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笑顔

 パーティメンバー共有の家を買った。

 湖畔の近くにある、緑色の屋根の家だ。


 言ってみればルームシェアの家で、玄関は一緒だけれど荷物を置けるような部屋は個別にある。リビングではみんなで次の戦闘の打ち合わせをしたりする。共有金庫もあって、パーティの財産である素材やお金などがしまえるのだ。


 家を買うことはパーティを数回ほど組み続けたあとに、姫が言い出したことだった。おしゃべりが出来る場所が欲しいと。通常より安く、休憩所として使える場所があると便利だって。反対する理由はなかった。


 それにさ、家、欲しかったんだよねぇ……。

 くふふ、と思わず笑ってしまう。家!憧れの家。ぼっちだとお金の問題で高すぎて買えなかったけど、これで宿屋に行かなくても回復出来るし、荷物倉庫も増えるのだ。パーティさまさまだ。






 その日も、リビングで次のクエストの打ち合わせをしていた。

 大体話がまとまった頃、別れの挨拶をする前に王子が「ちょっと離席」って急にアバターを固まらせてしまった。


 ソファに座り込んでいる私たちは、気持ちばかりの紅茶を飲んでいた。ステータスを微妙に上げる効果が付与される飲み物だけど、高レベルの私たちには意味の無いほどの数値しかあがらず、ほとんど趣味で飲んでいる。


 なんとなく気まずく思いながら、目の前の席に座る姫と王子と勇者を、ちらりと眺めた。

 猫耳をぴょこぴょこ動かす可愛い獣人と、金色のピアスをじゃらじゃら付けているいつも笑顔の獣人、金髪の凛々しい剣士。


 私たちは実に「基本設定」に忠実なキャラクター作りをしていた。

 「基本設定」というのは、そのハンドルネームに対して、ということ。


 「姫」は東の大国の姫の容姿にとても似ていた。

 愛くるしい顔立ちや表情はネットに出回っている姫そのままの姿かたちであったし、そこに付け加えた猫耳は驚く程あざとく可愛らしかった。


 離席中の「王子」も東の大国の王子の容姿にそっくりだったし、さわやかな笑顔を絶やさない社交的な性格であるとネットの辞典に書かれていたけれど、そこはなんか軽くちゃらい親しみやすさが付け足されていた。


 私に関しては、前聖女にそっくりな容姿だし。

 分からないのは「勇者」だけなんだよね。勇者の情報というのがどこにもあがって来ない。裏情報的にも全然。

 私はへらりと笑って言った。


「本物の勇者って、情報出て来ないですよね。どんな人なんですかね~?」


 私の言葉に、姫が勇者を横目に見てから言った。


「そうなの?ぜんぜん情報ないにゃ?」

「真偽不明なのはいくつか見たことあるんですけど」

「ほほーー」

「絶世の美男子であるとか」

「ほ、ほう」

「ゴールデンウルフ……このゲームでも出てきますよね。強く美しいさまが、その伝説の魔獣に例えられて呼ばれているとか」


 姫が噴き出した。


「ゴールデンウルフ!聞いたことある?にゃ?」


 話を振られた勇者は心底嫌そうな表情をして顔を背けた。


「あるが……知らん」

「あるんだ!」


 何がツボに入ったのか姫の笑いが止まらない。


「いいじゃない。ゴールデンウルフなんて私も呼ばれたいにゃ……」


 彼女はとにかく獣のたぐいが大好きらしい。アバターに選ぶくらいだもんね。猫語だし。


「ん~でもね~きっと、本物もこんな朴念仁じゃないのかにゃ~」


 笑い飛ばす姫は、どうやら目の前の勇者アバターの現実の世界でも知り合いのようだった。本物の姿でも想像しているのかもしれない。


「あ~寡黙系ですか~」


 私たちの会話に、勇者はもう答えない。勇者は逞しい姿かたちと、美しい顔立ちを持つ、このゲーム世界最強の剣士。プレイヤースキルが高いっていうのかな。同じレベルだとしても、太刀打ちできない剣術を披露するのだ。運動神経とか、戦略的知能とか、そういうのが高い人なんだと思う。


 そのとき、離席中だった王子の固まっていた体が動き出した。


「ん?噂なら教えてあげようか~?」

「なんですか?」

「……孤高の金鉱石」

「それもなに?にゃ?」

「美しく、硬く強い、みたいな?」

「金は共通なんですね。金髪なんですかねー」


 勇者キャラの髪色と一緒だね。


「あ~ごめんね。落ちないといけなくなっちゃって。また明日でいいかな~」

「私もそろそろ落ちるにゃ~」


 王子と姫の言葉に、明日のクエストの約束時間だけを決めて別れた。


 二人が消えてからはっとした。しまった、一緒に落ちそびれてしまった。

 と言っても私は落ちないんだけど。ずっとログインしっぱなしだから。逆に勇者は忙しそうで、昼間はほぼ入って来ない。勇者と私の間に漂う沈黙が重いぞ。


 まだ落ちないんか?と、いつになく長居する勇者を見ると、彼は視線を受けて、ぼそりと言った。


「勇者は……生まれた村で、強すぎる肉体故に、魔族なのではないかと恐れられ育ったそうだ」

「へ!?」

「勇者の、設定だ」

「ああ……」


 設定ね。OK。私たちはいつもそんな話をしている。


「人に疎まれ育ったために、人との会話が苦手だそうだ」

「……」

「……設定だ」

「はぁ……」


 不意な話に、勇者の話をしているのか、目の前の中の人の話をしているのか、困惑してしまった。

 だって考えることある。

 普通には思えないプレイヤースキルをどこで培ったんだろうなって。どこかでなにかの実践を積んできたんじゃないかって。


 勇者を見つめると、彼は気まずそうに視線を落とした。

 思えば、勇者がこれだけの長い会話をしてくれたことすら初めてなのかもしれない。二人きりになって、彼なりに気を使ってくれているのかも。


 最初は、粘着系、執着系のストーカーなのでは……そんな疑惑も持っていたけど、彼は人に対して分かりやすいくらい壁を作っていて、私のプライバシーに、不用意に近づいてくることもない。


