夢のあと
ここはどこなのだろうと、目を覚ました「私」は、ふと思う。
目を覚ました、なんて表現は似つかわしくないのかもしれない。
長い眠りから目覚めたような気持ちだった。
夢を見ていた気がする……そう思いながら横を向くと、朝日を浴びて輝く金色の髪が目に入る。長いまつげが伏せられた、美しい顔。
隣に眠るクレイグはとても穏やかな……天使のような表情をしている。
ふふっ……と笑ってしまう。いつもは気難しい顔をしているのに、寝てるときは眉間に皺がないんだ。
笑い声に反応するようにクレイグが瞼を上げた。ゆっくりと私を見つめると、微笑んだ。
「……おはよう」
「おはよう」
思えば深夜のネトゲ生活ばかりで、朝の挨拶なんてした覚えもなかった。なんて健全なんだ。不健全だけど。
照れるように見つめ合ってから、彼はベッドの上に半身を起こすと壁にもたれるようにして私を見つめた。
「……夢を見なかったか?」
「見たよ」
もしかして同じ夢を見たんじゃないかって私も感じてた。あまりに生々しくて、まるで確かにあったことのようだった。けれど本当のことなのだとしたら、それはどういうことなのだろう。
「何か一つの呪縛が解けたように思う」
「呪縛?」
「この体を支配していた何かが消失している……それを感じる」
「……」
「呪いだったのだろうか……本当のことかは分からないが」
「呪い……」
「そんなものがあるのかも分からないが……」
鳥の鳴き声が聞こえる。朝日に照らされる部屋の中、ぼんやりと、クレイグの言葉を聞く。
それは夢の話。
あれはきっと、亡き王国のこと。おとぎ話だ。
「そんな話を誰も信じないだろうな」
「うん……」
「だから……きっと俺にしか、出来ないことがあるだろうな」
クレイグは力強く笑う。
「……今度は、勇者ではなく、魔王と呼ばれてしまうかもしれないが。それでも。俺が人と協力することでしか解明されないことがあるだろう。話し合い助け合い、より良くしていくために」
「うん……応援するよ」
私は体を起こすと、クレイグの体に寄り添って座る。
「ずっとそばにいる」
「……ああ」
「いつか叶うといいね。最初の二人の願い」
「……」
魔獣と暮らすことを望んだ少女。人と魔族との平和を求めた魔獣。
きっとこの人は人間と魔族の関係を変えてくれる。そのために出来ることをしようとしている。
「私ね夢のあとの記憶があるかもしれない」
「……なんだ?」
「何度も何度も人生を繰り返して、最初は覚えていた過去も忘れて、でも願うの……あなたの幸せを願ってる」
「……」
「花言葉を思い出したときに、そう思ったの……」
あれは夢。
ただ、そんな風に感じただけ。
朝日の中で、どんどん薄れていく、想いの残像。
「分からないことばかりだね」
「ああ」
最初の魔獣は、どうやって知性を得たのだろう。魔獣と仲良くなれたなら、魔族とも意思疎通が可能になる未来はくるのではないか。
それに、最初はただの少女だったのに気の遠くなるような時の中で魔法が使えるようになったというあの子は……まるで聖女ではなく魔女のようではないかと、そんなことも思う。
「私の魔法も……」
これは魔物を倒すものなのか、それとも呪いを解くものだったのか。
「ああ、一つずつ調べて行こう。国も教会も協力してくれるはずだ」
「うん」
何も急がなくていいんだ。私たちの『現実』はきっとまだ始まったばかりなのだから。
それからの日々はあっと言う間だった。
クレイグは、ゲーム婚とそっくりの指輪を買ってきてくれた。もちろん、うれし泣きしながら受け取って、ゲームと両方で結婚式を挙げることになった。
クレイグとともに、南の小国に向かった。私はそこで、自分の名前を知った。攫われた娘の名前は「フィーラ」という。フィンフィラから名付けたのだという。私は間違いなく、肉親に出会えたのだと……そう感じた。人の好い優しい両親と妹が居た。連絡先を交換し、妹とはネトゲもする約束もした。なんと最初にお母さんに会いに来たのは、掲示板の情報から来てくれた人だったんだって。そんなことあるんだね。
毎日のように教会に通っている。
聖女様として敬われながら、神の教えを学ばせてもらい、私の力を調べてもらっている。
「魔素と言うものはご存じですか?」
「魔素?」
「生命によって使われた魔力の残滓……それが地上に降るようにたまっていくのです。魔素の多い土地では植物は育ちません。魔素の多い土地に住むのは魔族です。彼らの土地にはほとんど植物は生えていません。魔法ネットに繋がらないと言われているのもそれが所以でしょう。大地の根底の魔力の力が薄れている場所なのです」
そんな風に、フィンフィラさん……神官シエルさんは説明してくれた。
「聖女様の力は、どうやら地上を浄化させる力もあるようだと分かってきました。魔素を浄化します。本来、浄化は地上の草木が自然に行っていることです。けれど原始の魔力の影響の強いフィンフィラが輝くのは、大地の魔力を満たしている証拠。聖女様の力の後押しがあれば、枯れた土地すら再び甦らせることも可能ではないか、そんな研究が出来ないか、と今は議論中です」
「そうなんですね……」
何もかも知らない話ばかりだ。
――「生き物に取り込まれる前の未分化の魔力そのものは、愛と呼ばれるものに1番近いと言われています」
いつかフィンフィラさんの言っていた言葉を思い出す。
私はそっと心と言うものについて思いを馳せる。
