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行き交う人々の喧騒が聞こえる。
あまりの人の多さに思わず眩暈がする。
(この街には、こんなに人がいるんだな)
この駅の利用者が一番多くなる時間帯まで、ボクはあえて待っていた。
一人でも多くの人の目に止まるように。
ボクが逃げてしまわないように。
駅に置かれたピアノは、弾くものを試すかのように堂々した出で立ちで
触れることはおろか、誰も近づこうとさえしない。
ボクは人並みをかき分けながら、ピアノの前にたどり着く。
(きっと大丈夫…)
胸に手をあて深呼吸をすると
そっと椅子に腰を下ろした。
通行人がボクの姿に気づき足を止める。
期待と好奇の眼差しがボクに刺さる。
ボクは、震える両手を静かに鍵盤に置く。
(大丈夫…)
その曲を弾き始めた途端
心とは裏腹に、ボクの指は跳ねるように次の音色を奏でていく。
誰も知らないその曲を聴いた人々は、止めた足を動かしその場を去ってしまう。
それでも構わず、ボクは演奏を続ける。
この曲は
この演奏は、キミだけに向けたものだから。
数年のブランクをまるで感じさせない指の動きにボクは自分で驚き、いつしか涙を流していた。
キミの言った通りだ。
これまでのボクの努力が無駄じゃなかった事を、今この瞬間が物語っている。
否定されて、逃げ出したくなって、この世界からいなくなろうとさえ思った。
それでも…
ボクはどうしようもなく音楽が好きなんだ。
好きなことからは逃げられないんだ。
キミに出会わなければ
きっとボクは、こんな簡単なことにも気づけなかったんだ。
ねえ…U
こんな事を言うと、キミは怒るかもしれないけれど。
ボクは、できる事なら今でも…
ボクの心臓をキミにあげたいと思っている。
自分の命を投げ出すようなボクよりも
真っ直ぐで優しいキミに生きていてほしいから。
だけど、そんな事をしても意味がない事くらい分かってる
だって…
この心臓は、元よりキミのものだから。
キミが生きたかった明日を、ボクは今生きている。
U …ありがとう…
ボクはこれからの人生を大切に生きるよ。
好きな事を胸張って好きだと言えるように
苦しくても、もう逃げないって決めたから。
だけど、ボクは弱い人間だから
たまに、どうしようもなくやる気が出なくて
大切な一日を無駄に過ごしてしまう事があるかもしれない。
そんな時は、ボクの前に姿を見せて、また叱ってくれないか?
キミに向けた演奏が終わろうとしたその時。
ボクの問いかけに答えるように
胸の高鳴りが聴こえた気がした。




