四話
「ふぅ、ようやく着いたね!」
神殿の内部に入ったエンリータが膝に手を付きながら息を吐く。2人は休憩の後、階段を全力で駆けながら神殿の入り口までやって来た。道中は以前もそうであったように今回も多数の魔物にしっかりと狙われた。アーロン達は全て討伐していては無駄な時間と労力になると判断して再び最低限の魔物を狩るだけに留めて以前、魔物が一瞬で興味を無くした神殿内部に入り込んだ。そうすればやはり内部に入った瞬間にこちらの姿が見えなくなったかのように追ってきていた魔物たちは散り散りになっていった。
「あぁ、これでもう目の前だ」
額の汗を拭ったアーロンがグレートソードを背に戻す。
(それにしてもやはり魔物の襲撃が多すぎる。完全に何かあったと見ていいだろう)
何処にでも発生するうえ人間を見れば嬉々として襲い掛かってくる魔物であったとしても今のこの山の状況は異常だった。まだ2回目のアーロンでさえ、そう思うのだから間違いなく良くない事が起きていることは想像するに難しくない。まだイナニス島全体にその影響は出ていないようだが今後どうなるかは分からない。もし、此処の魔物が暴走気味に街を襲うような事があれば島の戦力だけではどうなるか分からない。助けを呼ぶにしても空を飛ぶ魔物から船が逃げ切れる保証はなく、助けに来るのにも時間が掛かるのだから最悪島が丸々機能しなくなっても不思議はない。
「どうしたの、アーロン?怪我でもした?」
思考に耽っていたせいかエンリータが心配そうに声を掛けて来た。それに対して軽く首を振り、「問題ない」とだけ返す。
「そう?・・・そう言えばワタシ前回ほぼ記憶が無いんだよね・・・今回はしっかりと気を持たなきゃ」
神殿内を歩き始めてすぐ、思い返すようにエンリータが苦笑いを浮かべながら腕を組む。本人は気にしているようだが当時のアーロンもその存在感に気圧されたのだから無理もないだろうとは思う。
「ま、邪龍との戦いもあったんだ、大丈夫だろう」
励ますわけでは無いが事実としてあれからかなりの成長をしているのだから彼女が気合を入れる程ではないだろうとアーロンは思っていた。そもそも敵対しに行くわけでは無いのだから変な事さえしなければ良い。
「・・・それもそうだね、気にしすぎも良くないか」
そう言うとエンリータは1度息を短く吐き、頬を軽く叩く。そして改めて前を向く頃にはいつもの彼女の雰囲気に戻っていた。
そうして2人は静かな神殿をコツコツと小さな足音だけをたてながら進み、例の見事な絵画が描かれた扉の前に立つ。ここまで来ると明確に龍の気配が感じられ、また麓でも感じた風が強くはないはずなのに頬だけでなく、魂にまで吹き付けているような感覚をアーロンは感じる。隣に少しばかり目をやればこの風はエンリータにも感じられたようで先程解れた緊張がややぶり返しているようにも思えた。
「さて、今回も開くか?」
前回は扉の前に立っていたら勝手に扉が開いてくれた。であれば今回もそうで無ければ困ってしまう。なにせ取手の様な物がないのだから。そうアーロンが訝し気に扉を見ていると前回同様扉がゴゴゴゴゴと地面を揺らしながら開いて行く。同時に風が重苦しいものに変わる。それこそ目に見えてしまうのではないかと思うほどだ。しかし、その風にアーロンは不思議と悲しみの様な感情を感じた。
開かれた扉の先に踏み入れば内部に異常な部分は見当たらない。戦闘痕の様なものは一切なく、重苦しい事を除けば静謐な空間と言えるだろう。しかし唯一、明確に以前と違う部分が目に入る。
(巫女が居ない?)