誰でも心の底にフィンフィラの花のような輝きがあるんだろうか。それは愛に近いのに、簡単に悲しみにも怒りにも移ろう。けれど輝きに照らされれば魔素が浄化され大地に還っていくのと同じように、浄化され消えていくのだ。
まるで魔法ネットの世界であったことと変わらないなと思う。想いはいく通りにも変化していったのだから。
家に帰って勇者にその話をすると「魔素か……魔族は魔素をネットワークのように使い意思疎通しているのではないか……」そんなことを呟いていた。彼も国と協力して、魔族たちの調査に乗り出そうとしている。
狂信者――本名、タイラーさんが我が家にやってきた。
緑の屋根の勇者のおうちに、私たちは住んでいる。
「やぁ、やぁ!これ見てよ」
今日も目の下にくまを携えた彼は、掲示板を見せようとする。
――――――
(我らがアイドル聖女ちゃんを愛でようpart13)
聖女ちゃん可愛いよ聖女ちゃん
こんなに可愛いとは
生きる宝石
一目拝みたい
――――――
「うぇ、なんだよ、このスレ!!」
「アイドルって言葉浸透してきたかな!?」
今こそチャンスだよ!と狂信者は続ける。
「今ねぇ、キミすっごく人気なんだよ。ねぇ、お願い。アイドルグループ入らない?キミならいけると思うんだよ。人類を新たな高みに上らせようよ!」
そんな狂信者の台詞を、私は呆れるように聞いて……そして、にんまりと笑い返した。
「無理だよ。私人妻ですから」
ちらり、と左手の薬指の指輪を見せる。某ゲーム内アイテムにそっくりの指輪だ。
「だっよねぇ……」
式は王族も来るし、家族を呼んでからだからまだだけど、籍はいれてもらっている。私の身分を勇者の妻にしておくことは私を守ってくれるだろうと、迅速に手続きをしてもらえた。私もクレイグも今はまだ忙しい。聖女の力のこと、魔族の調査、やることは山のよう。
新しい暮らしは大きく変わったようで、そんなに変わっていない気もする。それは気やすく話せる誰かのおかげだったり、何年も一緒に過ごしてくれた人たちのおかげだったりするのかもしれない。
「新作ゲームの感想なら教えるからさ」
「ああ、待ってるよ!」
けれど安請け合いしたことを後悔するのは、ほんの少しあと。
送ってきたのが「金狼剣士と花の乙女~勇者と聖女のピュアラブストーリー☆」というゲームだったのだから。あいつ、今度ぶんなぐってやる。そう思う私の横で、勇者!楽しそうにゲームを始めるなよな。魔族と私たちのネットワークが繋がる日は、いつか来るかもしれないし来ないかもしれない。けれど、あの夢の中の願いが叶いますようにと、私はちょっとだけ毎日祈るのだ。
――――――
「ひっさしぶりにゃ~」
「やぁ」
「こんばんわー!!」
「お、妹ちゃん、慣れた?」
「分かんないことあったら聞いてにゃ」
ネットゲームの、パーティハウス。森の湖畔の緑の屋根の家。
リビングのソファには、今は私の妹も座っている。まだ始めたばかりで、廃プレイをする私たちに付いてこようと頑張っている。無理しなくてもおいていかないのに。
「たっのしくてずっとやってますーー!」
どうやら妹も私と同じ遺伝子を持っているようだ。猫耳アバターを作って、姫たちとじゃれている。
「お姉ちゃんのプレイ動画見てるんですけどすごいですよねこれ」
ぶっと噴き出す。
「ああ、こん棒でダンジョンボスとかふざけた強さのやつだよね」
「白魔法使いだから目立たないけど、真似できないうまさなんだにゃ……」
「ま、待って、まだそんなの残ってた……?」
「いっぱいありましたよー!」
黒歴史まだ残ってるらしい。恥ずか死にたい。
「私もお姉ちゃんみたいになりたい!上手くなったら絶対載せる!にゃ!」
こうして後に続く人が増えていくならば、それはそれで狂信者の望み通りなのかもしれない。
「待たせた」
クレイグが遅れてログインしてくる。腰に剣を携えた、このゲーム最大の強さの剣士。そして私のたったひとりの『勇者』。以前と変わらない……だけどそこに浮かぶのは、昔はなかった穏やかな笑み。彼は私の肩に手をかけ抱き寄せると言った。
「今夜は久しぶりに朝まで過ごせる。何がしたい?金策か?」
それは今はもうやってない、私の金策生活のこと。だけど、長い間二人で過ごした時間のこと。
「フィーラ」
彼が笑顔で私を呼ぶ。現実の名前をゲームの中で。
私は何をしようかと思い浮かべるだけで楽しくなって……えへへ、と笑ってしまう。
「クレイグとなら何しても楽しい」
心からの思いを伝えるのだ。
――――――
―――聖歴1320年
聖女の音声を使った音楽ソフト、聖女ロイドが流行する。
一番初めに作られた曲は、嘘か本当か、聖女が歌詞を書いたとか、結婚式で流されたとか、そんな話が広まった。有名絵師にゃんにゃん丸氏のイラストを使ったその動画の曲はのちに大衆歌として流行ったという――
『はなびら』
花びらに乗って
哀しさ寂しさ
風に飛ばされ消えていくでしょう
花びらに乗って
愛しさ優しさ
風に吹かれ誰かに届くでしょう
涙をこぼしたあの日の想い
雨と風と雪にさらされながら
違うどこかで輝くでしょう
命は消えいつか枯れ行くのでしょう
そしてまたきっと芽吹くのでしょう
花びらに乗って
朝を待つ場所からの
言葉にならない小さな声
いつか遠い場所で抱きしめられるでしょう
雨と風と雪にさらされながら
違うどこかで優しく照らされるのでしょう
――――――
おわり。
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(番外編思いついたら書くかも)