西国の王都
そうしてはじめて、私は魔族の塔を出た。
ずっと高熱で意識を失くしていた。
時々目を覚ますと、清潔に整えられた個室の中で、病室なんだろうと思った。ぼんやり見える人影からは、医者です、大丈夫ですよ、そんな掛け声が聞こえていたから。傍に勇者も居た気がする。彼が私の頭をなでているのだ。夢だったのかもしれないけれど。
だんだん意識がはっきりとしてきた頃、ここが西国の王都の病院だと聞いた。
西国って……空飛ぶ撮影魔道具で聖女の場所を探してくれた国だよね。その国の南東に聖女の探索にいくとニュースになっていたのだ。
そして……勇者から聞いた設定だと、勇者は東国の人のはずだけど……。意識をちゃんと取り戻してからは、勇者の姿は見てなかった。
そのまま、西国の王都の病院で一月ほど過ごした。完全看護の個室の中で、少しずつ体調が戻っていく。
看護してくれる女性が、初めてまともに会話を交わした人になった。西国の言語も勉強しておいて良かった。自国の言葉で話す私に喜んでくれた。病院の先生も同じ。人の好さそうな先生は私を気にかけてくれる。
「今日もフィンフィラを飾っておきますね」
「ありがとうございます」
窓際には、白い小さな花を花束にして飾ってくれている。温かな日差しが室内に差し込んでいる。
「この病院の外にたくさん咲き出したんですよ。聖女様のご加護のおかげです」
「……そうだといいんですが」
「きっと私たちと同じように、大地も喜んでいるのでしょうね」
「……」
その女性は、三人のお子さんを育てられているのだという。
(……普通の、普通の人たちだ)
当たり前のことだけど、それを初めて知っていく。この世界は……前世と同じように、普通の人たちが生きてる……。
文明は、思っていたとおりの、中世風。でも水道も下水もあって……転生者がいるからか?その辺整えてるのかな。目に映る、たぶん当たり前のはずのものが、全てが珍しい。生まれて初めて見る「この世界」の全てが広がる――。
元気になってくると……。
不思議とだんだんと不安になってくる。
(勇者はどこにいるのさ)
病院の人たちは、最初の頃見舞いに来ていたけれど、その後見ていないそう。それに、王子や姫や、狂信者やフィンフィラさんは?皆どうしてるんだろう。聖女捜索隊はどうなったの?もう終わりに出来た?
なんでそれらの情報を何も知らないかというと、なんと、病院内、通信阻害機能が働いてるのだ。病人にネットをさせないためだとか。くそうっ心を読まれてる。
しばらくして病院の先生にそろそろいいでしょう、とリハビリのための散歩や、図書室での読書を許してもらえた。図書室は、ネットにも繋がるんだって!やったー!
そうして私は図書室の椅子に座り、久々の魔法ネットに意気揚々と接続した。
新着メール『13640件』
――怖。
何があったの……?と震える気持ちで開いてみると、今までのメル友の人からの安否確認とか、知らない人からは、応援のコメントとか、あと中には、過去に疑ったことへの詫びの文面も垣間見れた。
……どういうこと?私のことそんな話題になってるの?
恐る恐る、今度はネットニュースを開いてみた。
『聖女生還!救い出したのは勇者クレイグ』
見出しが大きすぎる!
そしてクレイグ……誰?
