古巣を暴く者たちに
重要拠点の陥落、度重なる魔王軍の敗走、そして魔王の死......人類によって行われた異界の勇者が召喚されたことによって齎された余りにも早すぎる敗北に魔物達は戦慄した。人類によって魔物の支配下にあった富も土地も簒奪され、その悉く討伐されていった。人類の栄華の時代、裏を返せば魔物の暗黒時代においても、生き残った者達はしぶとくその古巣を守り続けていた。
重要拠点の陥落、度重なる魔王軍の敗走、そして魔王の死......人類によって行われた異界の勇者の召喚が齎した、余りにも早すぎる王の敗北に魔物達は戦慄した。人類によって魔物の支配下にあった富も土地も簒奪され、その悉く討伐されていった。人類の栄華の時代、裏を返せば魔物の暗黒時代においても、生き残った者達はしぶとくその古巣を守り続けていた。
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「姉御、ホントにここで大丈夫なんすか?ロクに金目になるもんも見つかりませんよ、多分。」
盗賊の女性が大きな宝石のついた指輪をはめた手で隣に座る男を引っ叩いた。
「スキア、あんたロクに盗みもできないくせにアタシに指図すんのかい!えぇッ!?」
「姉御、その指輪はめてるとマジで痛いですからやめてください!!」
わざとらしく入念に宝石をハンカチで拭いた後に甲高い声で叫んだ。
「いいかい、ヒトガタの魔物は人間と同じ価値観を持ってることが多いから、金目のものを隠し持ってるのよ!それもわからないなんて、ケダケタ盗賊団の面汚しね!!」
「前に龍の巣に無理矢理行って俺ら以外死んじまったからゴブリンしか倒せなくなっただけのくせに……」
彼女はツレに罵声を浴びせながら、自前のムチで容赦なくシバいた。ひとしきり暴れて満足いった彼女はミミズ腫れまみれの巨漢を引きずってゴブリンの巣へと進んでいった。
川沿いの岩壁の一箇所に木製の扉、その周りを囲うようにして子供の頭が入るか入らないか程度の穴がいくつか開いており、そこからは子供の背丈ほどのゴブリンがのぞいていた。女性は火薬玉に火をつけて穴に投げ入れた。複数の甲高い叫び声が聞こえたのちに火花が散った。彼女がツレを顎で使うと鋼の手甲で固めた腕を体の前に持ってきて扉にタックルした。扉はいとも容易く破壊することができたが、天井が低いせいで大柄な男は額を思い切り打ってしまった。倒れた男の上に腰掛けて巣穴の奥を覗き込んだ彼女の表情が少し曇った。
「やけに静かね。しかも灯りも明精を飼い慣らして使ったランプじゃなくて松明だ。よっぽど余裕がなさそうね。確かこのダンジョンって初心者冒険者にオススメの場所になってたよな。」
「そうです、姉御。冒険者が来すぎて何も残ってないんじゃないですか?」
女は首から下げた宝石を振り子の様に揺らした。すると宝石から細長い脚が8本生えたあと、地面に降り立った。その宝石でできた蜘蛛は当たりを見渡すような仕草をしたあと、廊下を走って行った。二人はその後を追っていった。蜘蛛はある地点で向きを変えると、錠のかかったドアをカリカリと引っ掻き始めた。入り口と同じようにそのドアも同じ様に男によって破壊された。男が先に部屋に入ると鎧を身に包んだ長身のゴブリンが掴みかかってきた。男が狼狽したが組みかかって押し合いになった。なかなか相手を押しのけられないでいる男にイラついた女が背中にタックルをすると、男は倒れ、魔物は下敷きになった。部屋にはもう一人同じ様に長身の魔物が居座っていた。荒削りの木材と石材で作られた鈍器を手にゆっくりと歩み寄る。女性は不敵な笑みを浮かべながら鞭を取り出し、一度地面へと打ちつけた。一瞬お互い立ち止まった刹那、魔物が距離を詰めようと体勢を低くするが、顔に向かって光り輝く蜘蛛がへばりついた。突然目くらましをくらった魔物はバランスを崩し女の足元に倒れ込み、容赦ない鞭の殴打を全身に受けることになった。彼女が魔物の首を締め上げながら男の方を見ると、既に魔物の上半身を土壁に押し込み終えたところだった。一仕事終えた彼らは再び蜘蛛を放って追いかけた。蜘蛛は木箱の積まれた壁の方へと近寄り、壁をカリカリと足で掻き始めた。二人は手にした武器でそれぞれ木箱を壊し始めた。
「なんか妙ね。これだけ暴れてもさっきの二体以外に何も襲ってこない。しかもこの木箱もすっからかんね。」
「何度も冒険者に入られすぎて諦めてるんじゃないんですかね?」