奥の幅広い石段の部分、以前巫女が立っていた場所はもぬけの殻で人の影1つ見当たりはしない。勿論、席を外している可能性も無きにしも非ずだがそれならば扉は開かないのではないだろうかとアーロンは思う。
「誰も居ないの?」
視線を周囲に回したエンリータがポツリと独り言のように漏らす。やはり、いないらしい。
(人の子よ・・・)
その時、突然脳内に声の様なものが響く。とはいえ、音はなく、言葉自体が直接脳に書かれたような不快感がある。実際、隣に居たエンリータは驚いた猫のように全身がギュッと縮み上がっている。
(人の子よ・・・頼みがある)
再び、念話が飛んで来る。それと同時に明確に龍の視線がこちらに向いているのを感じた。
「・・・行くぞ」
兎に角、一度近寄った方がよさそうな雰囲気を感じ取ったアーロンはエンリータの背を軽く叩き、階段の上、神殿の奥に座している天龍に近づく。
階段の下まで来て立ち止まり、斜め上を見上げれば先程よりもハッキリと天龍と目が合う。しかし、恐怖はない。これなら落ち着いて話が出来そうだとアーロンは内心ひっそりと思う。
(人の子よ・・・エルムが連れ去られた)
天龍に告げられた事実は何となく想像できていた事ではあるもののやはり改めて聞くと焦燥感が出て来る。詳しい事が分からずとも龍に守られるほどの者が攫われたのだ。碌な事にはならない。
(あの願望器が連れて行った・・・人の子よ、エルムを取りかえしてほしい。我は此処の守りで動けぬ)
そう告げる声色はどこか歯がゆさが感じられた。
「・・・どこに行ったか分かるか?」
もはや盛大に面倒な空気を感じるが依頼の件もあるうえ、ニィスを目的にしているのだ、聞き入れないと言う選択は取れない。であれば少しでも有用な情報が欲しいアーロンは問いかける。
(砂漠の地下、あそこで集めた巫女を集め、古代の遺産を起こそうとしている。人の子よ・・・聖龍が事に当たる前に救い出してほしい)
話の規模が大きい。砂漠にそんなものが眠っているなど聞いたことはないし、何故聖龍が出張るのかも想像がつかない。だがどちらにせよ人間にとって良くないことが起きている事だけがヒシヒシと伝わってくる。
「分かった、何とかしてみよう。出来れば詳細な位置が分かると良いんだが」
砂漠、そう言われてもそれなりに範囲が広いのだ。おまけに地下なんてどうしようもなさそうだ。
(我が送ろう・・・人の子よ、エルムを頼む)
そう言われた次の瞬間、アーロン達は光と風に包まれ、意識が彼方へと消え去ってしまうのだった。
「グッ、何が起こった?」
意識が消え、どれほど時間が経ったのか分からない。朝に眠りから目覚めるようにして意識が覚醒したアーロンは呻き声を上げる。
(あれから一体・・・)
重い瞼を無理やりこじ開けながら倒れていた体を持ちあげる。手からは冷たい石の感触、右頬にも似た様な感触が残っていることから冷たい石の上で寝ていたらしいことが分かる。アーロンは頭を振って眠気を飛ばせばはっきりしてきた眼と頭で周囲を見渡す。
「本当にどこだ・・・?」
記憶には一切掠らない。だが綺麗に作られた建物の内部であることが分かる。それこそ神殿や聖堂の様に石壁が綺麗に整えられ、派手ではないが細かい装飾が気になりすぎない程度に彫られている。しかし、かなりの年月が経ってしまっているのか欠けてしまっている部分や風化しているような部分が目立つ。尤も、それも込みでどこか風情がある様にも見えるのはやはり、元が良かったおかげなのだろう。
どうやらどこかの一室の様で、家具の様なものは見当たらないが明確に部屋として作られているようだ。目の前には木製の扉が有り、うっすらとだがそちらから風が流れ込んでいるようだ。
「そうだ、エンリータ」
多少左右を見て状況を把握した後、相方の姿が見えず、声を出す。少なくとも同じ様に飛ばされたことと、その目的から離れたところには居ないはずだ。しかし返事は無く、少しばかり焦燥感に追われるように立ち上がって見まわしてみれば自身の後方に彼女が寝ている姿が見つかる。どうやら少しばかり急き過ぎたらしいとアーロンは胸を撫で下ろす。
「おい、エンリータ、起きろ」
直ぐに近くに寄って寝ている彼女の肩を揺らす。表情は特に悪くは無さそうであることから体調に問題は無さそうだ。
「ん、んん?」
エンリータは揺らされたことで不快そうに眉を寄せるが直ぐに呻き声を漏らし、その眼をうっすらと開く。どうやら同じように寝ぼけているようで目の焦点が合わない。
それから左程時間を置かず目をしばしばさせたエンリータは意識がハッキリすると勢いよく起き上がり周囲をキョロキョロと見てアーロンと改めて目が合うと不思議そうに首を傾げる。
「えっと・・・おはよう?では無い・・・よね?」
「あぁ、どうやら飛ばされたらしい。一旦、荷物を確認しろ。そしたら状況の確認だ」
そう言うとアーロンも軽く荷物を確認する。無いとは思うが人では無く、龍が勝手にしたのだ、彼らには分からない不備がある可能性もある。
それから一通りの確認を終え、状況の確認も終わる。とはいっても龍との話の内容から恐らく、ここがヴァーニタス砂漠の地下であること、そして巫女が居る例の遺産の内部、という事位しか予想できない。他には何の情報も与えられなかったうえ、今いる部屋では重要な情報は何も得られそうにない。
「遺産って言ってたけど何だろうね?見た感じは只の部屋だけど・・・でも遺跡とは空気が違う感じ。それに地下にあるならこの風はどこから来てるんだろ?」
扉の前に立ち、流れ込む風に対してエンリータが疑問を口にする。そう言われれば確かに不可解な場所に居る。よく考えれば明かりの様な物が無いにも関わらず部屋が見渡せる位に明るい理由もアーロンには分からない。
(それに遺跡特有の感じもない、か。なるほど、確かに言われてみればそうだな)
エンリータが言う事を咀嚼して改めて周囲を見て、触れてみればその異質な感じが良く分かる。
「う~ん、でもそれ以外は何も分かんないなぁ・・・うん、ワタシの加護でもわかんないかも」
どうやら加護の力でも確認したようだが何も分からないらしい。とはいえ非がある訳ではない。少なくともアーロンの所感よりも有効なものをエンリータは出した。
「いや、十分だ。ここがかなり異質で何があるか分からない場所なのがハッキリした。兎に角、1度外に出る。俺が先頭、お前がサポートだ。いいな?」
そうアーロンが締めくくれば少しばかり浮ついていたエンリータの顔が引き締まり、気配がしっかりと変わる。
「よし、行くぞ」
そう言ってアーロンはドアノブを掴み、部屋の外へと踏み出した。
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