三話
「お待たせ!」
アーロンが朝靄のかかる街並みを宿の前に立ちながら眺めていると後ろから扉の開く音とエンリータの元気な声が聞こえて来た。
「忘れ物はないな?」
振り返り、念押しを込めて聞けば少し上を向いて指を折り始めるが直ぐにエンリータは頷きかえす。
「うん、問題ないよ」
その言葉にアーロンも頷き返すと同時に目的地である山に向かって歩き出す。
以前と同じようにまだ早い時間の為か誰の影も無く、街そのものが眠っているようにも感じられる。しかし、アーロンには山頂から何か急かされるような空気が流れているようにも思えた。そしてそれはこの島に着いた時からそうであった。ただ、何があるかは分からない為に時間をとる様にしたのだが今尚、この急かすような風が頬を撫でている感覚は消えない。
(ひょっとして既に何かあったのか?)
当初、船旅に出る前は龍が背後に居るのだからイナニスの巫女は問題なく暮らしているのだろうと思っていた。しかし、頬を撫でるこの風とニィスの不気味な力を合わせてみると実に怪しく、とんでもないことが起きているのではないかと思わされてしまうのも現実だった。
「どうかしたの?昨日も時々顰め面だったけど?」
アーロンが思考に耽っていると横を歩くエンリータが心配そうに覗きこんでくる。
「・・・大したことではないだがな、言ってしまえば直感に近い」
そう前置きを置いてからアーロンは自分が感じている違和感と想像をエンリータにざっと話す。そうすればエンリータも顎に手をやりながら考えるように首を傾ける。
「う~ん、ワタシはなにも感じられないけど、アーロンがそう言うなら何かあっても可笑しくはないかなって。それにあのニィスって言う人も怪しさだけなら抜群だしね。邪龍の時もそうだけど何をしていても可笑しくないって言うか。うん、ほぼ死にかけで神器があったんだとしても邪龍にあんなことが出来るわけだし、その願望器だっけ、兎に角凄い力を持ってるって事じゃない?だとすれば倒せないまでも人攫い位は出来ても不思議はないっていうか・・・」
そう話すエンリータの内容をアーロンも頭の中で吟味する。だがなるほど、エンリータのいう通り、彼の存在ならば出来ても可笑しくないと自然に思えてしまう。それこそアーロンというただの人間が龍を討伐できるのだ、彼が龍の目の前から人1人位攫えたとしても不思議はない。それに巫女だって常に龍の視界内に居るわけではないのだから、最悪そのタイミングを狙う事は十分にあり得た。
「チッ、悪いが少しだけ急いで登るぞ。思ったよりも最悪かもしれんからな」
そう言えばすぐに了承を込めた合図が返ってくる。それに何も無かったのだとすればそれは悪い事ではないし、早めに新しい情報を貰える可能性が高くなるだけで損することはない。そうしてアーロン達はいつもよりも速い足取りで山へと向かって行った。
山頂への道をアーロン達は小走りに駆けあがっていく。以前はのんびりと歩いていたが万が一を考えるのならば急がなければならない。勿論、山である為に街中と比べれば足場が良いとは言えないがそこは冒険者、それも最上位と中級下位だ、今更そんなものに足を取られることはない。2人はそれこそ平地を走っているかのようにその足取りは軽かった。
「キュアァァァアァァ!!」
しかし、当然そんな目立つ存在がいれば狙われるのも当然、空中からはハルピュイアに似た魔物、アネモスフィアがアーロン達目掛けて滑空し、その鋭い足の鉤爪で切り裂こうとして来る。他にも意志を持っているのではないかと思うほどに荒れ狂った竜巻が砲弾のようにして降り注ぐ。
「鬱陶しい」
