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そこは塔の上

―――聖歴1299年


 漆黒の闇に覆われた、魔王城。

 その城の主は美しい青年の姿をしていた。穢れない雪のように白い肌を持ち、金色の髪は闇の中輝く星のよう。けれど陰鬱な表情をした彼の、宝石のような瞳から一筋の涙が流れ落ちると、それは床に落ち、


 コトン


 と、金色の鉱石の結晶のように固まった。


 それがすべての始まり。

 そうして魔王は自らの意思で姿を消した。魔族らは、魔王と、対で生まれるとされる聖女を探し始める――






   【幽閉された聖女は塔の上でネト充する】






―――聖歴1313年


 ここはどこなのだろうと、目を覚ました「私」は、ふと思う。

 目を覚ました、なんて表現は似つかわしくないのかもしれない。


 長い眠りから目覚めたような気持ちだった。

 直後、ガツンと殴られたような激しい頭の痛みに襲われる。


(いったったたた……。なにこれ。何があったんだっけ……?)


 眩暈がする。肉体の危険すら感じる頭痛。


(っていうか、どこよここ)


 目に入るのは古びた石作りの天井と壁。病院なんかじゃない。薄汚れたベッドの上に寝転がっているみたいだけど……。見慣れぬ景色への不安に、状況を確認したい欲求が沸き、起き上がろうとして、


「いっっつつつ……ったぁぁぁぁぁい」


 あまりの頭痛に挫折した。







 ――私は。相田響。日本の社会人……である。トリマーをしていた。

 確か昨日は、職場の飲み会で幹事をまかされて、へとへとになって家に帰り着いたはず。

 だから二日酔いなのかもしれない。救急車で運ばれたことだってあり得るけど、それにしてもここはなにかおかしい。見知らぬ場所で覚醒するなど、女の身としてはとんでもない事態ではないか。


 とはいえ身動きが出来ず、ひと眠りしてから……やっと頭を抱えながら起き上がる。


「こほっ……もう、だ、だいじょぶみたい……っ」


 なぜか声も出ない。


 シン…とした部屋の中。窓から差し込むのは夕日なのだろうか。ベッドと、机と椅子、そして暖炉と、見に行くと別室に水道があった。扉はもう一つあったけれど、そこは施錠されてて開けられなかった。


 んん?やっぱり喉がおかしい。ゴホゴホ。

 声が上手く出ないのだ。風邪がひどい時みたいなかすれ声。


 ここはまるで、中世の遺跡に迷い込んだような……そんな部屋の中。

 遠い目になる。どこなんだここ。現実感なくぼんやりとしていると、日が陰り、勝手に部屋の蠟燭に火が灯った。


「ぅえ!?」


 そうして一瞬にして、食卓の上に食事が乗った皿が現れた。


「ひぇっ」


 手品か、魔法。そんな風にしか思えない芸当。だって誰もいないのに。


「え、えぇっとぉ、だ、だれか……おーい」


 シーンとするだけの部屋の中で、訳の分からない食事の皿を前にして頭を抱える。ぐー。なぜか空腹のお知らせだけが鳴り響く。腹は減れども、こんなもの怖くて食べれないのに。


 外を覗こうと窓に近寄ると……そこに映った少女の姿を見た。

 そこに居たのは子供だった。まだ10代前半くらいの。


 白銀色の長い髪を床に引きずっていた。幼いながらも整った顔立ちにサファイアブルーの瞳が輝く、その姿は天使のように清らかに見えた。


(――いや、誰!?)


 ばっと後ろを振り向く。誰もいない。いやいやいや!?

