楽しい金策
もう長い間、夜を勇者と過ごした。
なんていうとなんだか卑猥な感じが漂うけれど……実際にはものすごく健全。私の金策に付き合ってくれているだけだ。勇者の方は素材を加工して売ってないみたいだけど、それでもそれなりに稼げているはず。
慣れたようにモンスターを狩り、解体し、戦利品を回収する私たちは、いつもなんでもない会話をしてる。
「親の顔より見た、モンスターの魔晶石!」
「その比喩はどうなんだ……」
しまった。現世では親の顔なんて知らないのだから、反応に困ることを言ってしまった。
「変なこと言って、ごめん」
「なぜお前が謝る。それに親の顔を知らないのは俺も同じだ」
「……え?」
そうなの?
「村では魔族の女の子供だと言われていたが……それは俺の身体が普通の人間とは違ったからだろう」
お、重いよ。話させて申し訳ないよ。
「……設定、だ」
「うん」
「そんな顔するな」
どんな顔なんだろう。不思議に思っていると、彼は言った。
「勇者は今、王城で、待機中だ」
「王城?」
「東の大国からの命で、一時的にだが国軍に配属される……設定だ」
「うん……設定」
なんだか不思議だ。
毎日話していると、設定の中の人物が本当に生きているように思えてくる。私たちはアバターで、現実にどんな姿をしているのかも分からないのに、まるで本物の勇者と聖女がいるみたい。
自分で思っているよりもずっと……私は夢見がちだったのかもしれない。
「勇者は、魔王討伐隊と共に、魔王領へ攻め入る好機を狙っている」
え、そんな話ネットに全然ないんですけど。
「話していいの?」
「……聖女にならいいんじゃないのか」
「そんなもんか」
口重そうで軽いな。まぁ設定だけどさ。
「魔王軍との争いって長いことなかったって書いてあるのみるけど」
「この何十年かは大きな争いはないな。遭遇してしまうことはあるようだが」
「なのになんで、魔王討伐?」
「それは……」
勇者は私の瞳をじっと見つめて言う。
「聖女の捜索のためだ。この何十年か、聖女自体も現れていなかった。そこにお前の情報だ。はじめは信じられていなかったが、これだけ現れないと、魔王軍に囚われているのではないかという懸念も大いにされている」
「わー、私の影響も……」
ちっとも信じられてないと思ってたけど、今になってこんなことに。
ずっと助けて欲しいとは思っていたけれど、現実としてそれは人と魔族の争いを意味するのだと知ってしまった。私が毎日心も痛めずモンスターを殺しているのとはわけが違う。命の奪い合い。
「怖いね……」
死んだら塔から出られると言われるけれど、そんなことは決して出来ない。
命は、終わったら、それが最後だ。
かといって、私の存在は、それだけで国家間の火種になって、救出には誰かの命を掛けなければならない。
「……聖女は、助け出されることをもう望んでいません」
私だけのために目の前の、この実直な男が、もしかしたら命を落とすのかもしれないのだから。
「勇者は」
ブラウンの瞳は私だけを映している。
「聖女を救うために、きっと存在している」
大真面目な顔でそんなことを言う。
「な、なんで?」
「さぁ」
「さぁ!?」
「そう思っている……設定だ」
「設定なら仕方ない」
「……ふっ」
思わずと言ったように勇者が笑う。
私は、日頃不愛想なこいつの笑い顔がとても好きだ。見ていると心がフワフワとする。
「聖女の対って勇者じゃなくて魔王だろう?」
「いや……聖女は現れないこともある。そんな時は魔族と戦うのは勇者の役割だ」
え、勇者って意味のある役割なんだ。強い人を指すのかと思ってた。
「おお!勇者ってそういう人なんだ」
「担がれているだけだろうが」
「そっか、大変だね……」
勇者は、少し考えるようにしてから「聖女は今はどうしているんだ?」と言った。
「今ですか……」
最近なにしてたっけ。
「聖女は、食べて寝てネットしているだけですねぇ。生まれてこの方、ほぼ部屋の中にいて誰にも会ったこともありませんから。あ、ご飯は魔法でぱぱっと出てくるようになってるみたいです」
「どうして言葉が分かるんだ?」
「あ~」
どうしてと言われるとどこから説明したらいいのか悩むな。
「前世の記憶があるじゃないですか。その世界にもこのネットと似たような仕組みがあったので、ある日この魔法ネットに接続出来てからは、ネットの中で言語や常識や風習を学んだんですよ。もう四年位前ですかね」
「俺が初めて見かけたころか」
「そうですね」
一番はじめのネット社会は文字データの宝庫だった。あの頃の勇者のことを私は覚えてはいないけれど。
「……あんなに昔から、か」
「何言ってるんですか、生まれてからずっとの設定ですよ?」
夜が明けてくる気配を感じながら、私は空を見上げた。
ゲームの世界の空にも朝日が昇って来る。虚構の世界の中なのに、本物と変わらないように思える眩しい空が広がっていく。一緒に朝日を見るのはもう何度目だろう。
「じゃあ、今日もお疲れ様でした!」
大金となる戦利品を手にして、にひひ、と笑いながら言う私に、
「お疲れ……」
疲れたように呟く勇者が居た。