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ゲーム婚

 東と西の大国が手を結ぶと、小国たちも声を上げ、各国共同の聖女捜索隊が組まれた。

 目指すのは、西の大国の南東方面にある魔の森の奥地。

 数々の魔道具が用意され、食料や資金も潤沢であり、衛生部隊も数多く配備される……という話を、私はほとんどネットニュースで見た。


「僕たちも明日から同行してくるよ~」


 王子は軽い口調でそう言った。


「今度はどれくらいの期間になるか分からないにゃ……」


 姫が私にしがみついて悲しそうに言う。


「聖女ちゃん待っててね」

「絶対すぐに戻ってくるにゃ」

「うん……」


 彼らのその言葉を、疑ってはいない。その気持ちも……。


「お土産話いっぱい持ってかえるにゃ!」

「聖女さんもゲームしすぎないで元気にしててね~」

「またすぐに会える」


 勇者が私をまっすぐに見つめて言った。

 勇者の言葉も疑ったことはない。


 彼と、約束した。

 絶対に会うのだ、と。

 自分を魔王だという彼を一人にしないと、私は決めたのだ。

 だけどそうだとすると彼らが行くのは、命を懸けることになるかもしれない場所。


「うん。待ってるね」


 にへ、と笑って言うと、勇者は眉間に皺を寄せる。

 なんで最後かもしれないときまでそんな顔をするんだよ。ああ、時折見せてくれた、心から楽しそうな笑顔が見たかったのにな。


「聖女、約束を、俺は守る……」

「うん」

「待っててね聖女ちゃん」

「ずっと心配してるから、ちゃんとご飯食べて過ごすんだにゃ!」

「うん」


 気を付けてね、そう伝えると、彼らは笑ってログアウトして行った。

 シュン、と音がするように消えていく様子を見送ったあと……無音の部屋の中で、一人になったことを実感する。さっきまで暖かだったその場所。


 もう、誰もいない。


「……」


 立っていられないような気持ちになり、へたり込んでしまう。


「あ、あれ……?」


 なんだか、これが永遠のお別れのような気持になってしまった。

 もう二度と会えないんじゃないかって。

 どうしてだろう。私はなんでこんなに不安なんだろう。


「……」


 今までも、ネットで知り合ったたくさんの人とのお別れを経験した。

 元気でね、またね、そんな言葉を残して、今ではもう、最初の頃のメル友もほとんどいなくなった。就職・結婚・引っ越し、理由は様々だったけれど、現実の環境の変化で消えていく人が多い。初めは少し連絡できない、そう言うだけなのだけど、一度離れてしまえば、心が離れてしまうのはあっという間で。この広いネットの中で再び会うこともないんだろう。


「……なんで私はそんなことを考えるんだろう」


 彼らは違う。

 あの人たちは設定ごっこに三年も付き合ってくれた。

 今も。私を助けるために旅に出てて……。


 ――けれど、それは本当のこと?


 そう考えると、胸がズキリと痛む。

 私はこの世界で、人間にあったことがない。だから何が本当で、何が噓かも分からない。


 嘘でも本当でも……こんなに楽しく過ごせた日々は、きっと、もう人生で二度と訪れないのだから。宝物みたいな時間だった。どちらでもいいのだとそう思って過ごしてきたけれど。


 視界がぐらぐらと揺れる。


 本物ならとても危険な任務に旅立っている。

 だから願うなら、偽物であって欲しいと願うべきだ。

 なんでもない平穏な日常が送られていますように、と。


 それなのに彼らの設定が本当ならいいのにと……私は自分勝手なことを願う。


 ――神様、どうか本物でありますように。

 ああ、今になって自分の欲深さを思い知る。


 孤独な心を埋めるためにこんな妄想をするのだ。

 私は東の国に生まれた聖女で、王宮で保護されて、勇者や王子や姫と知り合うのだ。

 少しずつ交流して、不器用な勇者を中心にしてだんだんと仲良くなっていく。

 馬鹿なことも楽しいこともいっぱいして、思い出を重ねていく。危険を抱えたときもお互いに助け合うのだ。


 そんな夢を思い浮かべるだけで心が満たされてしまうくらい……きっと、私の心はもう壊れてる。一人きりの時間が長すぎた。会ったこともなくて現実のことなど何もしらないのに……願望だけ押し付けるような、私はとっくに狂った人間なのだ。