男は手にしたスコップで木片をどかし、壁に向かってそれを投げつけた。スコップの突き刺さった壁はそこから大きなヒビが走った後に一部がガラガラと大きな音を立てて崩れた。二人が壁の切れ目を覗くと、内部にはいくつかの松明と光り輝く大きな宝箱が鎮座していた。二人は目を見合わせてニヤリと笑った後、懐から明るく輝き生き物のように蠢く火の玉が入ったガラス容器を取り出して部屋内を照らした。彼らは部屋の床と天井を注意深く観察したが、部屋の隅の床に通気口のような穴が地面にある以外には何もないように見えたので、彼らは罠の類はないと素早く箱に近づいた。宝石の蜘蛛は女性の頭の上でぴょんぴょんと飛び跳ねている。男性は真っ白い手袋を身につけ、箱に触れた。蓋を持ち上げると金属音を立てながら少し開いた。鍵が必要ないことにホッとしたようにため息をついた後、中身が見えるほど開いた。
盗賊団の女はいきなり顔面に強風を受けた。金属音と男の悲鳴が部屋内をこだまする。目を開けると箱を開けていた男がいなくなっており、箱が再び閉じ…いや、何かが挟まっている。女性はそれを見ようと明かりを近づけた。それが男の赤く腫れた指だと分かった瞬間、箱から巨大な真っ赤な舌が飛び出し、それをひったくった。部屋の松明も全て同時に消え、先程の穴も急に塞がった。周囲が一切見えない中、周囲からピチャピチャと湿った何かが走り回る音が聞こえ、男性の叫び声もまた反響し出した。足音がぴたりと止んだ刹那、光が背後からさす。彼女が恐る恐る振り向くと、ぎょろりとした大きな目玉が睨みつけていた。血走ったその眼はドクドクと脈動しており、怒りに満ちたような雰囲気に満ちていた。取り乱した女性は泣き叫びながら目玉に向けて身につけている物品を投げつけ始めた。目玉の黒目から失神してパンツ一丁の男が飛び出し、女性に当たったのちに部屋の隅に空いた穴へと落ちていった。情けない叫び声が聞こえなくなってきた時、目玉をシュルシュルと萎んでいき、一つ目の奇妙な仮面の様な顔をした人型の魔物の姿になった。続いて暗い部屋に明かりが灯った。何人かのゴブリンたちが作戦がうまくいったことに喜び、雄叫びをあげた。盗賊たちが開けた壁の裂け目を塞いでいた子供たちも笑い声を上げながらそれぞれ喜びあった。老齢なゴブリンが一つ目の魔物の下に走った。
「フィラム殿、うまくいきましたね!」
「この程度は朝飯前ですよ。」
「いやはや、すみませんね。この頃私たち一族はいいことがあまりなくて、彼らも盛り上がりすぎてしまいました….恩人にとんだ失礼を……」
顔に浴びた酒を吹きながら一つ目の魔物は紙束を机の上に置く。
「いえ、慣れていますのでお気になさらず。それより、契約の内容を確認しますか。」
書類の上部には『初見狩り出張サービス「ミミックディスパッチ」』と書かれており、その下の項目をペンで指し示した。
「今回は『おぞましい魔物の出現』コースの契約ですよね。」
「ええ、その通りです。これでやっと人間たちから冒険者初心者オススメダンジョンと呼ばれることもなくなることでしょう。」
「これから私の協力者に近隣の人間の街に噂を流してもらいます。先程の哀れな二人もきっと上手く噂を流す手助けをしてくれるでしょうね。それと、書類にも書かれていますが、今後あなたたちがするべきことがいくつかありますから、どうかお忘れなく。」
「わかりました。さて、戦利品の山分けを致しますか。」
長老が合図をすると、怪我をした長身のゴブリン二人が盗賊たちから剥ぎ取った用具や装飾品を持ってきた。それに一通り目を通したミミックはダイヤモンドをつまみ上げた。少し観察した後に嫌な顔をした、すぐにそれを机の上に置いた。長老は怪訝な顔をした後にそれを手に取ると、宝石から脚が生えて蜘蛛の姿になった。
「これはなんでしょう?見たことのない生き物ですね。」
「それはペンデュパイダーという半分生物の様なものです。お宝の気配を感じ取ってそこまで主人を導いてくれる、見た目以外はなかなか有能なやつです。」
「蜘蛛も可愛らしいですよ。」
「あー、まあ好みは人それぞれですから…。それは譲りますよ。もしあなたがそれの主人になりたいなら三日間泥の中に埋めた後に掘り出してください。餌代は嵩みますが、それ以上の働きはしてくれるでしょう。」
その後はそれぞれ戦利品を分け合ったのちに、彼はゴブリンたちの見送りを受けながら仕事場を後にした。既に赤い月明かりが差していたが、森の中は暗くなっていた。馬車の轍が残る道に出た彼は先程の異形の姿と打って変わり、少し派手な服を着た人間の男性の姿になっていた。真っ直ぐに伸びた道の先には関所が見えたが、門番はたったまま寝ており、どうにもその役割を果たしている様には見えなかった。彼が門の横の窓口の戸をノックすると、少し経ってから眠そうな目をした男性が出てきた。彼が証明書を手渡すと、名前と写真の簡単なチェックをした後に門を開けた。街の出入り口にほど近い場所にある「イプリス冒険者集会」と看板が掲げられた建物の中から軽装備に身を包んだ二人組が出てきた。彼は耳をそば立てながら後ろを追った。
