってくんだって話。テレビ作るよりインターネット作る方が早いじゃん、ってなって。要は魔法でデータをどう溜めてどう流せばいいってことなんだから。でも1人じゃ無理だから同士を探したら結構いたのよ。あ、ネトゲ出来ないと死ぬって人がいて、この辺はそいつが開拓したよ。僕はもっぱらシステムと動画系に力入れてて、こっちの方は詳しくないんだけど。仲間と、死に物狂いでネットを開発してきたの。なかなか頑張ったと思うけど……でもまだまだだよね。足りないものも多いし……」


 アイドルの話をしてたと思ったらインターネット開発の話になっていた。

 ……ほんとに?そんな理由で作ったの?


「アイドルへの壁がこんなに厚いなんて思わなかったんだぁ」


 信者は両手で顔を覆って泣いてしまう。

 ちら、と王子たちに目をやっても、すました顔で紅茶を飲んでいる。


「どう、厚かったんですか?」

「……階級社会がにくい」

「え?」

「まず、身分の高い人はそんなことやってくれないんだ。あらゆる意味で承諾されない」

「あー……」

「でも身分なんて関係ないし平民にかわいい子はいっぱいいる。会いに行けるアイドルの可能性も計り知れないし」

「地下アイドルみたいな」

「そうそう!」

「アキバの集団アイドルグループみたいなの作ろうとしたんだけど」

「48人くらいで?」

「そうそう。そしたらどうなったと思う?」

「……想像つきません」

「メンバーが集まらなかったんだよぉぉぉぉ」


 また両手で顔を覆ってしまう。


「え?なんで?まさか」

「アイドルの概念がないんだよ……」


 そんなまさか……と信者の悲しみにうっかり共感しそうになってしまった。

 彼はハッと顔を上げて、王子たちを振り返って言った。


「あ、彼女、転生者ですよ」

「……!」


 自然に前世の話をしてしまってた。いや、隠してもないけど。こんななにも考えずに話すつもりもなかっただけで……。


「……へぇ」


 王子の胡散臭い笑みがなんか怖い。姫は楽しそうにキラキラした瞳をこちらに向けているし、勇者は安定の無表情。


「キミは?好きなアイドルは?推しは?」


 当たり前のように信者は聞いてきた。彼の中ではいるのが当たり前のようだ。

 もう、いっか、転生者だってバレたし。


「私はどちらかというと……あんまり興味なくて。犬三匹が家族で、動物が一番好き。んーでもあえて推しっていうなら、二次元のキャラとかの方がまだ」

「へぇどんな二次元の人?」

「最後に好きだったのは発売したばかりのファーストクエストseries10のライオス様かなぁ。影のある性格、だけど大人の包容力……いい……」

「ん?10?へぇ……僕のころ最新は25だったかな」

「……え?」


 それってどんくらい時代がずれているんだ?

 思わず二人で見つめ合ってしまう。


「そっか、キミのころならアイドルってまだ」

「え?」


 まだなに。


「……いやいいんだ。ネットアイドルってわかる?」

「ネット上のアイドル……vチューバーみたいなの?」

「んー!いいねいいね!今目指してるのはそういうの。ネット上のアバターを使ってアイドル生み出したいの。でもまずはさ、アイドルの概念を普及させなきゃなんだけど、どうしたらいいと思う?相談に乗ってくれる?」

「えぇ……いいですけど、あの、今日はyouは何しにここへ?そんな要件ですか?ネットの説明してくれる人がくるはずだったんですけど……」

「大事だよぉ。命がけだよぉ。助けてよぉぉぉぉぉっ……!!」


 その日は夜遅くまで信者は帰ってくれなくて、王子も姫も早々にログアウトしたけど、勇者だけは見守ってくれていた。無言で。きっと呆れていただろう。


「ぶっちゃけ、金の問題なんだよぉ」

「ぶっちゃけすぎだな……」

「国策として費用出して貰えてたけど、そろそろ何か新しい、国民に浸透するような大きな成果みせないとダメなんだって。僕好きなことしかやりたくないよ……」


 好きなことって。


「ねぇ、聖女ちゃんアイドルやろうよぉぉぉ」


 それか!


「いやですよ!」

「顔を売る、こんなチャンスないよ!?」

「いやだぁぁぁっ」


 信者が縋るようにしがみついてくるけど、こいつ絶対本物のアイドルにしがみついたりしないだろ!


「もう、遅い、帰るぞ」


 最後には勇者が信者の首根っこを掴んで、パーティハウスから強制退室させた。

 一人になって、私はへとへととソファに倒れこむ。


 疲れたよパトラッシュ。


 転生してから一番疲れた日だった。

 まさかの日本生まれの転生者に出会えたのに、何一つ感慨深いものがなかった……。


 アイドルを生み出すことに命を懸けてるハンドルネーム『信者』。私は彼を心の中で狂信者と呼ぶことに決めた。

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