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隔たれた楽園へ

フィラムとレピロス、ミークラの三人はそれぞれ遠出用の荷物を持ってQバーに集まった。ゴブリンの少女はどことなく緊張しているようだった。昨日は彼女にとって衝撃的すぎる出来事がいくつも起こってしまったためにいつもの職場なのに初めてきた場所のように思えてしまっていた。仕事道具の整理をしていた二人はそんな様子の少女に気づき、席を立った。レピロスは彼女のそばの椅子に腰掛けた。

「もしよかったらいつものピアノの演奏を聴いてみたいな。」

ミークラは少し驚いた表情をした後に笑みを浮かべて頷いた。彼女は先程の様子と打って変わって慣れた足取りでステージに上がり、ピアノの演奏を始めた。演奏が盛り上がりを見せ始めてきた時、彼女の全身はうっすらと青く光りだした。それと同時にピアノ以外の楽器の音も聞こえ始めた。レピロスが手拍子を始めた頃、バーのカウンターから香ばしい香りが漂い始めた。フィラムがたどたどしい様子でコーヒーを淹れており、白い手袋はびしょびしょになっていた。コーヒーが二人分出来上がった頃にどこからともなく現れたキュウが慣れた様子でコーヒーをカップに注ぎ、角砂糖を入れた後に音楽を楽しんでいるレピロスの横に腰掛けた。演奏はクライマックスに向けて盛り上がり、綺麗なハーモニーを響かせて終わった。三人が拍手をするとミークラはピアノ椅子から立ち上がり、お辞儀をした。キュウは、ステージから駆け降りて椅子についた少女の頭を撫でながら、フィラムを呼んだ。彼は手袋を雑巾絞りした後に三人が囲んでいるテーブルへ向かった。

「少し遅れてしまったみたいでごめんなさいね。3人ともすっかり打ち解けてるみたいでよかったわ。」

レピロスがお母さんみたい、とボソッと呟いた。彼女は少年の頭を撫でながら話を続けた。

「二人はもう知ってると思うけども、フーワイ族はかなり特殊な場所で暮らしているわ。特別な方法を用いないと彼らの住処に辿り着くことは不可能よ。」

彼女は自身に絡みつく蔦に実った小さなフルーツをもぎ取ると、ナイフで皮を剥いた。果実の表面では発光する紋様が浮かび上がっては消えてを繰り返しており、果汁もゆっくりと点滅していた。

「彼らの住処は、彼の長によって作り上げられた空間に存在しているわ。そこへと辿り着くには長の許可の証拠が必要よ。あの子自身の魔紋様の描かれた紙を渡されることがほとんどだけれども、長から認められた人物から魔法をかけられることでも入ることができるわ。私もその一人よ。」

三等分にされた不可思議な果肉が彼らの前に差し出される。三人がそれを食べると手の甲に果物と同じような紋様が現れたが、すぐに消えた。

「あの、聞いていいことかわからないんですが、キュウさんは何者なんですか?」

「ただ知り合いが多いだけよ。」

彼女は他の二人に目線を送ったが、二人とも肩をすくめて首を横に振った。彼らは人間に変装した後に荷物を抱えた。その際にレピロスが角を引き抜く様子を見た少女は心配そうな顔をする。それに気づいた彼が頭に手を乗せた後にまた退けると角がメキメキと伸び始め、元と同じ長さまで成長した。少女はそれを見て拍手をした。彼らがQバーを出るとそこには筋骨隆々な男性が路地裏に腰掛けていた。扉が開いたことに気づいた二人は立ち上がって帽子を取り、笑顔を見せた。彼らの顔つきは人間のそれとは違い、手には鋭い爪と水かきがついていた。

「どうも予約いただきありがとうございます。馬車が用意されてますのでそこまでお荷物をお運びいたしますよ。」

彼らもまた魔物であることを隠しながら人里で暮らしている魔物たちであり、種族は水底の怪人「オーク」である。彼らは湿った布で肌を潤した後に帽子を深々とかぶり、攻撃的な手を革手袋で隠した。魔物たちは慎重にそれぞれの変装を確認しあった後に街の関所付近まで歩いていった。そこには筋肉質な馬が繋がれた大きめの馬車があり、その中に荷物と共に乗り込んだ。フィラムがオークの男性の手の甲に自身の手の甲をくっつけると彼の目に少し魔紋様が浮かび上がった。

