表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/90

 昨夜の雨のおかげで朝の空気は澄んで心地良かったのに、その部屋だけよどんでいた。クロウは継ぎの目立つ下げ渡しの軍服や急所だけ覆っている傷だらけの革鎧をごまかすようにして座っていた。


「……なるほど、戦後すぐ軍を辞めた、と。引きとめられなかったのかい?」


 クロウの正面には歴戦を戦い抜いたかのような机があり、その向こうにはその机の上官のような老婦人が巻かれた布を開いて目を通している。巻布にはクロウの経歴が模様として縫い取られているがきらびやかとは言い難い。

 老婦人は巻布から目を上げ、クロウを見る。一目で軍にいたと分かる短い黒髪は若々しいが、黒い目の周りのしわや細かい傷痕だらけの浅黒い顔からすると若者とは言えなさそうだった。しっかりと結ばれた薄い唇は意志の固さなのか、軍で歯を食いしばれと言われ続けていたのが癖になったのかは分からない。


「ええ、どうせ軍は縮小されますし、せっかく使えるようになった魔法をもっと生かしたくて」


 引きとめられなかったのかい、というところは聞こえなかったふりをして答えた。なるべく快活に、それが面談のこつだ。クロウはここを教えてくれた宿の主人の助言を思い出した。明るく、若々しく、自信にあふれた様子で。そうでなくてもそう見えるようにする。少しくらいならごまかしをしてもいい。うまく行けば当分の飯と寝床に困らない仕事につけるし、行かなきゃ空きっ腹を抱えて馬小屋の隅だ。


「火球の投射には自信があります。五連発ですよ」

「そのようだね。けど五発撃ちつくすと次まで指一本かかっちまうのか」

 魔力の再充填には日が指一本分の幅動くだけかかるが仕方ない。クロウは大魔法使いではない。

「実戦では不足ありませんでした。感状も授与されています」

 経歴巻布を指した。老婦人はうなずく。

「そりゃ大したもんだ。なのに、引きとめられなかった?」


「マダム・マリー、仕事をいただけませんか。力をふるいたいんです」


 嫌味な言い方に腹が立ち、あせりもあって怒鳴るような強い言い方をした。落ち着け、と前のめりになった体を引き戻すように座りなおした。頬が熱くなっていく。


「クロウさんとやら、今回の任務はローテンブレード家の依頼なんでね。下水を掘るのとはわけが違うんだ」

 白髪をなでると装身具がゆれ、体型を隠すようにひだがたっぷりとってあるあざやかな服にこすれた。


 クロウは腹を決めた。宿の主人の助言は無視する。


「軍を追い出され、食うや食わずで困っています。日銭を稼いでしのいできましたがもういけません。まとまった金がいるんです。お願いします」


 マダム・マリーは経歴巻布を置き、たるんだ顎をなでながらクロウを値踏みするように見た。そして低い声で笑った。


「そう。それ、そういうのを聞きたかった。合格だよ。じゃあ仕事の話だ」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