「すまない、君の初の仕事だというのにこんな結果になってしまって…。」
「いえいえ、先生のせいじゃないですよ。いきなり環境が変わっちゃったんですから、しょうがないです。」
「私がついていれば多少危険度の高い魔物であろうとも狩れるというのに、集会は融通が効かないな……。」
「あの盗賊二人の姿を見たらみんな警戒してしまいますよ……。しかもダンジョンからゴブリンが逃げ出したって話も聞きましたし。」
「魔物同士で潰し合いか…….。喜ぶべきか、取れる資源が限られたと困るべきか……。」
どうやら噂を広めることは成功できたようだ。あとはゴブリンたちがしゃしゃり出て嘘がバレない様にすれば彼らも安泰だ。そう考えながら彼はイプリスの中心街へと向かった。中心街ではどの建物の窓からも光が漏れており、酒と料理の香りが充満していた。数多の人間と獣人の酔っ払いたちとすれ違いながら大通りを少し歩いた後、道から逸れて静かな路地裏へと入っていった。突き当たりには一面に蔦の絡まった壁がある。そこへ彼が近づくと蔦は動き出し、隠されていた「Qバー」と印字された扉が露わになった。彼が扉を開けると、中では魔物たちが談笑をしながらお酒を嗜んでいた。彼らは開いたドアに驚き、ジッと見つめていた。そういえば人に擬態したままだったな、と気づいた彼は元の魔物の姿に戻った。それを見た彼らはホッとしたようにまたお互いに話し始めた。店の中には様々な果物の混ざった香りがしており、ゴブリンの少女が演奏するピアノの音色とともにオシャレさを醸し出している。彼がカウンター席の方を見ると、ジャッカロープの少年が手を振っていた。両目は包帯で巻かれていて見えなかったが、口元は満面の笑みだった。カウンターの奥では身体に植物の巻きついたネズミ獣人の女性がせかせかと飲み物を作っていた。少年の隣へと腰掛けた後に彼は封筒を手渡す。
「レピロス、今回もうまくいったな。」
「これくらい朝飯前ですよ。今後ともよろしくお願いしますね。」
情報屋の少年は切り分けられたフルーツを一つ摘み、コップに注がれたピンク色のドリンクを少し飲んだ。
「それ、お酒じゃないよな?お前はまだ飲める歳じゃないだろうに。」
「ノンアルコールですよ。」
「そうか。さてと、やっと明日は休みが取れるからのんびりしようかね。」
彼がググッと伸びをするとカウンターの向かいから飲み物を手にした女性が腰掛けた。
「一仕事終えたみたいね。お疲れ様。」
「キュウさんもお疲れ様です。といっても、忙しくなるのはこれからになりそうだですね。」
彼女の開いているこのバーは人間の街に住んでいる魔物たちの憩いの場となっている。旧魔王が敗北してから数百年が経った今でも魔物たちの生活が困窮してしまっている。そんな状況では人間に変装して人の社会に溶け込む魔物も少なくない。バレてしまえば良くて投獄、普通は死であり、大きなリスクを抱えながら日々を過ごしている。それぞれ孤独と悩みを抱えながら暮らしており、それを吐き出す場を作るために彼女は秘密裏にこのバーを作り上げた。
「明日は休みなのね、残念だわ。」
「何か私が出向いたほうがいい案件でもあったんですか?」
「うーん、あなたでもいいけど普通に変装メイクの専門を呼んだ方がいいかもね。あなたの変装術は真似できないから。」
彼はミミックであり、シェイプシフターである為に変身や変装はお手のものである。
「みんなが思うほど完全に自由が効く訳じゃないんですけどね。」
「また家守の仕事案件が来たらあなたに知らせるわ。ところで、今日もフルーツが採れたけど、どうかしら?」
彼は大きな一つ目を細めて首を横に振った。ジャッカロープの少年が不思議そうな目をしながら二人を交互に見た。彼女は少し残念そうな顔をしたが、他の客が果物を口に運ぶのを見て口元を緩ませていた。
「キュウさん、私はあまり人のどれそれにはケチをつけたくはないんですけど、君の...」
「あ、そこに蜘蛛いる。」
彼は驚いて勢いよく椅子から転げ落ちた。それを見た他の魔物たちは一瞬静まり返った後にドッと笑い出す。彼はこの一日で二度も酒を頭から被ることになってしまった。
明精:生きた炎のような現象。厳密には生き物ではないのだが、自身の体を燃やすために餌を求めて自発的に浮遊移動する。現在は人間、魔物にコスパのいいランプとして買われていることが多い。真偽の程は定かではないが、家屋ほどの巨大で凶暴な個体も存在するらしい。




