六
「それは分かりました。ではわたしはなにをすればいいのですか」
大魔法使いは懐からサンダルを取りだした。結論の式の横に置く。
「心の時間をさかのぼる、そして、記憶を掘り出すと言いましたが、これは例えではありません。このサンダルは記憶から取りだされたものです。おそらく母茸もでしょう。詳細な機構は不明ですが、記憶から引き出されたサンダルと母茸があなたの前に現れたのです」
「信じられません」
「わたしもです。これはまだ報告していません。この書類もあなた以外は見ていません。炉に放りこめば真相は葬り去れます。どうしますか。トリーンの記憶の範囲に限られるとは言え時間をさかのぼって影響を与えられるのです。恐ろしい力です。考えてください」
「なぜ、わたしが?」
クロウの胸を大魔法使いの指が突いた。刺されたかと思うほど力強かった。
「この力はあなたの言葉に由来しています。トリーンは呪術文様の中で叫んでるんです。自分を知りたいと。それがこの記憶内時間遡行能力の元になっています。クロウさん、あなたの記憶にありましたよ。君は自分について知るべきだと思う。いまのままじゃ君は起きた出来事に振り回されてるだけだ、と言いましたね。その言葉が楔となっています」
「楔?」
「トリーンはあなたと繋がっているつもりです。言葉で」
これは罠だろうか。大魔法使いはなにをどうしたいのだろう。ケストリュリュム家と王室や貴族議会との関係をさらってみたが、このような事実を報告もせずにまず自分にだけ話す理由が分からない。この会話は利益になるのか。
「あなたの考えは分かります。どのような反応を示すか、すでにわたしの心の中のクロウさんで確かめてあります。記憶を見てからそれほど時間は経っていないのでさほどのずれはないでしょう。これはわたしの家や王室、帝国のためではありません。一人の人間、トリーンを救いたいのです」
「なぜ? トリーンの記憶を読み、外部から操作して記憶内時間遡行能力を使えばどれほど国の利益になるか。例えばトリーンが生まれてからのすべての戦いの趨勢を書き換えられるのでは?」
クロウは自分の関わったある戦闘を思い出していた。あの時出した命令をやり直せる。死ぬと分かって先行を命じた。部下をすりつぶしたのだ。
大魔法使いの目が赤い。うるんでいた。クロウは悟った。すでに見ていたのだ。あの包囲脱出戦でどんな命令を下したのか。そして前線で見、経験したこと。
「……でも、クロウさん、やってはいけないのです。人間が人間であるために。でも雲の上の方々に報告すればトリーンと呪術文様は後悔を消し去る道具とされるでしょう。それこそ魔王の所業です。お願いします。助けてください」
「わたしが助ける?」
クロウを突いた指で、自分の胸を指した。
「ここのクロウさんの記憶に指示してください。導き手になれ、と。トリーンの魂を元の体に戻す水先案内人を務めてほしいのです。繋がっているあなただけが出来る任務です」
大魔法使いが膝をついた。机に広げられた書類の式が踊りだす。記憶を送りこみ、結合している魂と話して呪術文様と分離させる。可能だろう。で、その記憶は?
「どうかお座りになって。膝などつかないでください。しかし、送りこまれた記憶が戻る体はない。呪術文様と共に滅するのですね」
大魔法使いは座りなおしたがうなだれたままだった。そして小さな声で消滅を認めた。
「わたしは過去、部下に死んでこいと命令した男です。今度は自分に決死の任務を与えるとは世の中うまく出来てる。やったことからは逃れられないって仕組みなんだ」
クロウは大魔法使いの両手を取り、額に当て、目を閉じた。その瞬間、まぶたの裏に閃光が走る。彼方に浮かぶ人影に非情の任務を命じた。




