クエスト
翌日、パーティでクエストを消化した。
うちのパーティは構成バランスが良く強さ的にも最強だ。このゲーム世界最強の剣士、吟遊詩人、黒魔法使い、白魔法使いが揃っている。
吟遊詩人の姫は戦い方を学ぶことに特に熱心で、パーティが終わると勇者に教えを乞うている。
「あそこで支援して良かったにゃ?」
「問題ない。だが、最後は遅すぎたな」
「ごめんだにゃ……次は任せてにゃ」
そんな二人を見詰めていると、黒魔法使いの王子がにっこり笑って言った。
「聖女ちゃん、上手いよね」
「そ、そうですか?」
「ヘイトが来ないように調整するの完ぺき」
「へへゲーム慣れしてるだけですよ」
ほめられると悪い気はしない。
「王子も、とどめをさすタイミング完ぺきです!もしかして魔力消費量計算しながら使ってません?」
「ん?へぇ?分かるんだ」
「分かりますよ。効率的に魔法使われててすごいなぁって」
「んーいいね。周りを良く見てるんだね」
王子は話してると人をほめようとするタイプのようだ。チャラそうに思っていたけど、これは本当にモテそうだ。
「解体するぞ」
勇者がこちらを見て言った。
「そうだな」
「ふぅ、もう一仕事だにゃ☆」
「はいー」
さっくりとクエストを終わらし、倒したモンスターを解体する。
このモンスターというのは獣に似てはいるけど、禍々しい特徴がいくつかあって、目が一つとか、足が8本とか、一目で普通の動物とは違うのが分かる姿をしている。
間違っても魔族などではなく魔王も出て来ない。そこまで現実をゲームの中に組み入れるような生々しいことはしていなかった。
現実の魔族には獣人に似た姿をしているものもいるけれど……このゲームの中では、獣への愛が深いというか、人間のアバターより獣人アバターの方が可愛いし、ペットにも、もふもふ獣が飼えるようになっている。だから王子や姫のように獣人アバターを選ぶ人はとても多い。
けれど、今日倒した獣は少し人型に近い獣だった。
きっと誰もが魔族のことを心の中に思い描いていた。
「魔族の土地は、ネット接続出来ないそうなんだよねー」
「へ?」
王子の台詞に驚く。魔族の土地の情報なんてどこにもないのに。
「なんでだろうねぇ、人の世界になんでもなく生えてる雑草とか、そういうのがある土地じゃないと、ネット接続出来ないの」
「雑草ですかぁ」
魔族の土地、草生えられない……。
「だからねぇ、幽閉された聖女ちゃんは、人間の土地にいるはずなんだよ」
――その話か!
確かに塔の眼下には白い花が咲き誇ってる。ここ人間の土地だったのか。
でも魔族の村みたいになっているようにも見えるけど……魔族、人の土地にも住めるのか。
「位置情報追えないのも、おかしいんだよ」
「そうだにゃ。強力な阻害魔法が掛けられてるんだにゃ」
それは裏ネットのトップシークレット情報だった。個人識別番号から、管理者達は個人の位置情報を追跡できるという。だから犯罪を犯してもすぐに捕まると。嘘か本当か分からない、都市伝説に近い情報だった。
「ネットワークを構築してるかなめの部分は、大地深くに眠る魔力の底と言われるものが利用出来てるからなんだ。未分化の魔力の塊が流れ続けるその場所に、ネットワークを構築する魔法式を刻み続けるために古代遺跡を利用してる。大地の膨大な魔力量に……ってこの辺話すと長くなるから知りたかったら詳しい人紹介するよ」
「ぜひお願いします」
なんで王子こんなに詳しいんだろう。
「だから、魔法ネットワークを作った大国も、協定を結んでいる国の遺跡などを利用して、他国にもネットワークに繋がれるようにしてる。ネットに繋がる時点で、そういった国の中にいると思われるんだ」
まじかよ。驚きながら彼の表情を伺うと、胡散臭い笑みを返された。
「なに?惚れた?」
「いえちっとも」
「……王子」
珍しく勇者が口をはさんでくる。
「だからこそやっかいってことさ……聖女が魔族に囚われているだけならば、まだ話は単純だった」
小国同士のちいさな小競り合いは多いけれど、もう数百年、二つの大国同士の大きな争いは起きていないのだと聞く。どこの国が聖女を囲っているとしても、間違いなく国際問題になるよな。
「戦争が起きてもおかしくないのか……」
戦利品を拾いながらポツリと呟くと、王子は肩をすくませた。
それなら「魔族に幽閉された聖女がネットに接続している」なんて存在を認めるだけでも、火種になるんじゃないか?だから私は放置されることになったのか?だれがわざわざ争いを起こすことを望むというのか。
「まぁ、実際のところは分かんないんだにゃ~」
「各国それぞれ、聖女捜索をしていることは間違いないよ」
勇者が食い入るように私を見つめ続けている。視線が痛いぞ。私はへらりと笑って言った。
「囚われの聖女も、きっともう助け出されることなんて望んでないですよ」
「……なぜだ?」
勇者がまた口をはさんで来た。
「だって……人の中に戻っても、実の家族が誰なのかも分からない。友人も知人もいない。常識もない。もしかしたら今更怖くて人と話すことも出来ないかもしれない。そんな人間なんて、よくて魔王を倒す駒として期待されるだけじゃないです?面倒くさいですよね」
「……」
「という……設定なんですよ」
苦虫を嚙み潰したような表情で私を見つめる、クソ真面目な勇者を見ていたら、くふふ、と笑い声が漏れてしまった。
勇者は良い反応をするなぁと、思う。
王子や姫は何を言ってもふわっと受け流すし、普通の人は拒絶や嫌悪を返してくるというのに、勇者だけは私の設定を真面目に聞いてくれている。勇者の心にはまるで私の言葉が届いているかのように、打てば響いてくれるから。
「さて片付けも終わったし」
「帰るかにゃ」
「お疲れ」
「お疲れ様ー」
つい、からかってしまいたくなる。
「じゃあ勇者、今日も朝までふたりで過ごしましょうか?」
「……ふざけた言い方をするな」
少し顔を赤くして姫と王子に言い訳をする勇者は、まるで最強の剣士には見えず、純朴な少年のようだった。
しばらくして、王子と姫が「知り合い」を連れて来た。
このゲームを始めたばかりみたいで、『信者』というハンドルネームの横に初心者マークを付けている。
パーティハウスのリビングで紹介されたその人は、年齢不詳な感じはするけれど、30〜40くらいの青年で、長い黒髪を後ろで束ねて、全身真っ黒い衣装に身を包んでいた。
「いやっほぉ。僕が魔法ネットワークを作った『信者』だよぉ」
軽くて明るいノリだった。