魔法ネットワーク
『魔法ネットワーク』というものは、前世でのインターネットを指すようだった。
「……あるんだ。インターネット」
本当に驚いて、あとちょっと呆れた。誰だよ、これ作った人。ネットワークの言葉遣ってる時点で前世みしか感じない。
起きている状態でも、視覚には、半透明な状態で文字が浮かび上がってくるけれど、目を瞑っているとネットの中に完全没入出来るみたい。これ脳とか体とかが直接繋がっちゃってるみたいだね。仕組みは分からないけど。
ヘルプ機能というのがあった。まずはこれだな、と開いてみると、魔法ネットワーク初心者向け解説というのがあった。
「なになに……?」
『ようこそ!魔法ネットワークの世界へ!
ここは全世界の人々と情報のやり取りが出来る場所です。
実生活と同じルールとマナーを守りましょう。
他人のプライバシーを尊重しましょう。
個人情報は教えないようにしましょう。
IDやパスワードの管理を徹底しましょう。
詐欺に気を付けましょう。
お互いの尊厳を大事にしましょう。
現実で言えないことを書かないようにしましょう。
・・・』
ふむ、どこかで聞いたことがあるようなものが書いてある。
それでしばらくこの魔法ネットワークをいじってみたのだけど……まだ半ば試験運用中みたいな状態みたい。
「こりゃ、まだ、黎明期あたりのネットなのかな?」
文字のデータが大半を占めている。
噂には聞いたことあるけど昔パソコン通信の時代があったらしい。今はたぶんこんな感じなんじゃないかなって思う。色んな文字情報のコンテンツばかりなのだ。
『ホスト』と呼ばれるいくつかの情報集積の場が乱立していた。
大手のホストもあれば、小さなホストもあって、違う情報を集めたりして住み分けている。
で、なんでそんなことが最初から分かったかというと、なんと翻訳機能が標準で付いていたのだ。
この世界の言葉が分からないのに、日本語に翻訳して読めてしまう。だから作った人何者よ……。
ホストの中には、趣味趣向ごとのたくさんのフォーラムがあって、そこに付属の掲示板やチャットも付いている。簡単に言うと、特定の情報収集や、同じ趣味の集まりのようだった。のんきにほのぼのやり取りをしているフォーラムがあれば、けんか腰に真剣に話し合うフォーラムまであった。
そういうの見ちゃうと文字の向こうに人がいるんだなって感じられてしまう。
「なにから調べたらいいんだろ。一般常識、とか、ああ、この場所のこととか……?」
いきなりの事態に、思考が追いつかないな。
まずは常識を学ぼう。言語も同時に。今の私に趣味などない。前世の趣味は、可愛いわんこの写真収集です。
暇なんて感じないくらい、ネットに没頭した。
閉ざされたこの空間で、他に何も出来ることなどなく、時間は山のように余っていて。
何といっても、インターネットの常時接続が許されているようなこの状態、これが有料のものなら大金が請求されていただろうけれど、魔法ネットワークは基本無料!良心的だ。
だんだん、分かってきたこと。
・人体に帯びた魔力だけで繋がれる魔法ネットワーク
・ホストごとのIDやパスワードは作れるけれど、個人識別IDは本人を識別するもので変えられない
・この世界は、大国二つがせめぎ合い、挟まれた間の小国を奪い合っている
・転生者という存在がいる(だよねー!)
・魔族と人族の争いが続いている
・多様な魔法がある
「はぁ、なんともまぁ、異世界だねぇ」
そんな独り言をこぼしてしまう。
魔族ってさぁ、それって、今この塔の下を闊歩しているような人たちを言うんじゃないのかなぁ……ああ、嫌な予感する。
ほんの短い時間でも、魔法ネットワークは進化していく。
なんと音声が蓄積されるようになった!
言語の習得にすごく役立った。ありがとう。遠いどこかのたぶん転生者さん!
どの程度の時間が掛かったのか、最も主流と思われる言語がなんとなく理解出来るようになった頃、私はもう意図的に翻訳機能を切っていた。ここから逃げ出すためにも、この世界の言葉を使いこなせるようになりたかった。
一番に情報が集まっていると思われる文字データの巨大宝庫と思われる会員制ホストに登録した。
会員制、といっても、実質だれでも登録出来る。
そこには魔族との争いの情報が多数蓄積されていた。この世界の魔王と聖女のこと。
読めば読むほど、私は絶望を膨らませた。
人族と魔族が生きている世界。二つの種族は長く争いを繰り返していた。共存して生きてきた歴史もなければ、共存している国もない。
魔族の長は魔王。そして魔王を倒せる聖女は人族から生まれる。彼らはなぜか死んでもすぐに生まれ変わる。これ、誰でも知ってる常識、らしい。
んで、私の姿かたちは特徴から間違いなく、人族。
窓の外の生き物は、間違いなく、魔族。
はい、魔族による人間の監禁決定。まぁ薄々思ってたけどさ。
そして、魔族も人族も、それぞれ魔法が使える。生まれながらにその体に帯びた魔力の性質の量で、使える魔法が異なる。火・水・土・風の魔法が存在し、それぞれ帯びた魔力の色で判断が出来る。
自分にも魔法が使えるのかと掌に力を籠めると、輝くような光が溢れだした。それは白の中に虹色が輝く、不思議な色合いだった。
とても綺麗な色をしていたから、悪いものではないだろうなって、魔法フォーラムに入り浸り、蓄積されたデータを読み漁ったけれど、そんな情報がどこにもなかった。
自分の魔力の色についての疑問を忘れかけていたころ、ぼんやりと眺めていた魔法フォーラムのチャット機能の中で会員たちが魔法の色の話題で盛り上がっていたから、ちょっと聞いてみた。すると、私の知りたいことが分かった。
『虹色に輝く魔力、それは、言い伝えでは、聖女だけの魔力の色』なのだと。
――詰んだ。
詰んでしまった。なんてこった。
ああ、思い返せば、全ての状況が腑に落ちる。
魔王によって、聖女が囚われているのだと。くそ、賢いな。小さい頃からずっと幽閉させちゃえば、自分を殺すことなどなくなるし、生きてる間は生まれ変わりも生まれないもんな。
情報は絶望的だけど、人族は聖女を探しているらしい。
長い間探し出せていないようだ。
「良かった……」
思わず声に出して安堵する。
助けを求めたら救いに来てくれるかもしれない、その可能性に歓喜した。
そうして魔法ネットワークの世界もまた少し進化していた。
テキストベースのコンテンツは廃れて行き、システムが変わったのか情報量が増えて、あらたな画像や動画データを蓄積したコンテンツに人気が集まるようになっていった。ちなみに写真や動画データは、ある特定の魔法を使える人だけが残せるものらしい。私にはそんな魔法使えないみたいだけど。
個人識別ID宛にメールが送れるようになってた。送る人もいないから試してないけど……。
個人でも情報を上げられるサイトやブログと呼ばれるコンテンツが増え続ける。時々、確実にかつてのネットの歴史を歩んでいるよなぁ、とどこかの転生者に想いを馳せた。
やっと自分の状況を理解してきた私は、国や公の機関に結び付く関係部署に出来るだけたくさん届くようにと、多くのお問い合わせフォームから連絡をする。返事はすぐには来ないけど。お役所仕事のようだった。
そうして人目に付きやすいだろう、今一番に人気のある匿名掲示板サイトに目を付けた。
私はそこに敢えて、自分の個人識別IDを載せて書くことにしたのだ。