『各国の協力の下で結成された聖女捜索隊は、魔族領を分け入り、いくつかの部隊に分かれながら三か月に渡る捜索活動を続けていた。隊長クレイグ・アレン氏率いる東国捜索部隊は、ついに魔族によって捕らえられていた聖女を救出した。自国では彼は今勇者として国民に称えられている』
薄々もしやとは思うけど……。私はそっと写真を開いて見る。そこに写っていたのは、何か表彰されているような写真の……私の知っている勇者の姿だった。
クレイグ・アレン。うん……覚えておこう。
と言うことは、今は彼は国に戻っているのか?私の知り合いはみんな東国の人だったみたいだから、たぶんこっちにはいないんだね。
『聖女の母親が語る』
という見出しに、ひぇっと驚く。こわごわ開いて見ると、そこには私にそっくりな女性の写真が載っていた。
『私の攫われた娘なのかもしれないと……そう説明を受けました。早く会いたいです』
えー……お、お母さん?……クレイグの名前並みに、誰、と思ってしまう。
……でも、とても良く似ている。本当に母親なのかもしれないけど……南の小国にいるらしい。
なんかいろいろ……刺激が強すぎるから、いったんネットを止めて、その日は休んだ。
そうして数日後、再びネットに繋いだ。
知り合いにメールがしたかったのだ。まずは狂信者とフィンフィラさん、そして王子と姫、勇者に送った。
「みんな助けてくれてありがとう。元気ですか?私は元気でもりもり食べてます」
何を書いたらいいのか分からなくて、何週も回って変なことを書いてしまったかもしれない。
「聖女ちゃーん良かったよぉ。にゃんにゃん丸さんのイラスト見た?」
「駆け付けられなくて申し訳ありません。毎日聖女様を想っております」
「お前は少し太った方がいい」
「傍にいられなくてごめんね。もうすぐ行くから」
「向かってるにゃーー」
……全体的に突っ込みどころばかりだったけど、ひとまず考えないで、またその日もネットを切断して休んだ。
そうして数日後、見舞いにやって来たのは、なんと「王子」と「姫」だった。
私のベッドの前に立つお二人は、見知った容姿をしている。
「聖女さん!お久しぶりです!お会いしたかったですよ~~~!」
そう元気な声で、まるで姫の口調みたいに私に飛びついて言うのは、可愛らしい笑顔を浮かべる、姫の容姿をもった……男の人だった。
え、男性?
驚いて目をぱちくりさせ、童顔の、かわいらしいその人を見つめる。愛嬌のある笑顔が、実に可愛いらしい。
「僕は……姫です」
少しだけ照れるように言う姿も愛らしい。
そうしてその横に立つ、姿勢がよく長身の、キリリとした眼差しを持つ女性は、にっこりと笑って言った。
「聖女ちゃん、またせてごめんね。もっと早く助け出せるはずだったのに、亡国の土地が思いのほか広くて、大寒波がやってきちゃってさ」
言われなくても分かる。この口調は、王子だ。
二人を見まわす私の視線を受けて、いたずらっこのような笑顔で二人は笑った。
「会いたかったよ聖女ちゃん」
「ネットの中では性別を入れ替えてるんだよ~」
王子は東国の第三王子カイル様、姫は第一王女ライラ様だと名乗ってくれた。
あ、あれー?おかしいな。ゲームで知り合ったころ、東国の姫と皇子の容姿によく似てるって思ってたけど、よく見たら家族写真みたいなのしか出回ってないから、男女逆に覚えてたのか!?
「敬語は、やめてね。私たちは友なのだから」
そういうライラ姫に、カイル王子も頷く。
「ずっと話せなくてごめんね」
「勇者が聖女を探していて……それで僕らも、一緒に探してたんだけど」
「少し様子を見るのに私たちも一緒に過ごしていたら……とても楽しかったんだ」
「隠しててごめんね」
「申し訳ないと思ってるよ」
私は首を振って答えた。
「気に掛けてくれていたこと……感謝しています」
「聖女ちゃああん」
「現実では抱き着くな、殺されるぞ」
姫が王子を私から引き離す。
「これからも今までと同じように友でいて欲しい」
「僕からもお願いするよ」
そんな風に言ってくれる二人の言葉は夢のようだったけど……どうしていいのか分からず、はい……と小さな笑みを返す。すると二人は顔を見合わせて、言った。
「自分たちの国まで本当は連れて行きたかったんだけど……この国は一番近かったから、君の身柄を預けたんだ」
「勇者は、今帰国しているけど、雑用を終わらせたら、すっとんで戻ってくると思うよ」
「私たちもそうだしな」
「今頃絶対悔しんでる!」
二人は笑い合う。
「心配しないで待ってて」
「きっとこの先ちょっと忙しくなると思うから、良く休んでおいてね」
「元気になったらまた遊ぼう」
「友達だからね~!」
本物の王子と姫だと言う二人は、ゲームの中と変わらぬ明るい笑顔で、手を振って病室を後にした。
その姿は……あの日、ゲームの中で、最後に見かけた姿とまるで変わらないように思えた。
(幽閉聖女ちゃんを探そうpart999)
聖女ちゃん救出
うおおおおすげえええええ
幽閉聖女ちゃん実在した!
我らの星聖女ちゃん
アンチざまぁ
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