ファンアート
かつて大好きだった絵師さんからメールが届いた。
『聖女さんへ
いつもイラストへの感想ありがとうございます。
聖女さんの動画見させてもらいました。とっても素敵でした!
この思いを伝えられたらと、拙いイラストを描かせてもらいましたので良かったら送ります。
追記:画像は好きなように使ってくれて構いません』
それは、最初の頃に私が大好きだった動物の絵描きさん。きゅるんとした大きな潤む瞳が特徴的で、この方の創作物に、疲れた心をどれだけ癒されたか分からない。
緊張しながら添付画像を開くと、パステル調の淡い色彩のイラストが目に入る。
真ん中に少女がいて、少女を囲むようにたくさんの動物たちがじゃれて来ている。
もふもふパラダイス……!!しかも私の!
鼻血が出るかと思った。
「はわわわ……あわわわ……大変だ」
膨れ上がる喜びをお礼の文面に整えて返信をしてから、この感動を分かち合いたくて、珍しく私から狂信者に連絡すると、彼はすっとんで来てくれた。
「……え、これ有名絵師さんじゃあ?」
「そうだよそうだよ、神絵師さんだよぉぉぉ」
「ふわぁ、かわいいねぇ」
「かわいいよ!そうだけど!そうじゃなくて!想像して」
「ん?」
「推しのアイドルがファンレターに返事をくれたら?どう思う?」
「!!」
「自分だけに絵を描いてくれたら!?」
「ええええ、そんなの、ありえないよ!死んでもいい!我が人生に一片の悔いなし!」
「それ!それなの!」
「わかる、わかるよぉぉ」
「分かってくれるの……?」
唐突に泣きだす私たちを、リビングの壁に寄りかかるように立ったままの勇者は胡乱な目で見つめていた。
「そんな話のために来たのか?」
パーティメンバーのグループメッセージで、狂信者を呼び出したことを伝えると、勇者も間髪入れず現れてくれた。
「そんな話ですと……?」
「すごいことだよ!勇者くん!」
「すごいんだよぉぉ」
我ながらテンションがアレになっていた。
「その絵を利用しようとか、そういう話し合いじゃないのか?」
「!?」
「!!!いいね!!!」
「……なんだその、今気づいたような反応は」
聖女動画に、このイラストも使える……?
聖女を売り出すのに、使ってもいいの……?
「作者さんに許可を取ってからだけど、この絵は……良すぎるくらい。動物コンテンツのファン層も取り込めそう」
「ほんと!?」
「思い出した。アニメ好きメンバーがいつかアニメを作ろうとして張り切ってるんだけど、短い動画くらいなら作れるかも……?」
「アニメ……」
「この絵の聖女ちゃんと動物たちを動かしてさ」
「……!!」
もしかして私はもう死んでいて、ここは天国なの?それか夢のなか?
「うーん、いい感じするなぁ」
「王子たちにも連絡するか」
二人はなにか話し合ってるようだったけど、頭の中に入って来なかった。
すごく嬉しくて。
心が震えてる。
「……トリマーだったの」
私はぽつりと言った。
二人が私を振り返った。
「動物が大好きだったの。犬がね、家族だったの。毛並みをなでて、においをかいで育った。だから仕事も、飼い犬や飼い猫の毛を洗ったり整えたりする仕事に就いたの」
でも……、と続ける。
「でもね、もう二度と、触れられないんだって思ってたの。人間にも、動物にも、私は触れられることなく死んで行くんだって……」
へへ、と私は笑って言う。
「だから、アニメの中だけでもそれが叶うならすごく嬉しい……」
「聖女ちゃん……」
真面目な表情の勇者が、私から視線を外さない。
「聖女」
「……うん」
勇者は何か言おうとして言い淀み、一度視線を伏せてから、もう一度顔を上げて言った。
「……俺は」
「うん」
「お前に触れると決めている」
「……!」
ふ、触れ。
「だから、俺が生きてる限り、俺がお前の望みを叶える。叶わない、なんて、そんなことを思うな」
「……ふっ」
思わず笑顔が浮かんでしまった。
生真面目な勇者が、まっすぐに言ってくれる台詞は、彼の本心なのだろう。
その気持ちは、たとえ叶わないことだったとしても、私の心に温かさを与えてくれる。
「……ありがとう」
「礼を言われることじゃない」
「……」
狂信者が私たちをきょろきょろと見て、そして、言った。
「……なんか僕分かったかも」
「なんだ?」
「聖女ちゃんは聖女じゃなくて聖女ちゃんなんだなぁって」
「んん?」
狂信者がうんうん、と頷いている。
「今のって……聖女ちゃんの本質だよね。伝説の聖女じゃなくて、今の聖女ちゃんの……」
「どういうこと?」
本質?
「生き物が大好きで、人恋しくて、孤独で寂しくて、心の中にいっぱいの愛を、ちゃんと触れあって伝え合いたい……そういう感じ」
「……」
そんな話してたっけ。
「なんか僕間違ってたかも。今度はいい動画作れそうな気がしてきた!」
狂信者はそういうと満面の笑みを浮かべて帰って行った。
残された私たちは、王子たちが来るまでの間、いつもの金策へと出かけたのだった。
でもなんだか今日は、私はとっても照れ臭い気持ちになっていた。
恥ずかしくて勇者の顔がまともに見れない。
どうしてこんな気持ちになるんだろうな、と不思議な思いで、フィールドに落ちる夕日を見つめていた。