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【信者/ライブ配信】

 聖女ちゃんが思いつめたような顔をして「歌詞を書いてきたよ」そう言ったときは驚いた。

 この子は、歌うことも動画を作ることも、ずっと積極的ではなかったのに。それにこの表情……なんか絶対考え込んでる。


「ありがとねぇ」


 どれどれ、と受け取ってみると、それは思っていたよりもずっと……素敵な歌詞だった。この子らしい感情を、素直に表現している。本当は前回と同じ歌詞をまた使おうかと思っていたけど……でも僕はこの新しい歌詞で行きたいと思った。





 各国共同の聖女捜索隊が出発して、ひとりぼっちになっているはずの聖女ちゃんを気にかけて頻繁に彼女の元を訪れてみるけれど、不思議なほど穏やかに笑っていた。何かが吹っ切れたようなそんな顔だ。


 彼女と日々打ち合わせをする。新しい歌のこと、新しい配信予定のこと。アニメの出来のこと。

 彼女は今までと違い、意欲的に取り組んでくれた。真摯で真剣なその姿勢に、僕はちょっと胸を打たれた。

 僕はいつだって本気だけど、でも、今度は本人がやる気になってる。これは……すごいものになるかも。僕は出来上がっていく準備の過程を見つめがら、期待に胸を膨らませた。





 聖女捜索隊が魔の森に入るだろう……そのころを狙って、僕らは「聖女ちゃん生ライブ」を行うことにした。

 理由は一つだ。フィンフィラを再び輝かせたい。捜索隊の後押しをしたいのだ。そのことを前面に押し出すと、民も関心を強く持ってくれた。


 そして当日。

 白い衣装をまとう彼女は、本物の聖女のようだった。曇りのない瞳でまっすぐに僕らを見つめていた。

 彼女のアバターは、彼女の記憶から本物の彼女の姿を限りなく再現している。最新技術だ。とはいえ、人の目に映っているものが、どれだけ他人の目からも同じように見えるかは難しいところなのだけど。

 彼女の希望で、青と白の花の細工の付いたアクセサリーを付けている。思い出の品なのだそう。


「頑張ってねぇ」


 いつも通りそんな声を掛けると、聖女ちゃんは言った。


「いつも本当にありがとう」


 お礼を言うのは僕の方だよ。





 僕はずっとアイドルに会いたかった。ずっと昔、前世の僕が大好きだった彼女たち。

 だけど……この世界には誰一人いない。町の可愛い子じゃない。プロの咲き誇る華。僕が求めてるのは、明確な推しになる存在だ。


 ……うん。

 僕は今になって分かってきた。どんなに素敵で輝いていても……聖女ちゃん個人に対しては推しって気持ちにはなれない。うちの子最高に可愛い!ってそんな気持ちなのだ。プロデューサーってこんな気持ちなのか。まるで父親になったような気持ちだ。


 そうそう、父親と言えば……本当に僕らは親子ほど歳は離れてる。なのに年若い彼女の方が……前世でははるか昔の人なのだ。『この絶対にありえない事態』に気付くのはきっと転生者だけだ。転生者たちは知っている。生まれ変わってくる人の時系列は比例する。本来は歳を取ってる僕の方が、前世も古いはずなのだ。逆転しているなら、意味することはおのずと見えてくる。


 『聖女ちゃんは、前世から転生した上で、この世界でも転生している』


 僕だって、聖女が生まれ変わる話くらい聞いたことがある。きっと聖女ちゃんはなにか特別な輪廻の輪に入り込んでいる。だけど、それは僕だけの秘密にした。このことが及ぼす影響が想像出来ない。必要になったら彼らにだけこっそり伝えよう。


 転生者はみな……命の危機にさらされたときに、前世を思い出す。

 僕は、ひとりぼっちの聖女ちゃんが、たった一人で死にかけて……そうして思い出したんだろうなって。そのことがずっと悲しかった。


「早く会いに行ってあげてよ」


 勇者くんたちを、僕はもうずっと箱推ししている。





――――――

【聖女捜索隊応援:特別企画 聖女ライブ配信】


 アニメーションが流れ始める――


 大地に朝日が昇り動物たちが目覚め始め、その動物たちは森を駆け抜けると、緑の屋根の小さな一軒家を目指す。

 その家の扉が開き、白い衣装の少女が出てくる。口笛がメロディを刻む。


『アニメ聖女ちゃぁぁぁぁん』

『待ってました』

『かわいいー』

『このキャラデザだれ?』

『にゃんにゃん丸さんだよ』

『かわいいー』

『すげぇぇ』


 聖女伝説の歌を静かに歌いながら、少女は動物に囲まれ、心から楽しそうに笑う。

 そうして歌い終わると、目を瞑り動物たちと横になり、日が暮れていく――


『すごかった!』

『アニメもっと見たい』

『こんなことできるんだな』

『あ』

『来るよ聖女ちゃん』


 そうして――夜空に満天の星が輝く。

 今度は星空を背景に、白い衣装の少女が浮かび上がってくる。聖女ちゃんそのままのアバターだ。


『うわぁぁ』

『綺麗』

『前より綺麗になってる』

『進化がすごい』

『え、生身の人間に近づいてるな』

『聖女ちゃんほんとにこんななの』

『美しすぎる』


 聖女は胸の前に手を組み、前回と同じように祈るように歌い出す――


「小さき白い星

 輝き続け

 望みはそれだけ


 星に空に、草に花に、水に大地に

 分け隔てなく輝くもの


 朝に昼に夜に

 雨に晴れに曇りに

 乳飲み子に

 老いたものに

 与えられるひとつの希望


 光亡き大地に

 浮かび上がる白い星

 乾いた心に

 恵みを注ぐ白い星


 小さき白い星

 輝き続け

 望みはただそれだけ」



 彼女の歌に合わせて大地に輝きが広がっていく。

 光は蛍のように舞い、次第に大きく舞い上がっていくと、彼女の白銀の髪にまとわるように輝かせる。長い髪を揺れ動かしながら、そうして輝きは星空に吸い込まれていくように消えていく――


『言葉にならない』

『同上』

『これ二番?』

『目から水が』

『なんかもの悲しいんだな』

『ちょっと違うだけなのに。何が違うんだ』

『美しいのに温かい』

『星だ』

『聖女ちゃん伝説』

『我らの星の輝き』

+      。☆ * 。.

  。.  .

。゜.゜ 。

.        /

      ☆

         ☆゜´

 /

☆.゜´


――――――


 僕は、感極まって、ぼろぼろと泣いてしまった。

 うん、とっても聖女ちゃんらしかった。聖女ちゃんのことを大好きな人がたくさん増えたらいいな、と思う。


 アイドルが好きだったけど、でも、僕は本当のところはよくわかっていなかったのかもしれない。

 いろんな花があって、その花の一番魅力的で輝く瞬間を好きになってもらう。そんな基本的なことも分かってなかったんだ。


 聖女ちゃんが僕に大切なことを教えてくれた。ずっと焦燥感に駆られるように突き進んできたけれど、欠けた心の穴が少しだけ満たされるのを感じる。ああ、僕も、キミの助けになれたらいいのにな。




 そうしてその夜から、以前とは比較にならないくらい……大地にはフィンフィラの輝きが溢れたのだと知る。


 世間では、聖女ちゃんを求める声が今までになく増えて、歌ってみたとかイラストがネットに溢れ続けていた。


 僕がしたのはほんの少しのことだけだけど、彼女はどんどん勝手に愛されていく。

 だってうちの子、とっても素敵で、可愛いからね。

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