「なるほど、目的地は把握しました。どうぞごゆっくりくつろぎくださいね。」

馬の力強く嗎が聞こえた後に馬車は走りだした。

「この魔法、本当に不思議ですよね。なぜだかどこに向かうべきか頭の中に思い浮かんでくるんですから。」

レピロスは光る手の甲を見つめながらそう言った。

「もうあの人とは長い付き合いだが、謎が尽きないな……。」

彼らの乗る馬車は森に拓かれた道を進んでいたが、唐突に馬車の通る余地の無いほどの森の中へ突っ込んでいった。しかし、馬が木々を薙ぎ倒すでもなく、逆に馬車が木っ端微塵になるでもなく、何も無いかのようにすり抜けていった。数多の葉が作り出した影をくぐり抜けた後に明るい場所へと辿り着いた。そこには地平線の先まであるようなだだっ広い花畑だった。そこで三人は下車した。ミークラは絶景に目を奪われ、辺りを見渡していた。フィラムはオークの男性たちに運賃を渡し、少し雑談をしたのちに彼らを見送った。彼が二人の元へ向かうと、何やらゴブリンの少女が狼狽えているようだった。

「すみません、なぜか魔法がうまくいかなくて人間に化けられないです。」

「それはここ一帯が認識阻害魔法…いや、それ以上の何か凄まじい魔法で形成されているからだろうね。」

彼女は驚きで目を見開いた。彼は荷物を持つと二人を連れて花畑を歩き始めた。まだ歩き始めてからまも無い頃、振り返ったゴブリンの少女はその景色を見て思わず足を止めてしまった。まだ森が見えなくなるまで歩いていないはずなのに、目線の先にあるのは花畑と雲一つない青空だけだったからである。レピロスは彼女の手を握った。大丈夫、という言葉に頷いて先を行くフィラムの後を追っていった。まるで無限にも続くような花園を歩き続けていると、突然突風に乗った大量の花びらが彼らの目線を遮った。風が止み、目を開けると、彼らは尖った耳の人間の子供のような者たちに囲まれていた。彼らは鎧に身を包んでいたが武器は持っておらず、じっと彼らを見つめているだけだった。少し離れた集落からは真っ白な布に身を包んだエルフたちが興味津々な様子で彼らを見ていた。彼らの間を縫うように人の丈ほどある光球がとんんだ後に三人の客人の前で分散した。中からは地面につくほども長く、尖った耳を持った長身のエルフの女性が現れた。

「お久しぶりです。ニュンセイスさん。」

「今日ははるばるお越しいただきありがとうございます、フィラムさん、レピロスさん、それとミークラさん。」

ミークラは緊張した様子でお辞儀をした。

「あなたがししょ…キュウさんのところで働いている子ですね。どうぞ肩の力を抜いてくつろいでくださいね。」

集落から覗くエルフはさらに多くなっていった。しかし、それらは奇異なものに対して向けられるような目線ではなく、子供のような単純な興味からのものであった。

「私の家までご案内しますね。そこでお話をしましょうか。」

鎧を纏ったエルフ達はその場で装備を脱いで伸びをしたり、お互いに話をしながら解散していった。集落には彼らのサイズに合わせた小さな家屋が立ち並んでおり、植物の香がやんわりと漂っていった。ニュンセイスは挨拶をするエルフに返事をしたり、ハイタッチをしようとするエルフの前でしゃがみ込んで目線を合わせて応じておげたりと、さながら子供をあやす母親のように振る舞った。他よりも一回り大きい家屋に着く頃には全員の腕の中に果物と薬草といい匂いのする液体の入った小瓶が抱えられており、とりわけ背丈が彼らと似通っていったミークラは花冠を被せられていた。

「相変わらずエルファンたちは元気ですね。」

「とてもいいことです。この空間を頑張って維持している甲斐がありました。」

家の中では給仕服を着た数人の小柄なエルフが窓際のソファーで寝息を立てていた。4人は音を立てないようにそっと移動した。応接部屋に入り、席に着くとニュンセイスのもとにメガネをかけた男性のエルフの給仕が近づいた。主人がいつもの、と言うと丁寧にお辞儀をした後に小走りで部屋から出ていった。

