十
しわが増え、疲れているようだった。それでもトリーンを見ると笑う。
「よう、元気か」
魔法使いが座っていた椅子に腰かけた。近くで見ると白髪があった。
「うん。食事はまだどろどろだけど」
「言っといてやる。ちゃんと噛み応えのあるもの出せって」
「干し肉とか、またみんなで食べたいね」
「ああ、いまごろ大陸の西の方かな。ぐるっと回って帰ってくる」
「早く仕事したいな」
「もう退屈? トリーを待ってる仕事、たくさんあるぞ」
いま行われているという中継通信の実験の話を例えをまじえて教えてくれた。祠の改修をもっと急がなくてはならない。トリーの手伝いがいると言った。
「じゃあ、手紙とか回さなくてもよくなるの?」
「すぐにはそうならないんじゃないかな。それに心配もある。のぞき見されるかも」
「のぞき見?」
「盗み聞きかな。伝言に例えただろ? 途中で聞かれるかもって心配がある。まだまだ封をした手紙の方がいい」
「なら軍みたいに暗号使えばいい」
「考えたな。でも通信用の魔宝具に暗号化と復号処理を入れるともっと大きくなるし扱いも難しくなる」
「わたしの能力があるよ」
驚いた顔をしたままクロウさんは一瞬固まった。そしてまた笑った。
「トリー、よかったらエランデューア家に紹介してやろうか。あそこの技術開発班に加わるといい」
心の中ではじける感じがした。広い道に出た気分。
「うん。おねがい。わたし、いまなんでもしたい」
「トリーン・トリストゥルム、すべてを喰らう、か」
黒い目を見た。深くて吸い込まれそうだった。
「なんだい?」
「すべてを喰らうって気に入った。わたし欲張りになる。クロウさんもでしょ」
しわが寄った。
「俺もか」
「これからなにするの。クロウさんは」
黙ってしまった。時々こうなる。すぐに返事してくれない。考えているのだろうか、それともなにも考えていなかったんだろうか。
「俺はね、することをしてしまった。もう未来を考えたくないんだ」
「なにをしたの」
「魔王との戦争、いろいろあった。死にかけたし、人の死ぬところを見たし、人を死に追いやった。死に関わる経験をたくさんした。だから未来はもうどうでもいい。こういうの、いまのトリーなら分かるな」
うなずいた。
「それに、自分の片割れにも死ぬよう命令したのよね」
言ってもいいか一瞬迷ったが、言ってしまった。しわがさらに深くなり、まるで睨んでいるかのようだ。いや、わたしに向けられているのは怒りだ。
「おまえはなにもかもはっきり言いすぎる。刃物は鞘に納めとけ」
「いいえ、納めません。斬って斬って斬りまくるつもり。わたしの親を殺し、能力を利用しようと閉じ込め、魔宝具にした。そんなこと出来る考え方を斬り捨てるんだから」
「それは勝手だが、刃を見せびらかすな」
「ありがと。言う通りにする。斬る瞬間まで隠しとく。でも納めはしない」
クロウさんは立ち上がりながら言う。
「トリー、君は大人になったな。こんなに早くとは思わなかったけど」
「時間はたっぷりあった。中で黒麦作りながら自分がどこからどうやって来たかを繰り返し見続けて考えたから」
「そりゃ夢だ。本当の世界じゃ経験は起きて味わうもんだ」
「でもあの魔法使いもわたしが大人だって認めた。夢かもだけど、覺めて見る夢。そう思わない?」




