勇者たちの不在
「私たちしばらくログイン出来なくなるにゃ~」
姫がそう言ったのは、その日、クエストを終えてパーティの共有リビングでくつろいでいた時だった。
「そんなに長い間じゃないよ」
「10日位かにゃあ?」
「仕事だ。すぐ戻る」
王子は、ざっくりと、しばらく現実の生活が忙しくなるんだよと言った。
「あ……はい」
けれど私にとってはそれは思いがけない台詞で、固まってしまった。
勇者が仕事と、言ったけど。
それは危ないものじゃないのかと、設定の話をうまく質問することが出来ない。
「うーん。たぶんネットに繋げられない状況になるんじゃないかなって」
「心配しないで待っててにゃ!」
「体に気を付けて過ごせ」
そんな風に挨拶して、三人が消えてしまうと、家の中は酷く静かに思えた。
数日過ぎたころ、私はこんなにも一人ぼっちだったのだっけ?と初めて混乱した。
毎日顔を合わせていた彼らがいなくなった。
すると、ゲームの中に入っても何も楽しく思えなくて、心が辛い。耐えられない気持ちになってゲームからログアウトしても……そこは、シンとした一人の部屋の中。
冷たい石壁に寄りかかりながら、窓から暮れていく夕焼けの空をぼんやり見つめる。
「……忘れて、た」
そう驚くことに、本当に忘れてたみたい。
考えないようにしてはいたけど……最近は考える必要もないくらい、楽しかったから。
助け出されなくても、ここから出られなくても、彼らがいてくれるのだから、大丈夫だと。なんだか不思議なくらい満たされた気持ちでそんなことを思ってて。
「馬鹿みたいだ……」
だって、私も彼らもただのアバターなのに。現実ではどんな人なのかも分からない、幻想のキャラクターなのに。
狂信者がアイドルを語るときに言っていた台詞を思い出す。『ただ幸福にしてくれる、完璧な偶像』今になって、その気持ちが分かってしまう。
そう……架空の存在なのに、ただ幸福にしてくれた。夢みたいな存在だった。現実ではないのに。それでも私は、満たされてしまった。満たされることを知ってしまった。
怖いな、と思う。
これは依存のようなものじゃないのかな、と思う。
もしも、私や彼らの現実になにかあって、ネットに繋げられなくなったら、なにかがあったことすら知らずに終わるのに。勇者は、王子や姫は、無事に帰ってくるんだろうか。私も、病気もせず過ごせるんだろうか。
「……寂しいな」
ずっと言わなかった想いを口に出す。
一人は、とても寂しい。
誰も危険な目にあって欲しくないから。助けられたいと、もう願わない。だけど。
それでも叶うなら。
「会いたいよ……」
現実の彼らの姿を知れば、この想いはなにか変わるんだろうかと、そんなことを願ってしまう。
そんな私の言葉は、夕日と共に消えていく。
パーティハウスに狂信者がやってきた。
彼はいつもの楽しそうな笑顔で語る。
「今度はさぁ、歌!うたってみようよ?」
「……」
私はたぶんちょっとセンチメンタルになっていた。
『ただ幸福にしてくれる、完璧な偶像』そんな狂信者の言葉に影響されたばかりだったからだ。
「どんな歌?」
「僕としてはべたなアイドルソングが個人的好みなんだけど……」
狂信者は少しだけ真面目な表情になる。
「でも君に合わせると……違うなって」
「私に合わせると?」
「そう。だって聖女だから」
「……」
あれ?と思う。
狂信者と話していて、聖女を疑われたことあったっけ?と考える。
……いや、ないかも。彼はいつもアイドルの話ばかり語っていたけれど、私を否定したり、疑うそぶりを見せたことはないかもしれない。
「聖女伝説、と思われるものが各地に伝わっててね」
「聖女伝説……」
「それを題材に歌にしてみようかなって。キミにとても合ってるから」
「……」
どうかな?と、狂信者は首を傾げて言う。
聖女伝説が私に合っている――
私は多分少し絆されてる。孤独の中で、自分を信じてくれる存在に、否と言うことは難しいのだ。
「うん」
「!」
「歌、出来たら教えてね」
「やったぁぁぁ!!!」
本当に、うっかり、承諾してしまった。
そして、実はもうほぼ出来てて!と三日後には狂信者は再度やってくるのだけど。
「キミのためにそのゲームそっくりのアバターと聖女衣装も作ったから!」
どう考えても既に作ってあったのはおかしいと思うんだけど。
狂信者に押し切られるように……勇者たちが不在の間に、ぼんやりとした寂しさの中で、ボーッとしてるうちに、なんだか歌を一本歌わされてしまったのだ。
――黒歴史になるだなんて、知らずに。