「さて、改めてようこそいらっしゃいました。まずはお二人に対してのお話となりますので、ミークラさんは少しお待ちくださいね。」

「今回はこの里を出入りする者たちを狙う盗賊の駆除、撃退ですね。まあまずは……」

ニュンセイスとフィラム、レピロスが書類と地図を見ながら話し合っている間、先程の給仕がさまざまなフルーツの乗ったケーキと紅茶を運んできた。ミークラは窓の外をぼんやりと眺めていた。耳の尖ったエルフたちがカゴにパンパンにつめた薬草やキノコを仕分けていたり、花冠をせっせと作っていたりと活発に働いていた。その中で一際背丈の高い者が棚に並べられた薬の入った小瓶を手にとって吟味していた。その人物をしばらく見ていたが、彼女はあることに気がついて背をピンと伸ばした。彼の耳は尖っておらず、エルフだと思い込んでいたその人物はまさしく人間だった。そわそわしだした彼女の様子に気づいたニュンセイスは微笑んで彼女の方へ向いた。

「私の里にいる人間は私の許可を得た方々です。彼らは親魔者派ですので安心していいですよ。」

「そ、そうなんですね。お気遣いありがとうございます。」

今まで人間に対して正体を隠しながら生きてきた彼女にとっては慣れないことではあったが、その人間がこちらに手を振りながら微笑みかけているのを見た彼女の緊張の糸は少しだけ緩んだ。彼女は小刻みに震える手を振って返事をした。隣に座っていたレピロスも笑顔で手を大きく振った。その様子を見ていた年長者の二人は同時に窓の端へ目を移した。そこには体に蔦の巻きついた鳥が部屋の中を覗き込んでおり、二度頷くような仕草をしながら飛び去った。彼らは互いに目を合わせた後に安心した様子でため息をついた。

「では、私たちは実際に地形を見て作戦を考えてきます。罠の配置を決めた後はまた連絡しますね。それと、彼女のことをよろしくお願いしますね。」

「ええ、キュウさんの大事な従業員ですから、この身に代えてもお守りします。」

彼らは仕事道具を持ってその場を後にした。

「さて、ミークラさん、キュウししょ…さんからあなたの抱える問題についてお聞きしました。あなたに私たちエルフの…いやフーマイ族のあり方についてご説明しますね。その前に、あなたの人間に対する考え方を聞かせてください。」

「私は…正直に言って人間は好きではありません……。私が赤ちゃんだった頃に何度も家族を傷つけられ、家を壊されました。」

ミークラがニュンセイスの顔を見ると、彼女の表情は真剣という他なかった。

「ですが、ゴブリンの巣穴で過ごし続けるのはあまりにも不自由だと思い、今は人里で過ごしています。」

「なるほど、恐らくですが人里で暮らす魔者たちの大半があなたと同じように一種の矛盾を抱えながら暮らしているでしょう。」

「その、フーワイ族の方々はある意味での親人間派の過激派だと聞いたのですが……失礼なことを言ってしまいますが、どっちつかずの態度というのは許せないものなんですか?」

エルフの長は少し驚いたような表情をしたが、すぐに微笑んだ。

「いえ、私は他の魔物たちに考えを強制しようとは思わないわ。できればみんな魔物と人間には仲良くして欲しいのですが、それは叶わない理想だと考えてます。」

彼女は窓辺に立って自身が守り続けてきた民を眺めながら話を続けた。

「でも、私が見守り続けたこの一族だけでも人間と…いえ人間になりたいと思っています。」

「人間に……なる………?」

エルフの長は本棚から一冊の本を取り出して開いた。そこには数百年前の魔者と人間の戦争伝記の挿絵が描かれていた。

「疑問に思ったことはないでしょうか。『獣人』、彼らは人間に似てはいるものの違う種族です。まして獣率度の高い個体はに全く人間には見えないですよね。でも彼らは魔者ではなく人間として扱われています。私たち亜人系の魔者と彼らにどんな違いがあると思いますか?」

少女は自身が幼い頃に聞いた本当か嘘かもわからない昔話を思い出しながら答えた。

「獣人は戦争中に人間に手を貸していて、魔者とは違って人間の味方だった気がします……」

「正解、と言っていいかもしれないですね。」

微妙な回答をされて少女は少し怪訝な顔をした。

「正確には、そう思っている人が多い。でもそれは根拠として十分すぎるぐらいなんです。」

「どういう意味ですか?」

「今この時代に、彼の戦争を体験し、魔王の死に涙を流し、或いは歓喜し、長い年月を生きながらえてきた存在がどれほどいると思いますか?当時の魔者その悉くが人間の手によって駆逐され、生き残った者たちもほとんどが代替わりをしているでしょう。それに人間の寿命については語るべくもありません。つまり、戦争の正解を知る者はほとんどいなければ、真偽のわからない昔話でも正しくなりうるんですよ。」