 だけどそれはどこまでも幻……。

 彼らか私が死んだら、死んだことさえ分からず終わる関係。もう、これきり、会えるかも分からない。


「う、うぇええ……っ」


 誰も居ない部屋の中で奇声のような鳴き声をあげても、もう、誰にも届かない。


「なんだその声は……」


 ――――はずだったけど。

 顔を上げると、勇者が部屋の中に立っていた。背の高い彼は困惑の表情で私を見下ろしている。

 勇者は床に座り込んだ私の前に跪くようにしゃがみこんだ。


「変な顔をしていたから戻ってみれば……なんで泣いているんだ?」

「ううう?」


 しゃくりあげる私と会話にならないことを感じたのか、ため息をついた勇者は私の隣にどかりと座り込むと、私の頭を抱え込むように抱きしめた。


「ううぇ?」

「泣くな」


 勇者は私が頭を撫でられることを好きなことを知っている。ゆっくりと大事なものに触れるように撫ではじめた。


「どうしたんだ」

「うええ勇者ぁぁぁ」

「なんだ……」

「もう二度と会えないと思ったよぉぉぉ」

「……迎えに行くとしか言ってない」


 呆れるように勇者が言う。

 ほんとだよ。勇者はそうとしか言ってない。困惑しているのが伝わってくる。だけど、勇者は分かってないんだよ。


「言わなくてもそうなんだよ。皆居なくなっていったんだよ」

「居なくならない」

「結婚と就職で縁が切れるの多かったんだよ……っ」

「誰の話をしてるんだ……」

「そんなこといって勇者だって恋人が出来たら、脳内お花畑になって、もう私のことなんて思い出さないんだよ……」

「……」

「勇者のぶっきらぼうな声がずっと好きだったんだよ。聞けなくなるなんて嫌だよ……」


 私の言葉に勇者は体を離すと、深いため息をついた。


「……お前は……」


 勇者は少し考えるようにしてから「ちょっと待っていろ」と移動魔法で姿を消した。

 ログアウトした様子もないので、きょとんとしたままその場で待っていると、しばらくして勇者が手に何かを抱えて戻って来た。


 そうして隣に座り込むと、有無を言わさず私の手を持ち上げ、その指に箱から出した指輪をはめようとしてきた。私は慌てて手を引っ込めて叫んだ。


「いやいやいや、何してんの勇者!?」

「恋人になればいいんだろう」

「ちょっとまって、その異常に豪華な箱は、ゲームマスターから直に買うしかない、ゲーム婚アイテムよね?」

「そうだ。思いのほか高額だった。これにお前と稼いだ金をほぼ費やした。ああ、恋人ではなく結婚だったか」

「そうだけど……そうじゃなくて!?」


 このゲームの世界には結婚が出来ると言う概念が存在していた。

 と言っても、現実の結婚とはまた違う。例えば現実で結婚している男性が、ゲームの中では女性アバターを作り、ゲームの中だけの関係の男性アバターと結婚することだって可能だ。だから、強制力はほとんどない、お遊びのような結婚なのだけど。


「なんで急にゲーム婚することになってるんだよ!」

「好きだからだ」

「なにを」

「お前が好きだからだ」

「……」

「会いに行くと約束をしたからだ。居なくならないと何度言ってもお前が信じないからだ」


 ブラウンの瞳がまっすぐに私を見つめている。


「俺たちは、約束を交わしている。必ず、迎えに行くと。信じろ」


 大人しくなった私を見ると、勇者はもう一度手を握り、私の指にするりと指輪をはめた。


「……いやなら、はずしてくれ」

「嫌じゃない……」


 見つめ合ったまま、何を言ったらいいのか分からず、混乱と動悸に襲われる。


「どこが、好きなの?」

「言っていることも、考えていることも、反応もなにもかも全部だ」

「聖女だから?」

「どうだろうな。思い返すお前はいつも変な顔で笑っている。とても聖女には見えない」

「……本当に好きなの?」

「……俺はその変な女のことを、ゲームからログアウトしても、狂った様に四六時中考えている」

「ゲームの中のこのキャラが好きなの?」

「それは分からないが……人を好きになったこと自体が初めてだ」

「そっか……一緒だね」


 話していない時でも、ログアウトしているときでも、勇者の生真面目な顔を思い出すだけで私は幸せな気持ちになれていた。ずっと一生現実で会うこともないのだろうとそう思っていたけれど。


 それでも私の心は確かに誰かを好きになることが出来た。そうして……この人は、かりそめの私を好きだと言ってくれる。


 ……ああ、なんだそうか、と思う。

 嘘も本当も、そんなこと関係ないんだ。

 私の心は、確かに、人を好きになった。

 真っ暗闇みたいな私の心の中に、小さな光みたいに生まれた、その気持ちは間違いなく本物だ。


 会えなくても、誰もがそれは偽物なのだと言ったとしても。

 それでも。

 嬉しくて涙が出るくらい……心を温めてくれる。


「待っていてくれ。必ず迎えに行く」

「待ってる」

「魔王を倒すのは、お前だけだ。俺は死なない」

「……うん」


 もしも本当に出会えたら。

 その時の私たちの関係は、とても残酷なものになるのかもしれない。


「好きだよ、勇者」


 だけど私は、心からの想いを彼に伝えた。

 最初で最後になるかもしれない言葉を紡いだ私に、返事のように、勇者の口づけが落とされた。




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