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神聖教会

「この間の動画のことで大事な話があるんだって……僕も呼び出されて。でもさ、キミのこと連れていけないでしょ?」


 それでね、と狂信者は言う。


「良かったら、ここに教会の人連れて来てもいいかって聞かれてるんだけど……どうする?」


 私は、王子や姫たちと顔を見合わせてしまった。

 ゲーム内の家に、神聖教会の方をお呼びする……?


「すいません……私にはよくわからないのですけど」

「だよねぇ、僕もなにがなんだか。困ったなぁ」


 狂信者がため息を吐く。確かにオタク気質の彼はなにかに熱中するのに向いてそうで、こういう仲介的なのは苦手そう。


「……あれ?神聖教会から協力もぎ取ったの信者くんじゃないの?」

「資料提供はお願いしたけど……協力するって言ってくれたのは向こうからだよぉ」

「ええ、意外だにゃ」


 ふぅん、と王子が言う。


「それなら、いいんじゃない?きっと面白いこと、聞けると思う」


 王子が言った。


「私たちが同席してもいいなら、いいかにゃ?」

「俺も同席する」


 姫と勇者も言った。

 そんなわけで、日にちを決めてもらい、こちらに来てもらうことになった。







 数日後、また初心者マークを付けたアバターさんが我らの家を訪れた。

 ハンドルネーム『フィンフィラ』さん。長い白髪を後ろに束ねた長身の、とても綺麗だけど年齢や性別不詳の外見をしている人だった。


 その人は優しそうな笑顔を浮かべて、私を見つめた。涙を浮かべているように見えるのは気のせいだろうか。


「神聖教会から参りました。フィンフィラです。……ずっとお会いしたかったです。聖女様。私が分かりますでしょうか?」

「……え?」


 知り合い?でも……フィンフィラさんなんて、メル友の方しかいなくて……。


「もう、三年半くらい前でしょうか。初めてメールをさせていただいた時からずっと、毎日の天気の話と、夢の話を書かせてもらっていました」

「……フィンフィラさん!?」


 はい、と優しそうにフィンフィラさんは答えた。


「私は聖女さまのことを、毎日気にかけ、祈り、そして信じております」

「……」


 信じてくれるのは嬉しいけど、根拠がなんなのか気になって、怪訝に思ってしまう。

 そっと勇者の影に隠れると、フィンフィラさんは、おや、と勇者を見つめた。


「……あなたはもしや」

「名は言うな」

「……はい」


 フィンフィラさんは王子たちのことも見渡して、うんうんと頷いた。


「分かりました。私のこともフィンフィラとお呼びください」

「わかったにゃ」

「それでいいよ」


 今のやりとりで、彼らと知り合いなんだろうなって察する。


「……どうして聖女を信じているんですか?」


 恐々と聞いてみる。聞いておかないとずっと気になっちゃいそうだ。


「それは……あなたが塔の下の花畑の話をされていたからです」

「……」

「フィンフィラは大地の魔力の影響の一番強い花。聖女のための白い花。どこにでも咲いているけれど……群生して咲き誇るのは珍しいことです。それだけで、聖女様であると信じるのに十分でした」


 そ、そんなものなの?

 でもこの人思い込み強そうな感じに見える……。


「大地の魔力は、我々の信仰の一部なのです。属性が別れる前の、生き物に取り込まれる前の未分化の魔力そのものは、愛と呼ばれるものに1番近いと言われています。原始の神の愛に近いと。それが我々教会の教えです」


 思わず勇者の腕に掴まってしまうと、勇者は私の手の上に、彼のもう片方の手を重ねた。


「大丈夫だ」

「……」


 貴方を盾にしてるだけです。


「んー?お二人お知り合いだったってことぉ?」


 狂信者が言った。


「そうですね、長い年月をかけ私は聖女様とメールのやり取りを通して信愛をはぐくませていただきました」

「へー?それで協力してくれたの?」

「私の権限だけでは何もできませんが、協力させていただけるように、尽力させていただきました」


 つまりメル友繋がりがあるから動画に協力してもらえたのかな……。信愛ってなんだっけ。

 メル友ってあれだよ。最初に掲示板に書き込みしたときから、個人識別番号宛に連絡してくれてる人とのやりとりのこと。色んな人がいるからあんまり書いてあることをそのままうのみにしてない。メール来る人には短文返信しかしてないし本当に大した話してない……。

 

「さて私は今日、大事な要件を伝えるために参りました」

「なんにゃ?」

「なになにー?」

「大事?」

「なんだ?」


 私が答えるまでもなくみんなが答えてくれた。


「聖女様の動画ですが」


 !消えたい!


「あちらが配信された日から、世界各地のフィンフィラの花が『光輝いて』おります」


 ……はい?