「それで、獣人が人間扱いされることとフーワイ族が人間になることにどんな関係があるんですか?」

彼女は本に青白く光る手をかざすと挿絵は変化していき、人間と獣人、そしてエルフやゴブリン、オークなどの亜人系の魔者たちが仲睦まじく過ごしている様子を描くものへと変化した。

「まず一つ目は、彼ら人間はある程度人に近い存在なら受け入れることができるということです。特に私たちエルフ族の中のエルファンたちは耳と背丈以外は人間と一致しています。寧ろ見た目だけならば獣人よりも近いですね。」

彼女は窓の外を眺める。

「二つ目は、彼らは協力者には優しいということよ。私たちと取引を行なっている人間たちとは既に強固な信頼関係を築いていますし、いずれ町単位で協力するということも認めてくれています。」

「かなりうまくいってるんですね。」

「はい、150年間頑張ってきた甲斐がありました。しかし、いまだに問題は山積みです。魔者、人間共に私たちのやり方が気に入らない方々の妨害工作を行われたり、内通者によって漏らされた情報をもとに襲いくる盗賊団なども存在します。里そのものはともかく、里から出たエルフが襲撃されることは多いですね。」

彼女が魔法を扱いながら腕を広げると、森の中で作業をするフィラムとレピロスが映り出された。

「今回彼らに頼んだのは拒人間派の魔者、それとケダケタ盗賊団という人間の駆除と撃退を依頼しています。なぜだかここ最近は多いんですよね。私の民も多少の魔力を使えるので認識阻害を行なって難を逃れてはいますが……」

ゴブリンの少女は驚いていた。空間を維持し続け、近くにいるだけで圧を感じるほどに漏れ出した強大な魔力を持つ彼女であっても解決に難儀するようなことがあることが信じられなかったのである。その様子を察したエルフの長はにこりと笑った。

「実を言うと、私なんてまだまだなんですよ。調子に乗ると師匠から説教を食らってしまいますし、全てを管理できるほど万能じゃありません。」

「私は…羨ましいと思ってしまってます。もしも私の魔力もあなたほどあれば故郷を救うことができたのに……。」

彼女は悲しそうな表情をしたが、すぐに真剣な顔をした。

「少し厳しいことを言いますが、生まれて持ち合わせたものや、これまで生きてきたうえで得てきたものはもう帰ることはできません。大切なことは、これから何を得ていくのかを考えながら生きていくことですよ。」

顔を上げた少女と目を合わせた後にニコッと笑った。

「魔王ですら時を戻せないんですから。」

「しかも、あなたは10歳少々ですが、ご主人はもう300歳超えてますし、気にする必要はありませんよ。」

先程ケーキを持ってきたエルフの男性がいつの間にか部屋の隅に立っていた。彼はすぐに部屋を出ようとしたが、瞬間移動をした彼女にゲンコツを食らわされていた。ミークラは我慢できずに吹き出してしまった。顔を真っ赤にしたニュンセイスは彼を羽交い締めにして怒っていた。しかし、その微笑ましい空気は外から聞こえた叫び声と共にかき消された。ニュンセイスは全身に青白いオーラを纏ったと思えば、家全体もまた同じオーラで包まれた。

「ミークラさん、絶対にここから出ないでください。絶対にあなたを傷つけません。」

彼女は一瞬で里の通りへと移動するとその場で起きた惨劇を目の当たりにした。鎧に身を纏った様々な亜人系の魔者の集団が里を蹂躙していた。その鎧には拒人間派の一派、「ヘイメン」のエンブレムが刻印されていた。彼女はエルフを叩っ斬ろうとする者の首を掴むとそれの内側から大量の花びらが血飛沫とともに溢れ出た。その死体の手の甲を見た彼女は驚愕した。そこにはこの空間へ入るための許可を示す魔紋様が浮き出ていたのだ。また違う方向から汚い笑い声と悲痛な叫び声が聞こえた。近くにいる愚者の兜を中身ごと魔法で押しつぶすとその方向へと瞬間移動をした。そこにいたのは、人間の危険な巨大組織「ケダケタ盗賊団」のメンバーだった。彼らの手の甲にもまた魔紋様が浮き出ていた。か弱いエルフたちは長の方へと走っていこうとするが、背中を刃物で切りつけられてその場に倒れる。数多の害虫は難攻不落だと思われたエルフの庭へ侵入し、ことごとくを食い潰さんとしている。しかし、この惨劇はこれから起こることの序章に過ぎなかった。

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