しかし、そんな嵐の中であってもアーロンはけして揺らぐことなく、グレートソードを振り、攻撃を片っ端から凌ぎきっていく。鉤爪が振り下ろされれば受け流し、時に弾いては体勢の崩れたところを作業のように胴体を切り落とし、時には足を素手で掴んでは地面に叩きつけていく。また、吹き荒れる竜巻もなんのその、負けじと魔力の斬撃を飛ばしては砕き、只の風へと変えていく。当然、エンリータも見ているだけでは無く、風を読み、アネモスフィアの動きを読んでは矢を撃ち放って行く。その矢は嵐の中でも彷徨うことなく、吸い込まれるようにして敵の身体に刺さっていき、一撃で倒せずとも、その戦力を明確に削いでいく。それを走りながら行うのだから既に彼女の技量はどんどん高くなっていると言っても過言ではない。アネモスフィアもけして弱い存在では無かったがこの2人を相手としては空と言う優位を取っていたとしても力不足であった。
2人の快進撃はそれからも止まることはない。前回遭遇した空飛ぶトカゲもどきもあらゆる風にまつわる魔物たちも壁にはなりえない。しかし、前回と違ってその身を完全に晒してしまっている為に前回よりも明確に攻撃される事が多い。それでも2人に傷はない。強いて言えばエンリータの矢が多少減ったくらいだった。
「ハァハァ、もう、ホントにしつこいなぁ!」
エンリータが文句と矢を飛ばす。全弾が当たるわけでは無いが高い精度で羽根や頭部などの急所を撃ち抜いていく。息が多少は切れてきたようだがそれでも足も腕も鈍らないのは流石と言える。
「もう少しで階段だ。そこで一度完全に散らすぞ」
入り口からここに至るまでほぼ休むことなく来てしまった。それも幾度もの戦闘が加わっている。当然少なくない疲労があるうえ、以前も階段以後、それなりに襲われた事を思えば一度休んだ方が良いのは明白だった。巫女に会う事を踏まえるのならば尚の事だろう。
「了解、なら、一旦完全に無視して走りきっちゃった方が良くない?」
最後の1匹を撃ち落とし、それをアーロンが仕留めたのを見たエンリータが提案してくる。
「ほら、走りながらでも戦えるけど矢が回収できないからさ、そっちの方がありがたいなぁって」
そう言って矢筒を見せられた彼女の矢筒は少しばかり空きが気になるぐらいには減っている。
「そうだな、分かった。なら、お前は真っすぐ走ってくれ。俺が最低限の露払いだけしよう」
エンリータのいう事に納得したアーロンはそう返す。実際、彼女の矢があるかないかは大きな差になりえる。それに矢が無い弓師は存在すら危うい。
そうして2人は一度周囲の矢を回収し直してから再び走り出す。そして今回は基本的には避けに徹し、道を塞がれた場合にのみ武器をアーロンが振っていく。一見、敵が無限に増えて対処が大変になりそうなものだが攻撃可能なスペースは空からであっても道を挟むように森が広がっている為にアーロンの手が足りなくなることはない。また、置き去りにしていくようなものなので意識を割く方も左程難しくはない。最悪な正面を塞ぐ、という形もアーロンが一刀で切り伏せられない敵がいないこともあってか案外なんの問題も無く2人は目的地へと向かう事が出来た。
「見えて来たか・・・エンリータ、準備しろ!」
以前も途中の休憩場所とした石造りの階段が見えて来た。幸い、その近辺に新しい魔物の影はなく、今、アーロン達を追ってきている魔物だけ片づければ休むことが出来そうだ。
「了解!じゃぁ、ちょっと先に行こうかな」
そういったエンリータは速度を上げて少しでもいい視野を確保できる場所を取りに行く。それを後目にアーロンは後方へと目を向け、グレートソードと自身の身体へ魔力を回し始める。魔物たちは両手では収まらない程の群れになっており、アーロンの敵には成りえないがこれだけの数がいればそれなりにエンリータの方へ抜けてしまう可能性があった。その為、一度蹴散らしてからアーロンは待ち構える事を選択する。
「フンッ!」
