2
勇気を振り絞り、後ろを振り返ったボクの視界に飛び込んできたのは
銀色の髪の綺麗な女の子だった。
彼女は、ボクの部屋のベットに静かに腰掛けている。
(誰だこの子?)
透き通るような白い肌と
無機質な赤い瞳から目が離せない。
「キミは、一体…」
久しぶりに他人と…それも知らない女の子と会話をする事への緊張からか、それ以上言葉が続かない。
「はじめまして」
「ワタシの名前はUです」
彼女は端的に答える
(ユー…you…U?)
ボクは頭の中で必死に情報を整理する
「えっと…」
「……」
Uはすまし顔でこちらを見つめている。
やるべき事を全てやり終えたかのような表情に、ボクは困惑していた。
「…それだけ?」
「それだけとは?」
「いや、もっと他にあるでしょ?ほら」
「自分が何者かの説明とか」
「どうやってボクの部屋に侵入したのか…とかさ」
「はあ…」
「アナタは、他人から何でも答えがもらえると思っているのでしょうか」
「そもそも、まず自分が何者かワタシに伝えるべきでは?」
「ワタシはアナタの名前すら知りません」
Uは呆れ顔のまま、ボクを責めたてる
(なんなんだこの子は)
(勝手に人の部屋に上がり込んで、ベッドに座って)
(非常識なのはそっちの方だろ?)
(でもまあ…このまま意地を張っていても埒があかないしな)
ボクは渋々、彼女に自己紹介をすることにした。
「ボクは、奏律」
「歳は22」
「すぐ近くの音大に通う学生だよ」
「まあ、今は休学中なんだけど」
「かなで…りつ…」
「律くんでいいですよね?」
「えっ?」
(この子、見るからにボクより年下だろ…!?)
(奏さんとか、律さんとかもうすこし呼び方が…)
「いや…まあいいけどさ」
「では、律くん」
「改めまして、ワタシの名前はUです」
「気がついたら、この場所に居ました」
「後の事は、よく覚えていません」
「気づいたら居たって…そんなバカな話が」
「本当の事なんだから、仕方ないじゃないですか」
「むしろ、アナタの方が良く知っているのでは?」
「律くんが、ワタシをここに連れて来たのではないのですか?」
「ボ…ボクが!?」
「いやいやいやいや!」
ボクは右手と首をもの凄いスピードで揺らす。
知らない間に女の子を自分の部屋に連れ込むだなんて
ボクが、そんなプレイボーイなわけがない。
ボクはなんとか他に情報を得る糸口はないかとUの方を見る。
多少見慣れてはきたが、銀髪に赤い瞳というのは浮世離れしているというか…
コスプレか何かだろうか?
服装もアンドロイド風だし。
そういえば、歌うロイドの公式キャラクターにどことなく雰囲気が似ているような。
そのせいか…露出が高いというか…
よくよく見れば、顔もだいぶ可愛いな…
「スケベ」
「なっ!?」
声の聞こえた方へ視線を移すと、Uはムスっとした表情でボクの方を見つめていた。
ようやく言葉を発したかと思えば、なんて失礼な子だ!
「ちちちち…違う!」
「ボクはキミから少しでも情報を得ようとだな」
「胸元からどのような情報が入ってくるのでしょうか?」
「是非、お聞かせ下さい」
「ぐっ…」
「……」
「…すみません」
「はあ…」
「次からは気をつけてくださいね」
「はい…」
(すっかり立場が悪くなってしまったな)
それにしても、彼女は本当に何者なんだろうか
はじめて見るはずなのに、どこか他人のようには思えない
アンドロイドの様な風貌で、歌うロイドの公式キャラクターに少し似ている、自分の好みの女の子。
不思議な事にUと会話をしている間、ボクの心は穏やかで落ち着いていた。
それと同時に、目の前にいる女の子の正体についてある可能性が脳裏を過ぎる。
「もしかして…キミは…」
「ボクの妄想なのか?」
精神的に限界が来てしまった結果、架空の女の子の幻覚を視ている。
それがボクの考えた、この状況を説明するのに最も納得のいく答えだった。
「なるほど」
Uはうんうんと頷いて見せる
「わかります」
「見ず知らずの女性を監禁するようなド変態よりは」
「妄想癖の強い思春期男子であった…という方がいくらかマシですもんね」
(ああ、なるほど)
(その可能性もなくはないのか…)
(それにしても…)
「キミは…なんというか」
「ボクの妄想なら、もう少し可愛げがあってもいいんじゃないか?」
ボクの言葉を聞いたUの表情が曇る。
「可愛げがなくて、悪かったですね」
「ワタシにはアナタの気持ちが分からないんです」
「だって…」
「ワタシには心がありませんから」
心がない…?
「アンドロイドだから、感情がないって事?」
「まあ…そんな所ですね」
なるほど、ありがちな設定だな。
感情がないアンドロイドにしては、随分とふてくされたような顔をしていた気はしたけれど…
とはいえ、これでますます妄想の可能性が高くなってきた。
「ワタシが律くんの妄想かどうか」
「簡単にわかる方法がありますけど?」
「えっ?」
思いがけないUからの提案に、変な声が出てしまった。
「この部屋に、他のヒトを連れてくればいいんですよ」
「そのヒトにワタシの姿が視えなければ、ワタシは律くんの妄想で」
「視えれば、律くんはお縄です」
「な、なるほど…」
Uの提案はシンプルで尚且つ判断のしやすいものだった
「いやでもな…」
「今、部屋散らかってるし」
「そもそもあまり他人を家に呼ぶのは好きではないというか」
「すみません」
「引きこもりぼっちニートの律くんには難しかったですね」
「無理な提案をしました…これはワタシの落ち度です」
「失礼な!」
「ボクはニートじゃない!大学を休学中の…まだ学生だ!」
「……」
「引きこもり、ぼっちは否定しないんですね…」
このうるさい妄想アンドロイドを、早くなんとかしなくては。
考えろ…考えるんだ。
一人でも、Uが妄想かどうか判断する方法を。
「……」
「……あ」
「おや、何か思いつきましたか?」
そうか、簡単じゃないか。
Uに触れられるか確かめればいいんだ!
触れる事ができれば実体、できなければ彼女はボクの妄想。
なんてシンプルでわかりやすいんだ。
「…?」
ボクは、Uに触れようと手を伸ばす。
その手は彼女の肩に触れる直前にピタリと停止した。
(Uに触れられるか確かめる?)
(何を考えているんだボクは!?)
(これでは、ただのセクハラじゃないか)
(ダメだダメだ!)
どうやらボクは、あまりにも非現実的な状況に頭がおかしくなってきているようだ
「…ドスケべ」
Uの言葉を聞いて、止まっていた時が再び動きだす。
ボクの思考は、彼女に筒抜けのようだった。
「あ…いや…いやぁ…今のは…」
ボクは伸ばしていた手をそっと戻す。
「……」
むくれ顔の彼女を前に、ボクが取ることのできる選択は1つしか無かった。
「…ごめんなさい」
こうして…
ボクとアンドロイドの少女Uとの
奇妙な共同生活が始まってしまったのであった。