 いやな予感がする。むしろさっきからチラチラと、自分から垂れ下がる長い白銀色の髪の毛を目に留めていた気がする。

 

「……私?」


 髪の毛を両手で掴むと、私の手も小さかった。子供の手だ。


「……どうして、こうなった!?」


 私はふらふらとベッドに戻り、眠らなきゃ……起きたら仕事だ……、そう言ってから眠った。

 けれど目覚めてからもこの悪夢は続いていくのだけど。









 ちょっと信じられないし、信じたくもないけど……たぶんここ日本じゃない。

 言いたくもないけど……むしろ地球じゃない。


 まず第一に、部屋の小さな窓から外を見下ろすと――下の方に、人間ではない生き物たちが動いているのだ。二足歩行だけど体毛に覆われた体を持ち、角や大きな耳を持つ、獣と人間のあいの子のような姿をしている。なにあれ。仮装じゃないよね。本物だよね。


 ……降参だ。地球じゃないなら、ただの小娘の手に負える問題じゃあない。


 じゃあ、ここは、どこなんだって。

 だったらそういう生き物のいる世界にきてしまったのか?って思うけど、今の私の姿は、とても綺麗な部類ではあったけれど普通の人間の姿だから、種族が違いそう。


 そしてここはなんなんだ?

 ここは、この土地一帯を見渡せる、塔のような場所みたい。ほかに同じくらい高い建物は見当たらなくて、塔の真下はなんか白い花畑。その周りは魔族たちの棲家なのか、小屋や、作業場のような場所が見えて、さらにその先は見渡す限りの森だ。

 窓から外は覗けるけれど、窓は開かない。たまに勝手に、手の届かない位置にある窓が開くことがあるのは、たぶん魔法で換気でもしているんだろう。私は、自分ひとりではこの部屋から決して出られない……気がする。


「監禁?」


 口に出すと現実感が増す。

 美少女が、獣のような種族にとらわれている――。


 他の可能性に懸けたいけれど……。


 食事は届くのだ。毎日三回。空腹に耐えかねて、食べたよ。美味しかったよ!

 食べ終わると食器ごと消えていく。魔法だよ。魔法ってことにしたよ。


 別室の桶に、したのよ、排せつを……。そしたら、それも綺麗に消えやがった。ちくしょう。乙女のソレをどこに消したんだ……深くは考えないことにする。ついでだけど、たぶん、私の体を綺麗にする魔法も掛けられている。たまにふわっと髪が浮くんだもん。汗臭くなくなるんだもん。


 少し……部屋の中を歩き回っているうちに、断片的な過去の記憶がよみがえることがあった。

 この部屋の中での、強い印象が残っていることの記憶。

 転んだ、とか、頭をぶつけた、とか、そんなこと。


 それでだんだん、確信してきた。

 私はどうやら、記憶を取り戻すまでは、手づかみで食事をして、部屋を好きなだけ汚し、だけどそれを魔法のようなもので一瞬で綺麗にされていた。そんな気がする……。


「親はどうしたんだよ、親はー……」


 たった一人きりの、人間としての生き方も知らない子供だなんて。


「不幸のどん底じゃないか」


 不満をぶちまける生活の中で、口悪くなっていく自分にも気が付いている。


「そんなことより、独り言に、飽きたよ……」


 最初はかすれ声しか出せなかったけどだんだん声が出せるようになったよ。

 美しい少女の体を手に入れて、現代日本人の魂は、なすすべもなく途方に暮れる。

 いろいろ、いろいろ言いたいことがあるけど。


「……暇!暇なんだよ!」


 それに尽きる。テレビも本もインターネットもない。


「人って一人でどれだけ生きられるの!?うわぁぁぁ考えたくないー」 


 言ってから自分の失言に首を振る。

 ブラックな職場で、毎日が睡眠不足。仕事にも行き詰ってて、いったん退職してしばらく休養しようかなって、そんなことも考えないでもなかったけど。


 こんなネットもない場所なんて引きこもってもすることないじゃん!?


「せめてインターネットくれよーーー!」


 そう、叫んだのが、良かったのか、悪かったのか。


 機械音のような声が鳴り響いた。


『――ネットに接続しました』


 ――――はい?


 頭の中に大量の情報が溢れかえるのを感じた。








 ――この世界に構築された魔法ネットワーク。

 かつての転生者が生み出したその『ネット』の海に潜りながら、いつしかネット廃人となっていく私の……幕開けの日。

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