エンリータの支援が十分に受けられ、何があってもエンリータを守れる位置にアーロンは着くと同時に振り返り、遠心力を使いながら魔力の乗ったグレートソードを振り抜く。そうすれば赤黒い魔力の刃が放たれ、もはや津波じみた魔物たちの群れと正面からぶつかる。大きな音は無く、只、風が切り裂かれる音に混じって獣たちの断末魔と地面に彼らの半身が落ちて散らばる音が遅れて周囲に響く。魔物故、血は噴き出さないがもし魔獣であれば辺り一面が深紅に染まった事は想像に難しくない。その代わりに死んだ魔物達からは黒煙が噴き出して空を汚す。
両者の間には明確な力の差が横たわる。しかし、それで潜む様な魔物は存在しない。次々と黒煙を突き抜けてアーロンを目掛けて来る。
スパンスパンスパン、直ぐに聞きなれた風切り音が3つ、最も近くまで来ていた敵を目掛けて放たれ、当たった敵は空中でつんのめる様にして硬直する。そうすれば当然、後続の仲間と空中でぶつかり、連鎖していき、先頭に近いものは仲間に潰されるようにして地に落ちていく。
その隙を今度はアーロンが咎め、再び魔力の刃を飛ばし、多数の敵を流れ作業のようにして刈り取っていく。当然最後方に居る敵程迂回したり風を砲弾のようにしてぶつけようとするが迂回した個体は精度の高いレーザーのようにエンリータが矢を撃っては留め、好きにさせず、風の砲弾はアーロンが近くに来た時に直接切って砕いた。
そうして、状況に合わせて多少は変化を付けたものの迫って来た無数の魔物たちはその全てが黒煙へと還っていくのだった。
「ふぅ、これで終わりかな?」
周囲を見渡したエンリータが息を吐く。アーロンも周囲を一通り見渡し、耳を澄ませてみるが今は只、風に揺れる草木の擦れる音がするだけだ。
「あぁ、問題ないだろう。一旦休むぞ」
そう言うや否やアーロンは荷物を下して腰を下ろして水袋を取りだす。いくら強くなったとしても本能的な欲求には抗えない。
「やった!にしても何であんなに一杯の魔物に追われたんだろうね?目立ってたにしても多過ぎない?」
そう言いながら隣に腰を下ろしたエンリータがうんざりした顔を浮かべた。
確かにただ目立っていたにしては今回の魔物は多過ぎた。これではランク5がいればいいのではなく、ランク5以上のパーティでなければ難しい。それも空中戦が得意な、が付くほどに。
(もしや、これも何かニィスに関係しているのか?)
魔物を操る、なんてことは通常出来るものではない。しかし、最近はありえない事が散々に繰り返されてきたのだ、偶然で片づけるには楽観視が過ぎると言うものだろう。
(だとすれば既に何かあった後なのかもしれない)
アーロンは巫女と以前会った神殿がある方を睨む。そちら側からはやはり、アーロンを急かすような風が流れてきているようにも感じられるし、それが強まったようにも思う。
「思ったよりも遅かったのかもしれんな」
ポツリと呟く様に溢す。
「ん?何が?」
疑問に対して遅かったのかもしれないとだけ返って来た為かエンリータが不思議そうに首を傾げる。それに対して一度水袋に口を付けてから考えた事を口に出す。
「なるほどね・・・もう手遅れかもしれないって事かぁ」
一通りに話を聞いたエンリータは腕を組んで難しそうに唸る。それに対してアーロンはあくまでまだ、予想に過ぎないとだけ付け加える。
「それはそうだけどさ、でも悲観論で考えておくのは悪い事ではないからさ。でも本当に手遅れだったらどうしようね?呼ばれてる気がするだけで滅茶苦茶怒ってるかもよ?それかニィスが待ち構えてるとか?」
そう言う彼女の顔はどこかお道化たものだが絶対に間違いとは言い切れない為にアーロンは笑って返すことはできない。
「・・・兎に角、ここで確り休んでから行くぞ、全部は直接見てからだ」
そう言ってアーロンは逸る気持ちをため息とともに吐きだすのだった。
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