「聖女は塔の上に囚われている設定ですよ。容姿は前聖女にそっくりで、虹色の魔法が使えますよ」


 お返しのように言うと、勇者は何を考えているのか分からない無表情のまま私を見つめた。


「……そうか」

「そうですよ」


 誰にも伝わらない真実は、もはや本物なのか偽物なのかも分からないけれど。


「金を稼ぎに行くなら手伝うが」

「うが!?」


 勇者の言葉に驚く。


「え、お金、な、なんのことかなー」

「……」


 じっと見つめてくる瞳が怖い。

 実は、夜は一人でお金稼ぎをしている。あんまり大きな声で言えないお金だ。

 一人でレアモンスターを狩りまくり、出て来た戦利品をさらに生産スキルで加工して日々売って金にしてる。そこまではいい。まとまった金を、裏ルートでゲーム外ネット通貨に換金していた。それはグレーを通り越している。でもさリアルマネー持ってないのだから仕方ないじゃん。ゲームするのにも、ネットの裏の情報を手に入れるためにも、資金稼ぎは大切だ。


 こいつは絶対、不正のふの字も許さないタイプだ。

 生真面目で、頭が固い。正義というものを漠然と信じてるそういう性格たぶん。

 いつ私の悪行がばれたのだろうかと、冷や汗だらだらだ。


 だけど……なぜだかその瞳には、批難の色は浮かんでいるようには思えなかった。

 安定の無表情だ。


「……どういった気まぐれで?」

「暇だからだ」


 まぁ、どうせバレているなら、最強剣士の力を借りれば日頃の数倍の速さで狩りが終わるだろうか、と、打算の気持ちで勇者を連れていくことにした。








 気軽に連れていったのに、驚いた。勇者ってここまで強かったのかと。フィールドのモンスターを種別問わず一瞬で全滅させていく。勇者が通った後には屍の山が出来ていた。比喩ではなく。


「いやいや、そこまでやらなくていいから」

「そうなのか?」


 力の加減が分からないのだろう。振り下ろした剣からの熱気が収まらず、勇者が顔をしかめている。

 え、このゲームこれでいいの?ゲームバランス一人で崩してない?強さの上限越えてない?


「剣から力の放出止まってないですよ」

「止まらん」

「あ~もう!」


 不器用な勇者が歯がゆく思い、つい手を出してしまう。

 私は勇者の剣を握る手の上に自分の両手を添えて、白魔法を展開させる。


 癒しの魔法はいくつかあって、傷を治すものが主流だけど、精神を安定させるときのものもある。精神異常の魔法を解いたりね。

 重ねた手の部分から白く輝く魔法が広がっていく。勇者が目を見開くようにしてそれを見つめていた。


「……じっとしていて」


 勇者の体からあふれ出る熱気が私の白魔法と重なり合うようにして徐々に小さくなっていく。勇者の精神が落ち着いて来ている。


「力が強いのに、制御が苦手なんだね。大丈夫慣れだから。そのうち自分で出来るようになるよ」

「……」


 勇者の瞳が凝視するように私を見下ろしていた。いつも無表情なやつだけれど、それにしても見つめ過ぎだろう。


「なんだ?」

「いや……本来俺は人に触れられるが苦手なのだが」

「あ、ごめん」


 ぱっと手を離すと、勇者は自分の手を見つめながら言った。


「お前に手を重ねられるのは、とても気持ちがいいものだった」

「……!?」


 勇者から大きく飛びのくと、自分の体を本能的に抱きしめながら叫んだ。


「勇者、変態だったのか!?」

「……はっ」


 は、はははははっ……と、弾けるように大きな声を出して笑い出した勇者がそこにいた。


 月明かりだけの森の中で、金色の髪が体が揺れるたびに光り輝く。初めてみる、日頃無表情な彼の純粋な笑顔だった。


「……なんで変態って呼ばれて笑うんだよ」


 そんなの真正のやつだけじゃないか。大丈夫なのかこの勇者。

 けれどそんな私の困惑の台詞すら勇者は笑い飛ばしてしまう。


「変だよ、勇者」


 滑稽過ぎて、思わずつられて笑ってしまった。すると勇者が笑ったまま顔を上げて、私を見つめて言った。


「お前もやっと笑ったな」


 こいつは何を言っているのだ。私は毎日笑顔を絶やさず過ごしているじゃないか。




 ――勇者はその日から毎日のように金策に付き合ってくれて、素材に関しては平等に分配することになった。

(幽閉聖女ちゃんを探そうpart250)

ネトゲに降臨してる!

ま?

識別ID60000確認してきました

聖女ちゃんが現れたと聞いて

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