「光輝くとはなんだ?」


 勇者が言う。


「言葉通りでございます。小さき白い花、フィンフィラが、虹色の輝きを持っております。昼は分かりにくいかもしれませぬが、夜には幻想的な輝きを見せています」


 その言葉に私たちは顔を見合わせる。


「……知っているか?」

「……私ずっとネトゲだし」

「……僕、仕事しかしてない……何年も見てない……」

「ネトゲ……」

「同じく」

「俺もだ」


 誰も夜の雑草を見ていなかった。


「輝きは薄れ続け、あの小さく儚い花では分かりにくくそれほど話題になっているわけではありませんが、けれど教会で調査したところ、世界のあらゆるところで起きている、と推測が出来る状況でございました」

「……」


 どういうこと?


「動画は関係あるにゃ?」

「あの日、あの時間からでございます」


「なんで雑草が輝くの?」

「それを調べております」


「聖女にはフィンフィラと関係あるの?」

「フィンフィラは、大地に流れる未分化の魔力の塊の影響を強く受けていると言われています。原始の魔力に近いそれに聖女様の歌が影響を与える可能性は十分あるかと思われます」


 あんなトンデモない黒歴史が、新たな黒歴史を生んでない……?

 頭がくらくらとする。やだ。検証のために何度も見られてるんじゃないか?まさかまた歌わされたりするんじゃないか……!?


 ぞっとして勇者の腕を強く握ってしまう。勇者が珍しく気遣うように私を見つめる。


「このようなことになると、誰も想像もしていなかったと思います」

「僕アイドル作りたかっただけだし……」

「心の隙に付け込まれて……」

「そりゃ想像もしないけどさ」

「聖女さん綺麗だったにゃ」


 問題は、と勇者が言う。


「聖女伝説を使ったからじゃないのか?」

「その可能性はあるかと思います」

「聖女伝説……」


 私は渡された歌詞を教えてもらったとおりに歌っただけだったけれど。


「亡国の聖女。そこに描かれているのは、最初の聖女なのではないか、と説もあります」

「最初の聖女……」

「小さき白い花、咲き誇れ、望みはそれだけ」


 フィンフィラさんは歌詞を読み上げた。


「聖女がそう祈れば、大地のフィンフィラが応えてもおかしくありません」


 勇者が私に重ねる手に力を込めた。え、なに?

 王子と姫と勇者が、真面目な表情でフィンフィラさんを見つめている。狂信者はきょとんとしてる。


「へぇ……」


 王子が笑顔を浮かべて言った。


「おかしくない、そう思うのは、教会のどれくらいの人たちなのかな」

「我らには聖女様への信仰がございます。けれど、それでも先日までは少数でございました。今なら過半数を超えるかと思われます」

「……よく思いつくにゃ……」

「謀った、のか」


 憎々し気に勇者が言うと、フィンフィラさんが悲しそうにうつむく。


「そんな恐れ多いこと。我らは聖女様のお力になりたいだけ。信仰心を失くし堕落した者たちの目を醒まさせる結果となりましたが」


 どういうこと?


「つまりね」


 と王子は言う。


「聖女伝説を聖女ちゃんに歌わせたら、こうなるんじゃないかって、薄々分かってたってこと」

「えー……」

「悪気がないのがたちが悪い」

「フィンフィラだもんにゃ」

「聖女おたくの」


 聖女おたく。


「二度と、勝手に動くな」


 王子の言葉に、フィンフィラさんが頭を下げる。


「畏まりました」

「でも、これ、使えるんじゃない?にゃ?」

「悔しいが……」

「ああ、いい武器になるな。世論を動かせる」

「よろん?」


 話に付いていけない。おバカな子みたいになってる。


「……聞かせたい話ではないけどね、聖女の救出には反対する意見が多いんだ。でも、美しい花が咲き誇れば、人の心は動かされる。聖女がこの大地を守っているのだと……そんな話を民に信じさせたら?この花が枯れたら国が亡ぶのだと……聖女伝説が今再び起こるのだと、世に知らしめたら?」

「それも世界中だにゃ。各国共同で、聖女の救出に乗り出せるにゃ!!」

「そう……うまくいくといいのだが」


 狂信者は少し考えるようにして「ああ」となにか思いついたように言った。


「え?ちょっとまって?僕の動画プロパガンダに使われてない?それショックだよぉー」


 プロパガンダだと……。

 これってそういう話?


「いや、信者くんの作ったのは聖女ちゃんを一番美しく描いた動画。信者くんはそれでいい。僕らは美しい花を美しい姿のまま連れて帰るだけ」

「救出したくないにゃ?生聖女ちゃんに会えるにゃ。協力してほしいにゃ」

「生聖女ちゃん……中の人の聖女ちゃん……会いにいける聖女ちゃん……」


 いい……!と狂信者は顔を上げた。


「僕も協力するよ!」

「いぇ~い」

「頑張るにゃ!」

「尽力させていただきます」


 なんだか盛り上がる人たちを前に無言で立ち尽くす私と勇者。

 急に話が大きくなってしまった気がする。わけもなく、心に不安が膨れる。足元がぐらついて立っていられないようなそんな気持ち。


「聖女」


 勇者が私を見つめて言う。彼のブラウンの瞳はまっすぐに私を映す。


「大丈夫だ」


 飾らない言葉にいつだって嘘はない。

しがみつかれて、いつもより口数が増えている勇者くん

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