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救出

 長いネット生活で分かったことは。


 そもそもこの場所から助けを求めても、位置情報の追跡出来ない私の居場所は特定なんて出来ないのだ。そして人間は魔族の生態のことも魔族領のこともほとんどなにも知識を持っていない。お手上げだ。

 

 私を信じてもらえる現実的な要素すらない。無駄な足掻きを何年もして、傷ついて諦める日々を送ってしまったのだ。


 それに、聖女だからって助けてもらえるなんて思うのもおかしな話なんだ。

 何も出来ない、何もしてきていないただの子供など、わざわざ人が危険を冒してまで助けにくるには値しないだろう。次の聖女を待つ方がよほど現実的だ。


(もしも私がここで死んでいたら……次の聖女が閉じ込められたんだろうなぁ)


 自分が生きていることで、次の誰かが閉じ込められるまでの時間稼ぎになっている……私が生きた時間の意味は、本当にそれくらいしかない。


 ――なのに……。


『迎えに行く』


 いつしか、そんなことを言ってくれる人に出逢えた。

 大した根拠もなく、私を信じてくれようとする人たちに囲まれた。助けたい、その気持ちを隠そうとせず、行動に移してくれた。


 聖女の歌を作ってくれた。フィンフィラを輝かせて聖女がここにいると……伝えてくれた。知らぬ国がフィンフィラの咲き誇る場所を見つけてくれた。

 私は、彼らが私を助けるために魔の森に入っていると……信じてる。


 ――彼らはここに現れるかもしれない。


 ここにいるのは、なにも出来ない、きっと人類最弱の聖女。魔族を倒せるという言い伝えが本当なのかも怪しいもの。


(なんのために転生してきたんだろう)


 今までずっと、なんのために生まれて来たんだろう、そんな問いと同義のことを考え続けた。これまでのところ、本当に食べて寝てネットをするだけの人生、だったと思う。人と触れ合ったこともない。


(ああ、それでもせめて)


 あの愛しい人を思い浮かべるだけで涙が出る。


(叶うならば、たった一人でもいい。誰かの役にたってから死にたい)


 生まれて来て良かったと感じてみたい。そうしてできるならばそれは……あの不器用な人のためであればいいのにと思う。少しでもあの人に笑顔が増えるなら。


(待ってる……勇者)


 たとえ出逢えなかったとしても……私はその約束を信じ続けようと思う。






 寒さがやってくると、咳込むようになり寝込みがちになった。喘息か肺炎か、長引く咳に、段々と体力が奪われていく。衰弱していくのを感じた。


 冬がやって来た。窓の外には雪景色が広がっていた。吐き出す息が白い。毛布をかぶり暖を取る。


 私は、もう、ほとんどネットにも接続していなかった。

 最初の頃はよく見ていたけれど、その時は狂信者が私の動画を拡散してくれていた。大好きな絵師さんが新しいイラストを描いてくださっていて、またアニメも作ると言っていた。それは楽しみだ。狂信者は私にはただ良く休んで元気を出しておくように、とだけ言っていた。


 何か月経ったんだろう。

 王子からは、数回だけメールが来た。


『僕が代表して出させてもらうけど、あんまり詳細は書けないんだ。もう少しだけ待っててね。僕らは元気だよ。聖女ちゃんも元気にしててね』


 そんな風な簡潔な文章。





 



 熱で朦朧としていた。

 騒がしい音が響いて来た……気がして目を醒ます。そんなことは初めてのことだった。


 まさか、と思う。


 だけど……立ち上がることも出来ない。

 叫ぶような、物がぶつかるような、尋常ではない複数の物音だった。


(どこから?)


 窓の外から聞こえているようには思えなかった。もっと近くの、扉の外……階段からの音ではないだろうかと思った。


(――幻聴?)


 私は、自分の心が狂ってしまっていないと……言える自信が欠片もない。きっと、狂ったときには、本人にはその自覚すらないんだろうから。


(魔族だったら……)


 そうしたら、私は魔族に殺されるのかもしれない。聖女の魔法が効くかもしれないけれど……それすら分からない。


 起き上がろうとして、盛大に咳込んでしまう。熱のせいか頭がくらくらとして、緊迫感ある状況のはずなのに倒れこんでしまいそうになっていた。


「っ……ここか!?」


 そんな大声と、扉が強く叩かれる音で、ビクリと体を震わせて意識を戻した。

 ガタガタと扉が揺れている。きっと外から開けようとしていても動かないのだろう。


 人間だ……と思う。魔族が人の言葉を話すなんて聞いたことはないから。


 しばらくすると、爆発するように扉が砕け散った。

 ……え。何が起こった?さすがにぎょっとして見つめていると、鎧の騎士たちとローブを着た魔法使い風のいでたちの人たちが部屋の中へと入って来た。


 分かったのは、耳もしっぽも体を覆う体毛もなさそうだということ。


(人間……?)


 この世界に生まれて来て初めて見る人だ。

 幻覚かもしれない。私は今死にかけていて、願望を目の前に見ているのだ。


 熱に浮かされるように見つめる私の前に、一人の鎧の騎士が駆け寄ると、兜を脱ぎ、まっすぐに私を見つめた。


 ブラウンの瞳が、真剣な眼差しで私を見下ろした。金色の長い髪が後ろで束ねられている。

 整った顔立ちは、よく知っていた人に瓜二つだった。


(――勇者)


 そう言いたくて、声が出なかった。あなたは、誰、そんな思いで見つめ返す。


 この人は本物の勇者で、私の知っているあの人なのかもしれない――だけどもしかしたら、本物の勇者にそっくりに作った、他の人のアバターを私は好きになったのかもしれない。


 彼はベッドの端に腰かけ、私の額に手を近づけてから、戸惑うように動きを止めた。

 触れてもいいのか、迷うように。


 そうしてゆっくり触れると、額の熱を感じとった。「高いな……」そう呟くと、優しく頭を撫でた。まるで、弱っているときに私の頭をなでてくれる勇者と、そっくり同じように。


 「我慢しろ」そういうと、毛布で私をくるみ、その両腕で私を抱えて持ち上げた。ぼんやりと見つめると、すぐ目の前に、彼の顔がある。


「待たせた。こんなに時間が掛かると思わなかった」


 彼の眉間の皺は、ゲームの中と同じように刻まれていて、なんだかおかしくなってしまった。


「……変な顔で笑うな」


 それは彼のいつもの台詞で。


「そっくりな容姿だな。聖女と……」


 それはこちらの台詞だった。

 返事をしようとしたのだけれど、声が出なかった。そうか、とやっと気が付いた。もう長い間声を出していなかったのだ。


 「……ぁ、」と、口を動かしながらも声が出ない私に、勇者も察したのか痛ましいものを見るような表情をした。


「俺が分かるか。長い時間を共に過ごし、指輪の約束を交わした俺を覚えているか」


 頭を撫でられたときに、もしかしてと思った疑問は、彼の言葉で確信に変わる。

 どうにか作った笑顔で彼に答える。私の返事に、彼は思わずと言ったように顔をしかめ、私の頭に彼の頬を寄せた。


 そうして限界の来ていた私は意識を失った――。




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